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剣(つるぎ)について、ホツマツタヱの記述より抜粋

令和元年5月1日 宮中で、剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀が行われ、
「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」と「草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)」が引き継がれました。
ホツマツタヱの中から剣に関連する個所を幾つか抜き出してみました。

解読・解釈は1つの例です。思い込みによる誤りがあるかも知れませんので、あしからず。

8綾 天照神が山田へ御幸します(小笠原8-29~33)
またはたれ ひすみひたかみ
かぐやまと ふたいわうらに
つくつげの

また、別の「はたれ」が、日隅(ひすみ、青森)、日高見(陸奥)、香久山と二岩浦(二見ヶ浦)に舟が着いたと敵状を知らせてきました。

      くしのはひけは
もろかみは たかまにはかり
みゆきとぞ

諸神達は櫛占いをして、たかま(宮中)で神議し、天照神に御幸を乞い願うことに決めました。

      ねがえばかみの
みゆきなる てくるまのうち
せをりつめ あめのみかげに
あきつめは ひのみかげさす

天照神の御幸が決まり、「てくるま」(八英輦、)の中には中宮「せおりつ姫」が天照神に寄り添っておられました。
 あきつ姫(西のすけ后・はやあつき姫あきこ)は翳(さしは)で日陰になるようにされていました。

いふきぬし くまのくすひと
まてにあり しろくろこまに
もろそひて やまだにいたり

「いふき主」(「つきよみ」の子)と「くまのくすひ」(天照神と内女「とよ姫」との皇子)は、それぞれ白駒(馬)と黒駒(馬)にまたがり両脇をかため、
諸神も添って「やまだ」に到着しました
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たちからお はたれはるなに
とびかゝり ちからあらそひ
おししばる はたれまもみな
とりしばり まえにひきすゑ

 それを見た「たちからお」が「はたれはるな」に飛びかかり格闘の末、押し縛りました。
 残る「はたれ」魔も捕り縛り、天照神のおられる前に引きずり出し、額(ひたい)を地面に当ててひざまずかせました

たれあぐる きみやさかにの まかるたま 
せをりはまふつ やたかがみ 
あきつくさなぎ やえつるぎ


天照神の八英輦(やふさのてくるま)の帳(たれ)が静かに上がり、君(天照神)は八尺瓊勾玉(やさかにのまかるたま)を身につけておられました。
 中宮の「せおりつ姫」は「まふつ」(真経津)の「やたかがみ」を捧げていました。
「あきつ姫」は「くさなぎ」の「やえつるぎ」(八重垣剣)を携えていました。
御幸先は「やまた」県・現三重県大山田村、伊賀地方と推測

9綾-1 ソサノオがイナダ姫を狙っていたオロチを切ると、緒の先からむらくも剣が(小笠原9-4~5)

ひかわのかみの
やゑたには つねにむらくも
たちのほり

「ひかわ」(斐伊川)の上流の八重谷には、常にむら雲立ち上っていました。

そびらにしげる
まつかやの なかにやまたの
おろちゐて ははやかがちの
ひとみけと つゝがせらるゝ
なゝむすめ のこるひとりの
いなだひめ これもはまんと
たらちねは てなであしなで
いたむとき

八重谷の尾根(そびら)に繁っている松や榧(かや、櫟・一位の木)の林に「やまたのおろち」(八岐大蛇・大蛇(はは)や、錦蛇(かがち)が潜み、人身御供(ひとみごくう)に、七人の娘が犠牲になり、残る一人「イナダ姫」も狙われていました。
 「たらちね」(娘の父母)は、手を撫で足を撫で心を悼めて嘆き悲しんでいました。

 そさのみことの
かんとひに あからさまにぞ
こたゑけり ひめをゑんやと
いやといに みなはたれぞと
うらどえは あめのおとゝと
あらはれて ちぎりをむすぶ
いなたひめ ひめはゆげやに
かくしいれ

この痛ましい話を聞き「ソサノオ」命の単刀直入(ぶしつけ)な問いに包み隠さず答えを聞き、「ソサノオ」は、「イナダ姫」を得んと突然の申し入れをしました。
「ソサノオ」は「あめ」(天照神)の弟と身分を明かし、「いなだ姫」と婚約しました。「イナダ姫」をユゲ屋に隠れ入ました。

すさはやつみの
ひめすがた ゆづのつげくし
つらにさし やまのさすきに
やしぼりの さけをかもして
まちたまふ

「ソサノオ」は「やつみ」(八頭身)の姫姿に変装して、「斎つ」(ゆづ・神聖で清浄な)黄楊の木で作った櫛を「つら」(頭の上)に差しました。
 「やまたのおろち」の潜む八重谷の山の「さすき」(さじき・一段と高い所)に、八搾りの醸造した酒を用意し「おろち」を待ち構えました。

 やまたかしら 
おろちきて やふねのさけを
のみゑいて ねむるおろちを
づたにきる はゝがおさきに
つるぎあり ははむらくもの
なにしあふ

「やまたかしら」が現れ、「やふね」(八槽)の酒を飲み干すと「おろち」は眠ってしまいました。
姫姿に変身していた「ソサノオ」をイナダ姫と思い込み、眠ったままの「おろち」を、八束の剣で、ずたずたに斬りました。

 すると「はは」(おろち)の緒の先に、一振りの剣が現われました。これが、「ははむらくも」(羽羽叢雲)の剣の出現です

10綾 「おおなむち」は「くさなぎ」の矛を置いて出雲を去る(小笠原10-17)

とえはことふる
おほなむち そのこのまゝを
ふたかみえ わがこさりにき
われもさる
 
「かしまだち」(出雲征伐)に向かった「たけみかづち」は、「おほなむち」に決断を迫りました。
「おほなむち」は、子供(コトシロヌシ)の言うまま、二神(「たけみかづち」と「ふつぬし」)に全面降伏を伝えました。
 我が子は出雲を去ってしまった。私も去ります。

いまわれさらは
たれかまた あえてなれなん
ものあらし わがくさなぎの
このほこ
に ならしたまえと
いひてさる

今、私が出雲を去るにあたり、誰かまた力ずくで叛(そむ)く者が出てこないとは限らない。
  降伏の証として、我が「くさなぎ」の矛(ほこ)で国をならして(生らす・実らせる・均す)くださいと言って去りました。
 180人を連れた「おおなむち」は、津軽「あかる宮」を賜り、「つかる・うもと」の神となりました。

11綾 天照神の詔をオシヒトに伝える (小笠原11-9~10)

なんちをしひと 
わがかわり つねのよさしも
みたゝしぞ ちゝのはるあき
たみをなで

汝、「おしひと」よ、私に代わって政りごとを「つねのよさし」(全面委任)で行なうには身を糺してください。
 千千(ちぢ、非常に多くの、変化にとんだ)春、秋に民を優しく撫でなさい。一年を通して特に春秋の農作業の大変な時期には民に優しく接しなさい。

このやさかにの
まかりたま
 あがくしひると
もちゆれば なかごますぐに
たもつなり

この「やさかにの勾玉」(八坂瓊曲玉)は、吾が(私の)「くしひる」(竒し霊、霊妙)として用いれば、「なかご」(中心、行動する時の自分の基準軸、信念)を正しくまっすぐに保てます。考えが揺らぐことはありません。

 やたのかがみ
たてにふれ もろとのさがを
かんがみよ

「やたのかがみ」(八咫鏡)は「たて」(左手、左大臣)に「触れ」(持たせなさい)。
諸人の「さが」(善悪)を鏡に映し照らして鑑みなさい。

またやゑがき
つにあづけ あらかみあらば
よくむけて めくみやわせと
みてつから

また、「やえがき」(八重垣剣)は、「つ」(西、右大臣)に預けなさい。
「あらかみ」(荒神、不法者)が現われた時には、念を入れて差し向け、「めくみ」(情け、いつくしみ)を掛けて、和す(やわす、平和にする)ように、「みてづから」(直接自分の手で)下しなさい。

たまふみぐさ
うけたまゑ なおもおもゑよ
たからもの みることわれを
みることく

この三つの神器(勾玉、鏡、剣)を賜います。心して受け賜いなさい。
 この三種の神器を見るときには、「われ」(天照神)を見ると思って政り事を行ない天下を治めなさい。

23綾 剣は右(か)の眼で練り上げる(和仁估安聰釋本23-34~37)

なんぢがやいば 
よくときぞ しかれとまての
いきかれを しらずをしえん
しかときけ

 汝が作った剣の刃は良く鋭利である。しかしながら、左右の眼(まて・両方)に活き枯れを知らないようなので教えましょう。しっかりと聞きなさい。

      たのめははるの
いきるころ たのへおいれて 
ねるつるぎ いきみにちかく
かれうとし もしあやまるや
おそるなり

左(た)の眼は春の生き生きした気力があります。この左目の生気(眼力)を入れ込んで剣を練り上げ(鍛造する)れば、出来上がった剣は、生き身(活気身)に近く、枯れ身に疎いものになります。もし、使い方を誤ると、生き身(活気身)を斬り殺し、恐ろしいことになります。

 かのめはあきの
からすころ かのめをいれて
ねるつるぎ かれめにちかく
いきうとし

 右(か)の眼は秋の枯れていく「気」になります。この右目の眼力を入れ込んで剣を練り上げて(鍛造する)れば、出来上がった剣は、枯れ身に近く、生き身(活気身)に疎いものになります。

