スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

36-25~26. 「やまと姫」の「わかご」が「さるたひこ」に出会う

26. 「やまと姫」の「わかご」が「さるたひこ」に出会う(36-25~26)


初めてのページへ
目次のページへ




 わかごをやれば(36-25)
ゐすずがわ ふおやよろほの
さるたひこ(36-26)


そこで、「やまと姫」は「わかご」(付添い人)を遣って調べさせたところ、いすず川の所で、二百八万歳の翁「さるたひこ」に出会います。


ジョンレノ・ホツマ
スポンサーサイト

36-25. 良い宮の候補が「さ」にあると、神の告げを受ける

25. 良い宮の候補が「さ」にあると、神の告げを受ける(36-25)

初めてのページへ
目次のページへ



 よきみやところ(36-25)
さにありと


もっと良い宮の候補地・都が「さ」にあると、「やまと姫」は神の告げをうけました。
「さ」は、通常、南と解釈できますが、ここでは「さごくしろ」の「さ」を示していると思われます。また、「さるたひこ」の「さ」と解釈も出来ます。


ジョンレノ・ホツマ

36-24~25「おみこ」になった「やまと姫」は、御霊笥を飯野宮から「いそべ」に遷す

24. 「おみこ」になった「やまと姫」は、御霊笥(みたまげ)を飯野宮から「いそべ」に遷す (36-24~25)

初めてのページへ
目次のページへ



このたびは よしこをうちの(36-24)
おみことし みたまげかつぎ
いゐのより いそべにうつし(36-25)
しつめます



この度は、「よしこ」(やまと姫よしこ)を、内宮の「おみこ(御神子):御杖(みつえ)の役」として、御霊笥(みたまげ:天照大神の御霊)を担いで飯野宮から「いそべ」(いそのみや:伊蘇宮)に遷(うつ)して鎮めました(安置してお守りしました)。



ジョンレノ・ホツマ

36-23~24. 「とよすき姫」は、御杖(みつえ)の役を、「やまと姫」に見習わせる

23. 「とよすき姫」は、御杖(みつえ)の役を、「やまと姫」に見習わせる(36-23~24)

初めてのページへ
目次のページへ



みとせのち とよすきよはひ(36-23)
もゝみつで みつえならずと(36-24)
みならわせ かねてねがえば



三年後(たまき宮二十六年)、「とよすき姫」の歳は百三歳になり、これ以上御杖(みつえ)の役が務まらないと、「やまと姫」に見習わせて、かねてからの願いを申し上げました。


ジョンレノ・ホツマ

36-23. 「やまと姫」は粥占いで、「ほんずわけ」を祈る

22. 「やまと姫」は粥占いで、「ほんずわけ」を祈る(36-23)


初めてのページへ
目次のページへ



なづきひめ かゐもてあにの(36-23)
こといのる かれいゐのみや


たまき宮二十三年九月に、「やまと姫」は粥占いの神事を行って、兄「ほんずわけ」の事を祈りました。それ故に、この宮を飯野宮と呼ぶようになりました。(粥-飯:いい)
(36-9)参照

「ほんずわけ」は垂仁天皇と最初のお妃「さほ姫」との間に生まれた子。「やまと姫」は二番目のお妃「かばいつき姫」との間に生まれた子。「やまと姫」からは腹違いの兄になる。

ジョンレノ・ホツマ

36-22~23. たまき宮二十三年の新年の初日を「明けの原」で迎える

21. たまき宮二十三年の新年の初日を「明けの原」で迎える(36-22~23)


初めてのページへ
目次のページへ



としこえて いでたつはつひ(36-22)
あけのはら


たまき宮二十三年の元旦になりました。新年の初日を迎えた場所を、「あけのはら」(明野)と呼ぶようになりました。


 いせたかみやに(36-22)
いりませば おばとつかえて(36-23)



その後、「やまと姫」は新しい伊勢の「たかみや」に入られました。
「やまと姫」は「とよすき姫」の伯母にお仕えしました。




ジョンレノ・ホツマ

36-22. 神に捧げようとした「あめのうずめ」の櫛を落とす

20. 神に捧げようとした「あめのうずめ」の櫛を落とす(36-22)


初めてのページへ
目次のページへ


 うすめがみぐし(36-22)
あぐるとて おとすくしだに


「あめのうずめ」が持っていた櫛(くし)を、神に捧げよう(奉納)と、伊勢に向かう途中、その櫛を落としてしまいました。そして、櫛を落とした場所を「くしだに」と言うようになりました。「櫛田神社」に伝えられていると思われます。

「あめのうずめ」は、昔、天孫ににきねに言われて、誰も声をかけることが出来なかった猿田彦(ちまた神)に女性の目力で声をかけた美人。



ジョンレノ・ホツマ

36-21~22. たまき宮二十二年「やまと姫」が「みつえしろ」になる

19. たまき宮二十二年「やまと姫」が「みつえしろ」になる(36-21~22)


初めてのページへ
目次のページへ


ここで、話の時系列が前後しています。


 ふそふほしはす(36-21)
すえやかに やまとめよしこ
ことしそひ かみにみつぎの
みつえしろ


たまき宮二十二年十二月二十八日(末の八日)に、「やまと姫よしこ」は、今年、十一才になりました。そして、神様に身を捧げる(貢ぐ)「みつえ(御杖え)しろ」になられました。

「みつえ(御杖え)しろ」:神のご意思に従って(神に代わって)、生涯、神様(天照大神)にお仕えする「つきの宮」のこと。


わかごおやこが(36-21)
ともなふて(36-22)


「わかご」(付き添い人)の親子が、「やまと姫」に伴いました。
まだ、「やまと姫」は年も若かったので付き添いが必要と思われます。
「わかご」には「おおわかご」、「こわかご」がいて、分身としても働いていたように見えます。



ジョンレノ・ホツマ

36-19~21. 再び、「とよすき姫」に神の告げ

18. 再び、「とよすき姫」に神の告げ(36-19~21)


初めてのページへ
目次のページへ


 またかみのつけ(36-19)

また再び、「とよすき姫」に神の告げがありました。

おおかみの かたみいたゞき(36-20)
あうみより みのをめぐりて
いせいゝの たかひをがわに
すゞとゞむ たかみやつくり
しづめます(36-21)




天照大神の御霊(かたみ)をいただき(身に付けて)、近江から、美濃へ行って、最後に伊勢の飯野の「たかひおがわ:高樋小川」(今の鈴鹿川)に、鈴(天照大神の霊)を留め、高宮をつくって鈴を鎮めました。「たかひおがわ」の「ひ」は、特別の意味を持つ字になっています。


すずか(鈴鹿)の語源:「すずとどむ」の「すず」と「たかみや」の「か」からと思われます。


ジョンレノ・ホツマ


36-19. 「とよすき姫」は「ささはた宮」に帰る

17. 「とよすき姫」は「ささはた宮」に帰る(36-19)

初めてのページへ
目次のページへ


とよすきは さゝはたみやに(36-19)
かえります


「とよすき姫」(斎女)は役目を終えて「ささはた宮」(奈良県宇陀の山奥)に、お帰りになりました。



ジョンレノ・ホツマ

36-18~19. 「とよけ」の神と「天照大神」を祀り、「みちうし」は良い跡継ぎを得る

16. 「とよけ」の神と「天照大神」を祀り、「みちうし」は良い跡継ぎを得る(36-18~19)

初めてのページへ
目次のページへ



とよけかみ あまてるかみを(36-18)
まつらしむ


「とよけ」の神と「天照大神」をお祭りさせました。

「とよけ」の神