      つみあるものを
かれといふ なきはいきなり

ここで、罪ある者を「枯れ」と言います。罪なき者を「生き」と言います

かのつるぎ かれみをこのみ
いきをそる

 右(か)目の眼力で鍛造した剣は、「枯れ身」(罪人・悪)を好み、「生き」(善人)を恐れます。逸れます


      これぞをさむる 
たからもの これうつべしと
のたまえば おそれてもかの 
ものいみし みぎめひとつで
ねるつるぎ やふりあぐれば
みことのり
 
右(か)目の眼力で鍛造した剣こそが、宝物です。左(た)の眼を閉じて、右(か)目だけで剣に仕上げなさいと宣いました。
 鍛冶人は、畏れ多く100日の物忌み(心身を清浄に保つ)をしました。心身清浄で右目だけで剣を練り上げました。
 八振り(八本)の剣が出来上がりました。天照神は、この剣を前に詔りをされました。

 いまこのつるぎ
むべいたる わがみこゝろに
よくかない みよのをさまる 
たからもの なもやえがきの
つるぎ
とぞ  かねりをほめて
たまふなは あまめひとつの
かみ
となる

今、この目の前にある剣は、まさに我が御心に良く叶っており、御世の代を治めるにふさわしい宝物です。この剣の名前を八重垣の剣と名付けます。
 かねり(鍛冶人)を褒めて、天目一箇(あまめひとつ)の神という称え名を賜いました。
 
のちにはたれが
みたるとき かなざきおよび
むまさかみ つるぎたまわり
はたれうち やたみをさむる

後に、「はたれ」が天下を乱したとき、「かなざき」と六将神「ふつぬし・たけみかづち・かだまろ・いふきぬし・たちからを・くまのくすひ、の6人」に、剣を賜わり、「はたれ」を討ち、「はたれ」の八民を治めました。
 残りの一本は天照神が持っていて、後に「くしひこ」に賜うことになります。

23綾 「つ」・「る」・「ぎ」の意味(和仁估安聰釋本23-38~39)

つるぎとは 
剣の「つ」・「る」・「ぎ」とは、

はきのよはひ
あにつきて かれるあのつぞ

「つ」は、木の年齢(よわい)のことです。
「あ」(天)に尽きて(つきて)の、枯れる天(あ)の尽(つ)のことを言います。天命が尽きる「つ」です。

はしばの かわけばもゆる
るぎのほぞ

「る」は、柴(雑木)が、枯れ木になって燃えるように「るぎ」の炎のことです。「る」は木の霊です。

 ぎはきのかれて おもひなし

「ぎ」は、木が枯れて、寿命が尽きて思い残すこと(生への執着)がない状態を言います。

 かれにつるぎと なつくなり
よって、「つるぎ」(剣)と名付けました。

23綾 自分の驕りを守るのが八重垣の剣(和仁估安聰釋本23-39~40)

もしたみおごり 
みのほとも わすれてつひに
つるぎうく うけさせしとて
みのかきよ

もし、民が驕り身の程を忘れて、「つるぎ」(剣)を受けるはめ(死罪)になったときに、受けさせてはならないと判断するのが身を守る垣になります。

      もしもつかさの
おごりにて たみをからせば
つみおゝし

もし、司(国神)に驕りが生じて(自分の勝手で)、民を枯らす(殺す)ことになったら、非常に罪が重いものになります。

      よこべにさらに
あらためて そのたみいかす

 緯糸役の緯部(よこべ)が、「あらためて」(検察して)その民を、取り調べて明らかにします。

とみことみ おごりしのびて
みちまもれ わがみのための
やゑかきはこれ

臣・小臣は、自分自身の驕りを表に出すことなく、こらえて、天成道を守りなさい。
常に天成道を守る心がけが、自分自身を守る垣になり、まさに八重垣の剣とはこのことです。

39綾 エミシ成敗に向かうヤマトタケはヤマト姫から「むらくも剣」を謹み受ける

なかいせの かみにいのりて 
いそのみや やまとひめにも 
いとまこい きみのおゝせに 
あたうちに まかるとあれば

 伊勢神宮に戦勝祈願をした後、伊勢の宮のやまと姫)に挨拶に行きました。ヤマトタケは景行天皇の命によりあだ討ちにまいりますとヤマト姫に報告しました。

やまとひめ にしきふくろと
つるぎもち おみこにいわく 
あめみまこ そめしひみつの 
おんはらひ ひみづのさわり 
はらふべし

 ヤマト姫は、ヤマトタケ」に錦袋(秘密の払いの呪文が入っていた錦織の袋)と剣を持ち出して「おみこ」(ヤマトタケ)に話しました。錦袋の中は、昔、あめみまこ(天孫ニニキネ)が記した秘密(火・水・土)の祓いです。火の災難、水の災難、土の災難にあったらこれらの障害を払いなさい。
 
      むかしいづもの 
くにひらく むらくもつるぎ
これなるぞ つゝしみうけて 
あだむけよ なおこたりそと 
さづけます 

昔出雲の国を開いたスサノウがやまたのおろちの尻尾から取り出した剣がこれである。謹んで拝領して敵を退治してきなさい。くれぐれも注意を怠らないようにと言って授けました。

39綾 「むらくも剣」は「くさなぎ剣」に

こちふきかわり 
にしけむり あだにおふえば 
くさをなぐ もえくさとびて

あたいくさ やきほろぼせば 
やけづ野や つるぎのなをも 
くさなぎて

 

 敵に辺りの野に火をつけられ、ヤマトタケは欺かれたことを知り、切り火を起こして迎え火を放ち、秘密の祓いを三度唱えた。
 秘密の祓いをしたら、風向きが東風にかわり西に煙が移りました。
 仇(敵の頭上)に火が覆った。そしてヤマトタケが草を薙ぎ払うと燃え草が飛び行きて賊軍(アダイクサ)を焼き滅ぼしてしまいました。
 以来、ここを焼けた野原(焼津)と言うようになり、むらくもの剣を草薙の剣というようになりました。

40綾 くさなぎの剣を宮簀姫(後の熱田神宮)の館に置く

やまとたけ をばよりたまふ
 くさなぎを ひめのやにおき
 いぶきやま かえさはいせぢ

ヤマトタケが、伯母(ヤマト姫)より賜った、草薙の剣を宮簀姫(ミヤヅヒメ)の家(後の熱田神宮)に置いたまま、伊吹山に登り足を痛め、宮簀姫の家に寄らず、帰路につきました。

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「タタラ」について  ホツマツタヱ15綾6ページより

「タタラ」について 

ホツマツタヱ15綾6ページ
デルアラカネヲ タゝラナシ フイゴニネレヨ より

アラカネ 租金 金属を含む土砂、製錬前の鉱石、砂鉄

タタラ 初期 野だたら、露天たたら と呼ばれ、地面を掘った穴に炭と鉄鉱石をくべた。
       スズと呼ばれる鈴石、褐鉄鉱の団塊、高師小僧とも呼ばれ水辺の葦の根に
       付着した水酸化鉄(融点135℃)など

    後期 ソサノオ以降本格的なタタラ操業
       砂鉄が多く含まれる山を切り崩し、川に落とし、砂鉄をふるい分けて、不要の    
       土砂を下流へ流し落とした。鉄穴流し

図は和鋼博物館資料より


9綾4頁より

ヒカワノカミノ ヤエダニハ
ツネニムラクモ タチノボリ  ヤ クモ タチ ⇒ 八雲立ち

斐伊川の神の 八重谷には
常に叢雲 立ち昇り
の記述は、タタラ操業していることを示している。


「おろち」 という言葉の意味
①山から切り崩した土砂(鉄分を含み赤茶色)が怒涛のように流れ落ち大蛇のように見える。
②タタラ操業の神を祀るときに「生け贄」を奉げたことが考えられる。
ハハヤカガチノ ヒトミケト ツツガセラレル ナナムスメ(9綾)
 「アシナヅチ」の8人の姫が殺され、ただ一人残った「イナダ姫」も狙われていたのを
「ソサノウ」が助ける経緯があります。

タタラ関連の言葉、語源など
ダイダラボッチ
一つ目小僧
片葉の葦(一本足・ふいご)
代わり番子
炭焼き長者 (砂鉄7里に炭3里)

タタラ 
 初期の取りつくしてしまったら、次の鈴石が葦の根に付着するのを待つのに非常に長い年月を待たなければならなかった。ミカラヌシ(銅鐸)を葦の生えている湿原にから天(神の居られる山頂)に向けて祀っていたと考えられます。

後期 ソサノオ以降本格的なタタラ操業になり、以前のようにスズが取れるようになるまで待つ必要が無くなり、銅鐸の存在が不要になった。39体のミカラヌシが祀られなくなった記述からも頷けます。

           金属の融点
鉱物 融点 ℃
錫 232
鉛 327.5
銀 962
銅 1085
鉄 1536
水酸化鉄 135
はんだ(錫+鉛) 183
青銅(銅+錫) 875

            金属の温度による色の変化(参考まで)
温度℃ 色
500 薄赤
650 暗桜色
770 桜色
870 明るい赤色
1000 オレンジ色
1070 レモン色
1200 白みがかった黄色
1270 白色

15綾タタラ

ホツマエッセイ 魏志倭人伝の中の卑弥呼をホツマツタヱから読み解く

ヤマト姫が魏志倭人伝の卑弥呼
 古代日本の歴史の中で、卑弥呼、邪馬台国、銅鐸について、はっきりと解明されていないと、中学校の教科書に載っていたことが記憶の片隅にありました。
 当時は、魏志倭人伝が唯一の糸口と思っていました。その後、ホツマツタヱの存在を知り、どこかに糸口があるものと思いながら読み解いているうちに10年経っていました。

 魏志倭人伝での卑弥呼は、ホツマツタヱのなかで誰の事を言っているのか、改めて読み直してみました。

 ホツマツタヱの中では、「ヒミコ」と言う名称は存在しませんが、全巻を読み通していくと「ヒのミコ」という意味であったと炙り出しのように浮かび上がってきます。
 「ヒのミコ」を当時の大陸の人が伝え聞いた音声「の」が省略され、漢字を当てはめて卑弥呼という文字になったことが分かります。
 つまり「ヒ」とは「天・神」で天照大神を意味しています。「ミコ」とは皇女を言っています。
「ウチのオミコ」という表現も使っています。「ウチ」は内宮、「オ」は(御・大きい)皇女を意味しています。

 ホツマツタヱの記述の中では、「神の御杖代(みつえしろ)」(神のご意思に従って・神に代わって、生涯、天照大神にお仕えする「つきの宮」のこと)という役目がでてきます。天照大神の御霊を祀り続ける役目であったことを示しています。
 今で言うと「ヒミコ・ヒのミコ」・「神の御杖代(みつえしろ)」とは個人名ではなく神から賜われた役職名であったことがわかります。
 歌舞伎役者でも相撲の行司でも代々名前を襲名していくのと同じようなしきたりと考えます。宮司、大司教という呼び名も同じ意味合いであったと思います。
初代御杖代 「トヨスキ姫」
2代御杖代 「ヤマト姫ヨシコ」
3代御杖代 「イモノ姫クスコ」
がホツマツタヱの記述の「ヒのミコ・御杖代・斎女」になります。

 さて、この「神の御杖代」という役目が登場したのは、⑩崇神天皇の代になって、疫病が流行り、国民の半数が死滅したことにより、神の御霊を祀るのが不十分であったのではないかと判断されました。
 そのため⑩崇神天皇が、娘の「トヨスキ姫」(妃はメクハシ姫)に笠縫で天照神の御霊を祀らせます。
 最初の斎(いつき)の皇女になります。
 更に娘の「ヌナギ姫」(妃はオオアマウチ姫)には、山辺の里で大国魂の御霊を祀らせます。

 この「トヨスキ姫」は一生天照神の御霊を祀り続けます。

「トヨスキ姫」は、天照大神のお告げを受けて、御霊笥(みたまげ)を担いで、丹後の国の「よさ宮」(現、籠:この神社)「天の橋立」に行きました。
この美しい橋立(天の橋立)は、「かさぬい村」(やまと:天理市)から、宮津の天の橋立の松に、空高く雲がたなびいて崇高で美しいものでした。

「トヨスキ姫」が103歳になったとき、もう神の御杖代を続けられないと「ヤマト姫」に見習わせます。このとき、「ヤマト姫」は未だ11歳でした。
たまき宮二十二年十二月二十八日(末の八日)に、「ヤマト姫」は、「みつえ(御杖え)しろ」になりました。
この「ヤマト姫ヨシコ」は垂仁天皇と「カバイツキ姫」の間の皇女になります。

 この「ヤマト姫」(ヤマト姫ヨシコ)が、魏志倭人伝の卑弥呼に合致する人物と分かります。いくつか一致する記述を抜き出してみます。

 垂仁天皇の代に、任那より使者が来日、国交が開かれるという記述があります。
それより以前に「もろすけ」(新羅の皇子「あめひぼこ」の長男)が臣に,「あめひぼこ」は国を巡った後、但馬に住み「またおお姫」を娶るという記述もあります。

これらのことから、魏志倭人伝に伝えられた背景にもなったと考えられます。

「魏志倭人伝」には
 倭国はもと男子を王としていた。7~80年すると、倭国は乱れて、互いに攻撃し合うことが何年も続き、そこで一人の女性を共に立てて王とした。名を卑弥呼という。鬼道(巫術・妖術)を行い、よく人々を眩惑した。歳はすでに年配であるが、夫を持たず、男の弟がおり国の統治を助けている。・・・・

とあり、ここでの弟とは景行天皇のことを示していると思われます。
「ヤマト姫ヨシコ」と景行天皇とは異母兄弟です。

 崇神天皇の代に謀反が発生しています。「タケハニヤス」と「アダ姫」が反旗をひるがえして軍(いくさ)を起こし、「イサセリ皇子」が逢坂山で打ち破ります。遠隔地ではまだ争いが絶えず、ヨモノオシエド(将軍・四方の教導人)を発たせました。
 当時、疫病が発生して、民の半数が死滅したという背景があります。「倭国は乱れて」という記述を裏付けています。

「ヤマト姫」の記述から

「ホンヅワケ」(垂仁天皇とサホ姫の子)が生まれながらにしてものを言わなかった(声を出さなかった)ので、「ヤマト姫」に祈らせた。
 その時、白鳥が飛ぶのを見て「ホンヅワケ」は、初めて声を発した。「ユカワダナ」がこの白鳥を捉え「ホンヅワケ」に贈り、「ユカワダナ」に「とりとり」の名前を与えられる。
「ヤマト姫」は粥占いで、「ホンヅワケ」を祈ったとあります。
「ヤマト姫」の母、「カバイ姫」が産後半月で亡くなる

 ヤマト姫を、内宮の「おみこ(御神子):御杖(みつえ)の役」として御霊笥(みたまげ:天照大神の御霊)を担いで飯野宮から「いそべ」(いそのみや:伊蘇宮)に遷して鎮めました(安置してお守りしました)。
 良い宮の候補が「さ」にあると、神の告げを受けます。
「さ」は、南と解釈できますが、「さごくしろ」の「さ」を示していると思われます。
 宇治へ行き、神風の吹いた伊勢の宮の跡で、三宝(三種の神器)が祭られる本来の場所であると申しました。
  宮を建てるため整地をします。八十人もの供達に命じて、いそすず原の草を刈らせ、山の木を切らせ整地させました。そして、 宮が完成し落成式が執り行われました。

 まきむき宮二十六年九月十六日、天照大神が「いそすず川」(伊勢内宮)の「さごくしろうじ宮」(高天原)にわだまし(渡御:とぎょ、お入りになる)されました。
御丈柱(背丈に合った天の御柱)を納められました。

 天照大神も喜ばれ、「やまと姫」に、伊勢の宮は、トヨケの神と未来永劫、鎮座して守るべしと告げられました。この天照大神の言葉は「やまと姫」に乗り移って、垂仁天皇に告げられました。

 景行天皇は九州の熊襲が背いたので征伐に行きます。帰って来るまでに7年間要していました。戻ってきて、報告を伊勢の神に報告しています。伊勢の神とは天照神が祀られており、このとき、ヤマト姫は108歳になり、14歳になった「イモノ姫」が引き受けます。
 
 蝦夷が背いたので、景行天皇の息子のヤマトタケがエミシ征伐に向かう時、伊勢に立ち寄り、ヤマト姫にあいさつに行き、錦袋(秘密の祓いの呪文が書かれていたものが入っていた)と、昔ソサノオが取り出した「むらくもつるぎ」を授かります。
 この二つの事例でも、伊勢の方が国の中心と思われていても不思議ではない気がしました。

以上

ホツマツタヱ勉強会より

  ******************

こんにちは
目次のページへ
「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています



*****************
  
 本ブログは、28綾の解読途中で中断したままになっています。
投稿しないとコマーシャルが冒頭に入ってしまうので、今までに使用した解説やチャートなどを合間に挿入させていただきます。

今回は、先にホツマツタヱ勉強会で解説させていただいた13綾を、
    話の展開ごとに区切り、それぞれに小目次をつけてみました。
     解読の一例として参考にしていただければ幸いです。

ホツマツタヱ ミハタノ ソミ
 御機織 13綾
ワカヒコ・イセ・スズカ ノ アヤ(綾)
「ワカヒコ」が「イセ」と「スズカ」について話されました。

    ①  13綾の画面背景や状況、場面
    ②  この綾に登場する主な人物
    ③  目次


① 13綾の画面背景や状況、場面

 仙台の多賀の国府におられた「オシホミミ」は「タクハタチチ姫」と結ばれました。(このホツマツタヱの編纂出録されたのが紀元前660年頃、それ以前の出来事です)

  伊勢に居られる天照大神は、息子「オシホミミ」の婚礼の報告を受けて、お祝いの「みことのり」を「ワカヒコ」(カスガマロ・アメノコヤネ)に届けるよう託しました。
 「ワカヒコ」は天照神の「みことのり」を伊勢から仙台まで携えて行きます。
 そして、「オシホミミ」は、勅使の「ワカヒコ」から三種の神器・「やさかにの勾玉」(八坂瓊曲玉)・「やたのかがみ」(八咫鏡)・「やえがき」(八重垣剣)を賜われました。

 「やさかにの勾玉」(八坂瓊曲玉)は、「くしひる」(竒し霊、霊妙)として用いれば、「なかご」(自分の基準軸、信念)を正しく保てます。考えが揺らぐことはありません。

 「やたのかがみ」(八咫鏡)は「たて」(左大臣)に、「やえがき」(八重垣剣)は、「つ」(右大臣)に預けなさい。三種の神器を「われ」(天照神)と思って政り事を行ない天下を治めなさい。

 そして、貴方が娶った「タクハタチチ姫」と相共に、常に睦まじく、威厳をもって威光を放ちなさい。という「みことのり」を読み上げ、「オシホミミ」は姿勢を正して聞きました。

ここまでが12綾で、引き続いて13綾になります。
 
 13綾では、婚礼後の暑いある日、お酒を賜わる暑気払いの席が設けられます。(当時は5℃位気温が高かったという調査報告もあります)
 
 そして、「ワカヒコ」が、「イセ」・「イモセ」・「イモオセ」の道(男女の道・夫婦の道)について、「スズカ」の意味について、列席された方からのいろいろな問いに答える形で、解き明かしていきます。

 今では時代にそぐわない妾の在り方も含まれていますが、子供を授かる方法や、今の時代でも通用する人間のもつ欲望の在り方について「スズカ」の道の教えが(紀元前660年頃編纂出録)の昔に記述されていたことに改めて驚いた次第です。

 ② この綾に登場する主な人物

 多賀の国府(現、宮城県多賀城市)の壷若宮(つぼわかみや)での暑気払いに列席された方

◎「ワカヒコ」(アメノコヤネ・カスガ神)今回の主役です。
◎「タクハタチチ姫」(オシヒトの妃)いみな(真名)「スズカ」
  (スズカ姫は後に天照神にお仕えし、伊勢と淡路の間・鈴鹿の洞に祀られる)
◎「オシヒト」(オシホミミ・天照神の日嗣皇子・後に箱根神)
◎「ヒタカミ・ウオキミ」(日高見大君、タカギ7代目)幼少時はフリマロ、天照神の学友
◎「カルキミ」の翁(津軽の君・出雲に居られた「オホナムチ」)ソサノオとイナダ姫の子供、クシキネと言い、大国魂主、大黒様とも呼ばれる。180人と共に津軽へ渡られた。
◎「カトリカンキミ」香取神君、◎「カシマキミ」鹿島君、◎「ツクバ」筑波神、◎「シホカマ」塩竈神
 そして、「ワカヒコ」話の中に、おきつひこ」・「おきつひめ」「かまど神」が登場します。 

 ③ 目次

13-1 オシホミミはワカヒコにイモセの道の教えを乞う 6
13-2 カスガ(ワカヒコ)の話に聞き入る 6
13-3 オシホミミに禊ぎの真似をさせたのは 7
13-4 「いせ」の道は、天地の典(のり) 9
13-5 「めお・男女」の違いがあっても神は一つ 9
13-6 男は太陽、女は月、月は太陽の光を受けて輝く 10
13-7 太陽は「なかふし」の外、月は内。男は外、女は内で仕事 11
13-8 家を継ぐのは長男、親の意向に沿わないときは弟に 11
13-9 妻は内に向き優雅で雅やかに、夫に操をたてる 12
13-10 「かるきみ」は世を乱したことを許される 13
13-11 日は天に輝き、月は地を守り、ヨオは日でメは月 14
13-12 子供が出来ないときは妾を娶り、腹を立てぬよう諭す 15
13-13「おきつひこ」の行いに妻が荒れ離婚、「まふつ」の鏡に 16
13-14 鏡に映った姿に妻は恥入り、夫の父親が息子を叱る 17
13-15 仲直りしたオキツヒコ・オキツ姫はイモセの道を教え歩き、カマド神の名を賜る 18
13-16 「すずくら」とは戒めの心の無い人。「すずか」は欲を離れること 19
13-17 「ちちひめ」は「すずか」の意味を問う 20
13-18 欲を去れることが「すずか」、欲を出せば末代まで続かない 20
13-19 「カルキミ公」の財宝が咎めらたのは 21
13-20 上に立つ者が欲に生きれば、下の者は更に真似をする 22
13-21 「かるきみ」は「すずか」の意味が今わかる 23
13-22 地上と天上の魂を結び、人(魂と肉体)を生む 24
13-23 男女が結ばれて命を授かり、寿命を迎え天上に帰る。素直であれば再び良い生が与えられる 25
13-24 欲を貪(むさぼ)るものは、生まれ変わっても人には戻れない 25
13-25 妬む人が現われると、霊の緒が乱れ、獣になり下がる 27
13-26 他人の妬みが霊の緒につき責められるが天神の祀りで解ける 28
13-27 妾の務めと、主人の妻と妾に対する心構え 29
13-28 「いせのみち」は天の浮橋(仲人)を通じて 31
13-29 物乞いは天罰を受ける(働かざる者、食うべからず) 32
13-30 欲望から逃れるには、捨てず、集めず 33
13-31 心の素直な人には見返りを求めず愛情を持って育てる 34
13-32 欲が魂の緒を乱し、子孫も絶え、死後苦しむ 35
13-33 子孫の繁栄を願うには「いせの道」(男女の道)を学ぶこと 35
13-34 「ちち姫」も「すずか」の道を得る 37




 
13-1 オシホミミはワカヒコにイモセの道の教えを乞う


たかのこふ つぼわかみやの
あつきひの ゑらみうかゝふ
わかひこに みきたまわりて
みことのり かみはいもせの
みちひらく われはかすがに
これうけん(小笠原長弘筆録ホツマツタヱ13綾-2頁)



 「たか(多賀)のこふ(国府)」(現、宮城県多賀城市)の壷若宮(つぼわかみや)で、暑中お伺いの良き日に、盛大なお祝がありました。今でいう暑気払いになるのでしょうか。
遠路はるばる来たワカヒコに、若君(オシホミミ)は、ねぎらいのお神酒(ミキ)を賜わりました。
そして、オシホミミはワカヒコに詔(みことのり)をしました。
天照神(先々代~)は、「イモセ」(いもせ・いもおせ・いせ)の道を開きました。私は「カスガ」(ワカヒコ)貴方に、この「イモセの道」の教えについて詳細を聞きたい。
 ☆「ミキ」=お酒、三々九度 ミ(女)が先に飲んで、キ(男)が後から飲んだから、ミ→キ
 ☆「イモセ」=妹背(いもせ)の酒祝う⇒三々九度
 妹背鳥=セキレイ
妹背山=川を隔てて向かい合う二つの山を夫婦になぞらえている

13-2 カスガ(ワカヒコ)の話に聞き入る
 
      かすがはをなし
ひたにます みぎはひたかみ(小笠原13-2)
うをきみと かるきみおきな
つぎかとり かんきみおよび
かしまきみ つくばしほかま
もろもます(小笠原13-3)


 「カスガ」(ワカヒコ・カスガマロ・アメノコヤネ)は正装(衣をなして)して身を正してオシホミミの前にお座りになりました。☆「かすがはをなし」の「は」は、「衣」を強調する特別の文字になってます。
その右側には、「ヒタカミ・ウオキミ」(日高見大君、タカギ7代目)と「カルキミ」の翁(津軽の君・出雲に居られた「オホナムチ」)が、その隣には「カトリカンキミ」香取神君、「カイマキミ」鹿島君、「ツクバ」筑波神、「シホカマ」塩竈神、その他にも諸々の大勢の神々がお座りになりました。


13-3 オシホミミに禊ぎの真似をさせたのは


ときにみとひは
さきにみづ あびせんつるを
うをきみが とめてまねなす
これいかん(小笠原13-3)


 そのとき、君「オシホミミ・オシヒト」からご質問(御問い、みとい)がありました。
 先日、禊ぎのため水を浴びようとしたとき、「ヒタカミ・ウオキミ」(日高見大君、タカギ)が、釣瓶(つるべ)を取り上げて、真似ごとをさせたのは如何な理由からであったのでしょうか。



      かすがこたえて
のこるのり むかしうびちに(小笠原13-3)
ひながたけ もゝにとつぎて
はつみかに さむかわあびる
そさのおは ひかはにあびる
これつよし(小笠原13-4)


 「カスガ」(ワカヒコ・後の天児屋根)が、これに答えました。
それは、前例(典、のり、おきて)が残っているからです。
昔、「うびちに」の代(天神四代・2綾参照)のときのお話です。
日野岳で「うびちに・ももひなぎ」「すびちに・ももひなみ」が床酒を飲んで睦まじく床入りし、三日目の朝になって「ほてり」を冷ますため寒川の清流を浴びました。
(日野岳の登山口である日野神社荒谷には禊ぎをされたとされる「荒谷の滝」もあります。この日野山で、桃の花が満開の下で、お酒を酌み交わし、交わられ、お二人は一夫一婦制の雛型となりました。後の雛祭りの発祥の地であったことも分かりました。)
一方、「そさのお」は、斐伊川(ひかわ・ひいかわ:島根県出雲)で禊ぎのため水浴びをしました。
 水浴びをされた方は皆さん強靭であったからできたのです。


きみはやさしく
やわらかに まえはかゞえて
とゞむものかな(小笠原13-4)

 しかし、君「オシホミミ」は、やさしくしなやかであられたので、寒さでかがえて(かじかんで)身体に良くないと思いおとめして、禊ぎの真似をしていただきました。
☆ マセバ(マセル)=動作をする、子供が年のわりに大人びた言動をする、おませ、召す。

13-4 「いせ」の道は、天地の典(のり)


いせをこふ かすがとくなり
いもをせは やおよろうぢの(小笠原13-4)
わかちなく みなあめつちの
のりそなふ きみはあまてる
つきひなり くにかみはその
くにのてり たみもつきひぞ(小笠原13-5)


 君「オシホミミ」が「いせ・いもせ」について問われたことについて、「かすが」(わかひこ・後の天児屋根)が、分かるように説明しました。
「いもせ、妹背」(いもおせ、男女の道)は、八百万人の国民全てに、家系(氏)で分け隔てなく、皆、天地の典(のり・法則)に従って平等に備わっています。
 中心におられる君(天照神)は、中宮と共に天下をあますところなく照らす月であり日(太陽)です。
それぞれの一国の国神の夫妻は、その国を照らす日(太陽)であり月です。
 民の夫婦もその家庭での月であり日です。

13-5 「めお・男女」の違いがあっても神は一つ


めにほあり ひすりひうちは(小笠原13-5)
つきのひぞ おにみつありて
もゆるほの なかのくらきは
ほのみづよ めおとたがえど
かみひとつ(小笠原13-6)

「め」(陰)の中にも「ほ」(炎・陽)があります。例えば、「ヒスリ」(火起こし・火きり・人がヒノキを擦り合わせて火を起こす)や「ヒウチ」(火打石をたたいて火を起こす)で起きる「火」は月(陰)の火です。
 一方、「お」(陽)の中にも水(陰)があります。燃えさかる炎の真ん中の暗い所は炎の水(陰)と言えます。
この世で、「めお」(男女・陰陽)の違いはあっても神は唯一つです。

☆天地開闢(かいびゃく)のとき、混沌(こんとん)として、アワウビ(カオス)の中に、アメミオヤ神が最初の一息を吹き込むと、やがてメ(陰)とヲ(陽)に分かれて宇宙が回り出し
ヲ(陽)は軽く登って天体となり
メ(陰)は重く凝り固まって地球となりました。
ヲ(陽)のウツホ(空)は風を生み、風は火(ほ)と別れて天に昇り、太陽(日輪)になった。
メ(陰)の水とハニ(土)の源は地球と月になった。

13-6 男は太陽、女は月、月は太陽の光を受けて輝く 


 よおとはひなり
よめはつき つきはもとより
ひかりなし ひかげをうけて
つきのかげ めおもこれなり(小笠原13-6)

 
 ヨオ(世の男)は日(太陽)です。ヨメ(世の女・嫁)は月を表します。
 月は自らは光を放ちません。太陽の光(ひかげ)を受けて、月は輝きます。
夫婦の関係も同じです。夫の力次第で、妻は一層光り輝きます。

13-7 太陽は「なかふし」の外、月は内。男は外、女は内で仕事


ひのみちは なかふしのそと(小笠原抜け部分~)
つきはうち おはおもてわざ
つとむべし めはうちおさめ
きぬつゞり 


日(太陽)の運行の軌道は、「ナカフシ」(中節)の外側を、月の軌道は「ナカフシ」の内側になります。
☆ナカフシ=地球を取り巻く軌道の節(当時すでに地動説の認識があったのなら地球の軌道?:ミカサフミに記述在り)
 ヒ(日)をヲ(男)と見立て、男は外で働き務めます。(表業、おもてわざに務めなさい。)
(お=男、陽、太陽)
 メ(女)は家の中の家事一切を治めます。そして、絹を綴ります。 (め=女、陰、月)
☆キヌツヅリ=糸を紡ぎ、機織りし、絹を綴り、衣服を作ります。

13-8 家を継ぐのは長男、親の意向に沿わないときは弟に


      いゑをおさむは
あになれど やめるかおやに
かなわぬは おとにつかせて
あことなせ よをつくものは
ゆづりうけ はしゑてとつぎ(~小笠原抜け部分)
むつましく こをうみそだて(小笠原13-6)
またゆずる


  家督・イセを治める(家を継ぐ)のは、本来は兄ですが、兄が病気であったり、親の意向に沿わないときは弟に継がせて吾子(あこ・嫡子)としなさい。
☆ アコ=吾子、嫡子、家督を継ぐ者
 世継ぎの者は、家督を譲り受け、仲人を立てて結婚し、睦まじく暮らし、子供を生み育て、代々子孫に家督を譲って行きます。
☆ハシヱテ=仲人を立てて

13-9 妻は内に向き優雅で雅やかに、夫に操をたてる


 めはよにすめる
ところゑず うましみやびに
ゑいにおれ たゑのことばに(小笠原13-6)
もとむべし(小笠原13-7)




メ(女・妻)は世(外の世・男の世界)に住める場所はありません。
妻は美しく優雅で華やかにいなさい。
優しく麗しい妙の言葉に愛を信じなさい。
(妻は夫の愛情を信じて優しい愛の言葉に生きがいを求めなさい)


      おせのたらちは(小笠原13-7)
うみのおや あけくれむべに
うましもて おいにつかえよ


 夫の両親は生みの親と思って尊敬しなさい。
明け暮れ(毎日・始終)朝夕には美味しいもの(ムベの果実)を差し上げなさい。
 老いたる者には良く仕えなさい。年長者の言うことを聞きなさい。
☆ムベ=郁子・野木瓜、アケビ科のつる性低木、不老長寿伝説の果実(13綾資料ムベ)


よおとには みさほをたてよ
ゐものみは おせのをなかに
おるごとく なせばみさほぞ(小笠原13-7)


生涯の連れ合いになった男(夫)には操を立てなさい。ヨオト(世男)⇔ヨメ(世女=嫁)
 妹の身(嫁の立場)は、夫の腹(心の中)に、いつも居るようにしていれば、それが操、貞節です。


めはななし いゑにとつげは
おせのなに たがうちむろと(小笠原13-7)


 女は他家に嫁げば今までの自分の名前(姓)がなくなります。夫の家の姓を名乗って、誰れ誰れの「うち(内)・むろ(室)」家内と言います。


13-10 「かるきみ」は世を乱したことを許される


かるきみも みたれゆるせは
たれうちぞ みやにのぼれば
うちつみや(小笠原13-8) 


「カルキミ」(津軽公、オオナムチ)も、乱れ(罪・世を乱したこと、出雲が発展し宮中より立派に派手な振る舞いをしたと判断されたこと)が許されて「垂れ内」(垂れ帳の内宮、天照神と同等の待遇)が許されるようになりました。宮中に昇殿できるようになったので「うちつみや」(中宮)と呼ばれるまでになりました。

13-11 日は天に輝き、月は地を守り、ヨオは日でメは月


 きみはめくみを
くにゝのぶ みやはをなかぞ
あがたもり さともるひこも
それたけの むろもあらかも
おなかなり(小笠原13-8)


 君(オシホミミ)こそは国中の者に恵みを差し伸べる尊い位です。
政事をとる宮(アラカ・宮殿)は、君の居場所であり、国の「おなか」(中心)でもあります。
 県守(あがたもり)も、里を守る人々(彦・彦司)も、ムロヤであろうがアラカ(宮)であろうが分相応の居場所がその人にとっての「おなか」(中心)になります。
☆「おなか」=腹の中、今は「へそ」という言葉を使っている例もあるようです。「日本のへそ」


たみはたはたを
おさむれは やはおせのみぞ
ひはあめに つきはつちもる(小笠原13-9)
よめのみは よおとひとりに
むかふひぞ


 民は田畑を耕して作物を納めれば(初穂・税)、ヤ(家屋・ムロヤ)はオセ(夫)のミ(果実・収穫)になります。「ミ」=実、果実、仕事の見返り、報酬
 日は天に輝き、月は地を守ります。ヨオ(世の男)は日(太陽)で、ヨメ(世の女・嫁)は月です。
 嫁のミ(嫁の境遇)は、ヨオト(嫁いだ男・夫)一人だけを、日(太陽)として仰ぎ迎えます。

13-12 子供が出来ないときは妾を娶り、腹を立てぬよう諭す


      よろくにつとも
うむうまぬ あれはめおとも
くにつとぞ(小笠原13-9)



諸々の国々にツト(名産品・産物)が多い土地と、残念なことに産物を生まない土地があります。
男女の中でも子供に恵まれる夫婦もあり、不幸にして子供に恵まれない夫婦もいます。

 


うまずはよその
めをめとれ おせのをなかに
ゐもありと はらあしことば
なからべし はらやめぬまに(小笠原13-9)
たえにさとせよ(小笠原13-10)

 もし、妻が子供(世継ぎ)を生まないときに、家名を継ぐために許されるなら、夫は外の女性を娶り妾としなさい。
夫は自分に隠し妻(妾)がいるなどと、妻が腹だたしくなるような意地悪い言葉を言ってはなりません。
妻の腹(心)が病まない内に(夫婦喧嘩にならないように・離婚にならないように)お互いに納得するまで優しく諭しなさい。




13-13「おきつひこ」の行いに妻が荒れ離婚、「まふつ」の鏡に




おきつひこ はらあしことに
つまあれて みさほたゝぬと
ちぎりさる ちゝうほとしが
ゐせみやに なげゝばみうち
もろめして まふつのかがみ
うつさるゝ(小笠原13-10)



 ここで、具体例が入ります。「オキツヒコ」の場合ですが、子供が出来なかったため、外に妾がいることを妻に白状してしまいました。妻は激怒してしまい、もう貞操(みさお)を立てられないと離婚してしまいました。
☆ハラアシコト=腹・悪しこと、子供ができないこと
☆オキツヒコ=オオトシ・クラムスビ(ソサノオの子・オホナムチの弟)の子供
 あわてた父親の「オオトシ(ウホトシ)クラムスビ」が二人の喧嘩別れを心配して、両人を連れて「イセ宮」に恥ずかしながら(どうしたら良いものか嘆き)おもむき天照神の許へ行きました。
そこで、セオリツ姫が二人を「マフツ」の鏡の前に立たせて鏡に自分の姿を映させました。
☆マフツの鏡=人の目に見えない内面の真実を映す鏡、心を写す鏡

13-14 鏡に映った姿に妻は恥入り、夫の父親が息子を叱る


 おせはけがるゝ
にすてがま めはかくさるゝ(小笠原13-10)
つくまなべ わがかんばせも
あえみえず はぢはづかしく
あめにこふ おせゆるさねは
いやはぢて まからんときに
くらむすび とゝめてしかる
わがこのみ にすてのつらを
みがゝせと(小笠原13-11)


鏡に映った夫の姿は汚らわしい「煮捨て釜」の様相でした。
妻の姿は使い古され腐りかけた「ツクマ鍋」のようでした。
二人の顔つきは醜い顔に映り、恥ずかしくて二度とまともに見られぬ有様でした。
☆ツクマナベ=筑摩神社(長野県松本、滋賀県米原)
☆カンバセ=面、顔つき、容貌
☆アエミエズ=相見える(あいまみえる、お互いに顔をつき合わせる)
「オキツヒコ」の妻(オキツ姫)は我が身を恥じて、天照神に許しを乞い、再び夫の元へ帰ろうとしましたが、夫「オキツヒコ」は頑として許さなかった。オキツ姫は更に恥入ってしまい、身を突いて死のうと決意しました。その時、父親の「クラムスビ」は、オキツ姫の手を止めて、息子を叱りつけました。「煮捨ての面」を磨け!(顔を洗い直して来い!)と怒鳴りつけました。

13-15 仲直りしたオキツヒコ・オキツ姫はイモセの道を教え歩き、カマド神の名を賜る



 おやのおしえに
おきつひこ ふたゝびとつぎ(小笠原13-11)
むつましく ゐもせのみちを
まもりつゝ もろくにめくり
よをおぶる はしめをわりの
つゝまやか みちおしゆれは(小笠原13-12)



 親「オオトシ・クラムスビ」の教えで我に返り「オキツヒコ」は再婚し(仲直り・元の鞘に納まる)、夫婦仲睦まじく、「イモセ(イモオセ)の道」(夫婦道)を守りながら幸せに暮しました。そして、諸国に「イモオセの道」を教え導きました。
「おぶる」=負って、背負って
「始め終わり」の約(つつ)まやかな態度でこの「イモオセ」の道(夫婦道)を教えて巡りました。
☆ツツマヤカ=約まやか、控えめ、慎み深い
☆ハジメオワリ=最初は喧嘩して離婚騒動と手に負えなかったのが、「マフツ」の鏡に映った自分を見て我に帰り最後には慎み深くになった。


おおんかみ ほめてたまはる
かまどかみ てなべをさくる
きたなきも みがけはひかる
かみとなる くにもりたみの(小笠原13-12)
さとしにも つくまなさせる
いせのみち(小笠原13-13)



 天照神は「オキツヒコ」・「オキツ姫」を誉めて「竈神・カマド神」という神名を賜わりました。
 手鍋を下げて暮らす賎しい乞食同然の男女であっても、磨けば(自分勝手な心を改めて切磋琢磨すれば)汚れや煤(すす)けた鍋釜も光り輝く神となるでしょう。
☆「カマド」を磨く=所帯の中心である台所、一家を表す全てを磨くの意味の総称
 国守りや民の生き方を諭すためにも「ツクマ」神のこの教訓が役立つイセの道(夫婦道)です。
☆「カマドカミ」=かまどを守護する神。漢字化されて、奥津日子命(おくつひこのみこと)と奥津比売命(おくつひめのみこと)の二神となり、のちに三宝荒神と混同されるようになりました。

13-16 「すずくら」とは戒めの心の無い人。「すずか」は欲を離れること


 こすゑをもふに
いましめの なければみたる
はだれまの たからあつめて
すゑきゆる これすゞくらぞ
いきのうち ほしをはなるゝ
これはすゞかぞ(小笠原13-13)

 子孫の繁栄を思えばこそ、夫婦に驕る心の戒めが必要で、もし戒めの心がないと生活は乱れ憂き目を見ることになります。魂の緒が乱れてしまいます。
 「ハタレ魔」(邪悪な心)のように財宝を集めても、末路(子孫)は消滅する運命になります。これを、「スズクラ」(鈴・暗)と言います。
 人生の中で、欲望(我欲)を離れて過ごせれば、これを「スズカ」(鈴明、鈴鹿)と言います。

13-17 「ちちひめ」は「すずか」の意味を問う


ちゝひめは たれよりいでゝ(小笠原13-13)
わかひこに いまきくすゞか
わがゐみな きみたまわれど
わけしらず またときたまえ(小笠原13-14)

 「タクハタチチ姫」(オシヒトの妃)は簾(帳・たれ、みす)を上げて前に出て「ワカヒコ」(アメノコヤネ・カスガ神)に尋ねました。
 今、聞いた「スズカ」の教えは私の真名(イミナ)と同じです。昔、君(天照神)から賜わったと聞いていますが、「スズカ」という名の本当の意味を知らずに今日まで来てしまいました。あらためて、もう一度お聞かせください。

13-18 欲を去れることが「すずか」、欲を出せば末代まで続かない


こたえとく すゞはまさかき
ほすゑのび としにきなかの
むよろほぎ ほしゐをされは

すゞかなり たからほしきは
すゑきゆる(小笠原13-14)


 「ワカヒコ」は再び解説を始めました。「スズ」は「マサカキ・天真榊」のことです。この木の成長、穂の先が伸びるのは一年に半寸(きなか・約1.5cm)で、丁度、六万年に折鈴(さくすず・枯れる)となる御神木で、暦の元となる聖なる木です。
☆「さくすず」=折鈴(さくすず・枯れる)、一方「さく」は「咲く」の意味にも取れ、竹の花のように何十年も経って花が咲いて枯れることの意味合いもあるような気がします。
☆「ほぎ」=穂木(ほぎ)と接ぎ木の意味もあり、祝福する意味もあり長寿を祝う名称のようです。
 人の心も、欲望を捨て去り、清く正しく美しく生きることを「スズカ」(鈴明)と言います。欲望をつのらせると(財宝を欲しがると)子孫は滅びます。(欲を出していると末代まで続きません。)

13-19 「カルキミ公」の財宝が咎めらたのは


 ときにかるきみ(小笠原13-14)
すゝみいふ なんぞとがむや(小笠原13-15)
わがたから ひとたゝゆるぞ
このこたゑ ひとのさいわひ
わがまよひ まかりくるしむ


この話が終わると同時に、「カルキミ公」が前に進み出て言いました。何で、私の財宝が皆から咎められなければならないのですか。人は皆、私の財宝を褒め称えています。
 「カルキミ公」の申し立てを「カスガ」が正しました。
他人の幸いは我が迷い。他人の幸い(財宝)を見て自分は迷います。羨みを持つかも知れません。嫉みを持つかも知れません。人間は生きている間は幸せであっても、あの世に行ってから、神から死の苦しみを受けます。

13-20 上に立つ者が欲に生きれば、下の者は更に真似をする


またいわく たのしくをらは
かすがまた ういをしれるや
あめにうけ あめにかえるぞ

かすがまた きみにてもほし(小笠原13-15)
たみはなお(小笠原13-16)

 「カルキミ」(津軽君)翁が気軽に言いました。楽しければ良いではないですか。
 「カスガ」が再び威儀を正して「カルキミ」に言いました。
「ウイ」(「ウイ」のひと吹き・生命の根元)をご存知ないのでしょうか。我々は天から命を授かり、この世で最善を尽くして生き、そして再び、天に帰るのです。

 民の規範となるべき上の位のものが、財に物を言わせて、欲望や快楽に走れば、下の位の者はなおさら満たされぬ欲望が強く渦巻きます。
上が少し乱れれば、尾ひれが大きく振れるように、下はもっと大きく乱れることは、日常の組織の中でも当てはまりますね。

13-21 「かるきみ」は「すずか」の意味が今わかる
 
 すゝかのふみを
みざるかや おきなうなつき
くしひこが いさめのすゞか
いまとけり(小笠原13-16)



 「カスガ」は「カルキミ」翁に、貴方は「スズカ」の御文(おんふみ)をまだご覧になっていないのですか。と尋ねました。
翁「カルキミ」は、思い当たる節があるかのように大きくうなずきました。
息子の「クシヒコ」(コトシロヌシ・えびすさん)が、私を諌めて(誤りを忠告する)言った「スズカ」の教えの真の意味が今やっと解けました。

この息子が諫めた内容は
10綾 かしまだちつりだいのあや
鹿島発ち(カシマ断ち)、釣り鯛の綾から
「オオナムチ」は息子の「クシヒコ」に経緯を確認する
「コトシロヌシ」は、父が国を去るのであれば自分も去ると返答
を参照されたし。国が満ち満ちて道理が消えてしまっているので断つ必要ありと判断。

 古代出雲本殿跡で発掘された建物の基本部分は高さが48mあったと推測されており、本殿には階段を昇りつめて行くような想像図を見たことがあります。北極星(北緯37°)の向こうに神が居られると見ていたので階段の傾斜も37°であったと推定しています。
 出雲での巨大な建物は、すでに葦原中国の本拠地より大きく、華やかになっていたため、本拠地からみて決して許されることではなかった。そのため、出雲(カシマ)を糺すため、説得に何人も派遣されたが効果なく、出雲(カシマ)を断つことになった経緯があります。

13-22 地上と天上の魂を結び、人(魂と肉体)を生む

 
くるしみはなに
かすがとく むかしとよけの
みことのり われみよをしる
はつのよは くにとこたちぞ
あめにゆき みるもとあけの(小笠原13-16)
もりさため ふたよむすびの
もよろほぎ ゆきてたまのお
なすをきく(小笠原13-17)


それでは、死後の苦しみとは一体何ですか。と尋ねました。
 「カスガ」が、説いて聞かせました。
昔、「トヨケ」豊受神の詔のりにあります。我は、御世(三世、過去・現在・未来)を知っています。
 最初にこの国に生まれた世は「クニトコタチ」(国常立)の神々でした。
その後、天に行き、「モトアケ49神」の天上界を見ました。
そして、天祖神の役割を定めました。
「フタヨ」(二世目)は「タカミムスビ」として、この世に生まれ、百万歳の長寿を得て、
元祖の守護神が、魂(たま)の緒を結んで、人の魂魄(魂・霊と魄・肉体)を生む方法を聞き知りました。
 ☆魂魄(こんぱく)魂=精神を支える気・魂は霊をあらわす。魄=肉体を支える気・肉体)

13-23 男女が結ばれて命を授かり、寿命を迎え天上に帰る。素直であれば再び良い生が与えられる


いまたまぎねも
やよろとし ほしにむさぼる
こころなく ゆききのみちも
おほゑしる めおをむすびて
ひとこゝろ よにかえるとき
すくなれは またよくうまれ(小笠原13-17)
よこほしは あゑかえらぬぞ(小笠原13-18)

 
 今、又、「タマギネ」(豊受神)も既に八万歳経ちましたが、無心(無我の境地)でホシ(欲・欲求)を貪ぼる心は全く無く、「ユキキの道」(行き帰りの道・天と地の往来の道、天御柱の道)も覚え知ることが出来ました。

天上のモトアケ(天地創造の元神)の守護により、「メ・オ」(男女)が結ばれて、新しい命を授かり、
人の心を与えられた者は、寿命を迎えて再び天上に帰るとき、素直に生を全うすれば再び次の世でも良い生を与えられます。
しかし、邪欲を持つ者は再びこの世には帰れません。

13-24 欲を貪(むさぼ)るものは、生まれ変わっても人には戻れない



またとわく ひはをにかえり
みつはめに ひとはひとみに
かえらんか(小笠原13-18)


そこで、再び翁(ツガルカルキミ)が「カスガ」に問いました。
たとえ欲があっても、日は元のヲ(陽)に帰る(回帰する)ように、水(ミズ)はメ(陰)に帰るように、人(人の命)は「ヒトミ」(この人間の世)に帰って来るのではないでしょうか。



 いわくはぐさや
おのこぐさ ゐねあわならず
あやかりて ひともうまるゝ
みちわする たとえはたしむ
からしむし うをとりけもの(小笠原13-18)
あいもとむ(小笠原13-19)


「カスガ」は続けて言いました。
ハグサ(葉草・蛇草・粮莠などの雑草)や「おのこ草」(たのひえ)は稲や粟にはなり得ません。
☆莠(はぐさ)=水田に生える雑草、ねこじゃらしとも言う。
仮に貪欲な人間が、運よく(あやかりて)人に再び生まれたとしても、魂の緒が乱れ苦しんで人の道を忘れ去っていますので、神罰を受けます。
 例えば、魚・鳥・獣(けもの)が「カラシ虫」(毛虫、芋虫の類)を競って嗜(たしな)むように、安易に同類を求めて、魚・鳥・獣(けもの)の低い次元の世界に迷い込んで二度と人間の世界には戻れなくなります。

☆ヒトミ=人の命、人身、生きている人、
その他での「ヒトミ」
①「ヒトミヲイダカン」17綾より、母音と合わさる子音を意味する。
「天の巡りの曲がり指し・母音、あ・い・う・え・お」が「人身・子音」を抱きかかえて、それぞれ母音と子音の二つが「まろめて」(交差して)、四十八音の文字を完成させます。

②「ヒトミコマヒザ」19綾より、馬に与える7つの薬(薬草)
人参、「こまひざ」(いのこずち)、卯の花、葛、「つちひとくさ」、えばわ、まめわごぞの7つ

③「ヒトミニモレド」25綾より、沢山盛る
山幸彦は無くした釣り針を返そうと、「太刀」を潰して「ち」(釣り針)を作り、「たちをちに ひとみにもれど なおいかり」山盛り一杯に

13-25 妬む人が現われると、霊の緒が乱れ、獣になり下がる
 

 てれはたからは
なんのため ほめはうまきに
ふけるゆえ まれにうまるも
まつしくて やつことなりて
みをしのぎ ひとたのします
かのほしを うらやむひとが
かむゆえに たまのをみたれ
つぢかぜの ちまたにしゐの(小笠原13-19)
くるしみが けものとなるぞ(小笠原13-20)



 翁「カルキミ」(オオナムチ)が再び問いました。
照れ(誉めたたえられること、褒められて照れること)や、宝(財宝)は何のためにあるのですか。 ホメハ「褒める(誉める)衣服(立派な衣服・おしゃれ)」(ここの「ハ」は衣を表わす文字)や、美食に陥いり熱中すると堕落してしまうと、次の世で稀に人として生を受けたとしても、貧困にあえぎ、ヤッコ(奴・下僕・奴隷)として身売りされ苦労を強いられ耐え忍ぶことになります。人間として満ち足りず心が安らぎません。
そして人々の嘲りを受けて、他人を楽しませるみじめな生き地獄が待っています。
他人から見ると、光り輝いている欲しい物を欲しがる人、羨む人が常に現れる(かむ・噛みつく)ので、霊の緒(たまのを)が乱れてしまいます。
 辻風の塵に舞う、巷の夜をシイの苦しみに苛まれて幽霊となって、あてどなくさ迷い続ける獣になり下がるぞ。
☆「シイ」①=「タマシイ」の魂(タマ、霊)と魄(シイ、肉体)の「シイ」を示す。
☆「シイ」②=獣類の名前でもある。形は鼬(いたち)に似て、夜よく人家に入って牛馬を害した怪獣。筑紫国(福岡県)と周防国(山口県)にいたという。

13-26 他人の妬みが霊の緒につき責められるが天神の祀りで解ける



かみうたす たとえはゆめの
おそわれの しのびかたくて
わきまえず まかるのつみも
おそわれぞ ひとをまどわす
わがほしも ひとはうたねど
たまのおに おぼゑせめられ
ながきゆめ あめのまつりを(小笠原13-20)
たてをけよ かばねのみやに
かんくらを もふせはおとけ
ひとなるぞ まつりのけれは
あまめぐみ もれてをつるぞ(小笠原13-21)

 神が直接手を下して討ち殺すわけではありません。例えば悪夢にうなされ、突然襲う恐怖に耐えきれなくなってしまいます。
 死の苦しみの縁に突き落とされる夢も、死後に受ける苦しみと同じことです。
 人を惑わす利己欲を持った人でも、天が人に直接制裁を加えて討ち殺すのではありません。
人の嫉みが「魂の緒」に覚え刻まれてしまい、己(おのれ)の良心が責められることになるのです。
 それが、長い悪夢となって現われるのです。人は常に天の正しい道を敬い、先ずは天神を祀りなさい。
 各々、カバネ(姓)の先祖の霊を祀る宮にカンクラ(神楽)を申せば(奉納すれば)、魂の緒も解けて人の霊に帰ることが出来ます。
 神祭りを怠れる者は、願いが天に届かず、天祖神(アメミオヤ神)の恵みから漏れて人間の世界から漏れ落ちてしまうことになりますよ。

13-27 妾の務めと、主人の妻と妾に対する心構え


こをもてよ もしつまうまず
たねたえば めかけめをきて
たねなせよ めかけとなれる
めのつとめ つまをうやまえ(小笠原13-21)



 子供を持ちなさい。もし、妻に子供が生まれないときは、子孫が絶えないように妾(めかけ)を置いて子孫(子種)を残しなさい。
 妾となる人の大切な務めは常に妻(本妻)を尊び礼を尽くして敬うことです。



めかけめは ほしになぞらふ
ほしひかり つきにをよばす
うつくしも みやにないれぞ(小笠原13-22)


 妾となる人は、夜空に輝く星に見立てることが出来ます。星は美しく光っていますが、月の明かるさは到底及びません。妻は月になぞられるからです。例え、妾がどんなに美しくとも、宮内(家)の中に入れてはなりません。


あまのはら つきならふれば
くにみたる つまとめかけと
やにいれは いゑをみたるぞ(小笠原13-22)


 もし、天の原(天空)に月を二つ並ぶことはありえないことです。国が乱れます。同じように、妻と妾を同じ一つ屋根の下(一軒の家)に住んではなりません。いさかいが絶えず、家の中が乱れます。



つきはよる つまなうとみそ
うちおさむ めかけのことば(小笠原13-22)
なまつりそ こをうむもりは(小笠原13-23)
うまぬとき すつるむらぼし
のりみたる



 月は夜輝くものです。妾を愛すると言えども、夜、妻との営みを疎んではなりません。(遠ざかってはいけません)
 又、家の事に口出しする妾の言葉を聞き入れてはなりません。
 妾の役割は子を生むことです。
※1)妻に子供が出来ないからといって、妻を捨てるのは身勝手な欲求で、典(おきて)が乱れます。
※2)もう一つの解釈
妾が子供を産まない時はあきらめて別れなさい。子供のない妾は群星(惑星)、典(おきて)が乱れてしまいます。


13-28 「いせのみち」は天の浮橋(仲人)を通じて
 
いんしあまかみ
ほしとなる これはのりなす
めのすがた よくてあるゝも
みにくきに よきみやびあり
よそをひに なふみまよひそ(小笠原13-23)


太古の昔、インシ(いにしえ)天神は役割を終えると天に昇って星になりました。これは法に則った夜空の女の姿にも例えられます。
 女性は容姿が良くても性格が悪くて悩まされることもあります。たとえ不美人であっても気立てが優しく、情に厚い上品で優雅な女性もいます。着飾った装いに踏み迷ってしまっては一生を狂わしかねません。

☆インシ=いにしえ、いにし=古
☆インシアマカミの「ホシ」は北緯37°の高さで一年中微動だにしないたった一つの北極星を示しています。北極星に対し、先ほどのムラボシ「群星・惑星」(群がる星)に相対している気がします。


いせのみち あまのうきはし(小笠原13-23)
よくわたす かみのおしゑの(小笠原13-24)
いもおせの みちのをゝむね
とほるこれなり

「いせのみち」(男女の道)は、天の浮橋を通じて(仲人を通じて)結ばれることです。
神の教えに従えば、男女の仲の道(夫婦道)は、ほぼ間違いなく通じるものです。

13-29 物乞いは天罰を受ける(働かざる者、食うべからず)


つくばうし ほしをさるには
みなすてゝ たのしみまつや(小笠原13-24)


 再び、カスガ の話に戻ると、今度は「ツクバウシ」(筑波大人)が質問しました。「欲し」(欲望)を去るには、何もかも捨てて、唯、死後の世界に楽しみを求めて待つことですか。



かすがまろ しからずやめて
たらざらば うゑはほどこし
うけんかや いわくきたなし(小笠原13-24)
ほとこしを うけばほゐとぞ
きかざるや なをからざれば
ひとならず よにありながら
そのわざに うめるたからを
たゝこひて くらふいぬこそ
あのつみよ(小笠原13-25)



  「カスガマロ」は、そうではありません。例えば、病めて(病んだとき)生活に困窮したら、飢えをしのぐために他人の施しを受けるのですか。
 その考えは、イワクキタナシ(他人迷惑で汚ない・期待がない)やり方です。
☆ホイド=(津軽弁、下北弁)乞食、卑しい、食い意地が強い、欲張り、がつがつしている
ただ施しを受けていればそれは乞食(陪堂・ホイド)になり下がることです。
 人の言うことを聞かず、素直でないのは、人の道にはずれています。
 この世に生を受けたからには、自分のもっている能力・技を最大限に活かして、その生業に専念して働くことによって宝を生むのです。農業であれば稲・米・米俵=田から、宝
 他人が苦労して得た宝(財宝、糧)を只欲しいと乞い願うのは、物乞いする犬と同じで天の罪人です。天罰を受けなければなりません。

この「働かざる者、食うべからず」の社会通念が既にあったという指摘は、松本善之助著月刊ホツマ復208号平成3年5月号にされています。

13-30 欲望から逃れるには、捨てず、集めず


 
またとふたから
さることは かすがまたとく
ほしさるは すてずあつめず(小笠原13-25)
わざをしれ たからあつめて
くらにみつ ちりやあくたの
ことくなり(小笠原13-26)


 更に問いました。宝(財宝)を持たなくする、宝から逃げるにはどうしたらいいのでしょう。
 「カスガマロ」は、丁寧に解き始めました。心の中に渦巻いている欲望(ホシ)から離れる(逃れる)こととは、財を「捨てず、集めず」の術を知りなさい。物を無駄にせず、集め過ぎず、ほどほどの術を身につけなさい。
財宝を集めて、倉一杯に満たしても、ただ置いておくだけでは人の役に立たず、塵(ちり)や芥(アクタ・ごみ、滓、屑)も同然です。

13-31 心の素直な人には見返りを求めず愛情を持って育てる

 
こゝろすなをの
ひとあらは わがこのことく
とりたてゝ みなたすときは
ほしもなし(小笠原13-26)


 例えば貧しくとも、心が素直な若者がいたら、我が子のように愛情を持って面倒を見て取り立ててやりなさい。決して、見返り(欲望)を求めるのではなく、無欲で育てなさい。

この記述のように、世の中に貢献できる人材とは、素直な心を持つ人を育てることと考えられていました。人材育成は紀元前の昔から行なわれており、当時の人材育成は今の世でも通じると思います。
(松本善之助、月刊ほつま復刊208号より)

13-32 欲が魂の緒を乱し、子孫も絶え、死後苦しむ


 ちりとあつめて
よにせまり うらやむものが
かむゆえに たまのおみだれ(小笠原13-26)
みやなくて すゑまもらぬを
たまかえし なせばおとけて
みやにいる なさぬはながく
くるしむぞ(小笠原13-27)



 財宝を塵のように集めて偉そうに世にのさばると、その財を羨むものが現れます。この財産を嫉み羨む者が鬼となって財産家を噛む(牙をむく・噛み殺す)よう計るので、この苦しみから魂の緒が乱れ、死んでも、帰る宮(処)が無く子孫も絶えてしまいます。
そうなる前に、魂返しの述を行い、神楽を奉納して神祀りを行なえば、緒も解けて宮に入帰ることができるようになります。(天国に行けます。)
もし神祭りをしなければ、長く苦しむことになります。
この項(松本善之助、月刊ほつま復刊208号解釈より)

13-33 子孫の繁栄を願うには「いせの道」(男女の道)を学ぶこと


 ときにしほかま
こなときて とえばかすがの
おしゑには あゆきわすきの
まつりぬし たのみてもつて
  (たのみてそれの)和仁估安聰釋本
たまかえし(小笠原13-27)


 そのとき、「シオカマウシ」(塩竈)が、私は子供がいません。子供を授かる術を教えてくださいと願い出ました。
すると、「カスガ」はこう教えました。
大嘗祭の「アユキ」(天の祭場)、「ワスキ」(地の祭場)の祀り主に頼んで、自分の魂返しの神祀りをします。


 なさはくるしむ(小笠原13-27)
たまのおも とけてむねかみ
みなもとえ たましゐわけて
かみとなる たふときひとの
ことうまる なれどゆきすき
たまゆらぞ(小笠原13-28)



そうすれば、苦しんでいる魂の緒も解けて、魂(たま、霊)は「ムネカミ」(宗神宮)に帰り、魄(しい、肉体)は「ミナモト」(源宮)へとそれぞれ帰り着き、魂と魄が天上の「サゴクシロ宮」に戻って神となります。(高畠精二氏訳参考)

 そうすれば、尊い貴人の子として生まれ変わります。しかしながら、この幸運は「ユキ」「スキ」の祀り事(大嘗祭)に於ける「たまゆら」(勾玉が触れ合ってたてる微かな音)でめったにないことです。


 すゑをおもひて
むつましく わざをつとむる
いせのみちかな(小笠原13-28)


子孫を授かりたいと願うなら、夫婦ともに睦まじく、仕事に精を出して業を務めることが、真の「いせ」(「いもおせ」、男女)の道(夫婦道)でしょう。


13-34 「ちち姫」も「すずか」の道を得る



このみちを まなぶところは(小笠原13-28)
かんかぜの いせのくになり
ちゝひめも のちにはいせの
おおかみに つかえすゞかの

みちをゑて(小笠原13-29)


 「たくはたちち姫」も晩年にはこの「いせ」(いもおせ)の道を悟られました。そして、「すずか」の教え(私欲をとり除く教え)の道に達しました。
この道、すなわち「いもおせ」(男女の事でもあり陰陽のことでもある)の道を学ぶところは、神風の「いせ」(いもおせ)の国のことです。
(この項以降は松本善之助著、月刊ほつま復刊63号を参考にさせていただきました)


いせとあわちの
なかのほら すゞかのかみと
はこねかみ むかふいもおせ
ほしをさる すずかのおしゑ
おゝいなるかな(小笠原13-29)


 「たくはたちち姫」が崩じた所は、伊勢と淡路島(いさなぎ神の崩じた所)の中間に位置する洞でした。「たくはたちち姫」は「すずかの神」の名を賜わりました。

「たくはたちち姫」(おしほみみ神のお妃)の賜わった「すずかの神」(女神)(鈴鹿)と「おしほみみ神」(天照神の日嗣皇子)の鎮まる「はこね神」(男神)と丁度男女の神が向かい合っています。

 私欲を取り去る「すずか」の教えは何と感銘深いものでしょう。

(13完) 

ジョンレノ・ホツマ


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① Hotsuma Essay は、私のエッセイや書感などをたまに投稿していますので覗いていただければ幸いです。

② ノホホンの会 のメンバーの方のエッセイや書感があります。合わせて覗いていただければ幸いです。

③ 村田先生のウクレレレッスンは私の気分転換の時間です。

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高畠精二先生のホツマツタヱのHP

高畠精二先生のホツマツタヱ勉強会が、2012年10月より再開いたしました。
以前の勉強会の様子ですがご覧になれます。

ホツマツタヱ勉強会は、今月は12月5日(水)、来年1月は1月10日(木)になります。
 時間は、18:30~20:30です。
現在、14綾を学習中です。「アマテル神、世継(よつぎ)得る祈願の詔のり」ぎ

会場は「なかのZERO」西館3階学習室4です。
東京都中野区中野2-9-7 JR中野駅南口より東に線路沿いに約10分ぐらいです。

参加ご希望の方は直接会場にお越しください。参加費は500円(テキスト代込み)です。
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古代の日本人が見ていた宇宙感に驚きます!

ホツマツタヱの13綾に「なかふし」という言葉、「ひのみちは なかふしのそと
つきはうち」という言葉が引っ掛かり気になっていました。
「なかふし」という言葉を含めて、太陽と月の軌道を表現していることが、
ホツマツタヱと同時期に記された「ミカサフミ」(神戴山書紀・高天原成る綾)に
記載されていることが分かり、理解できる範囲で図解して見ました。

紀元前660年以前の古代日本で認識していたことに驚きます!

図の上でマウスをクリックすれば全体図が表示されます。

 現在、ホツマツタヱの解読作業が28綾で中断したままになっております、 
28綾は今までの前半の総集編でもあり、自分の未熟さからいままでの部分の解釈と
矛盾しているところや、訂正が必要なところも出てきており、
見直しのため完了までにもう少し時間がかかるかも知れません。


みかさふみ天の胎1
みかさふみ天の胎2

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ホツマツタヱ勉強会は次回2018年(平成30年)11月6日(火)になります。
時間は18:30~20:30です。
12月は5日(水)になります

会場は「なかのZERO」になります。
西館3階学習室4になります。

 
JR中野駅南口より左手、線路沿いに東に向かって徒歩10分ぐらいです。


参加ご希望の方は直接会場にお越しください。参加費は500円(テキスト代込み)です。
初めての方は、5分~10分前までにお越しいただければ幸いです。

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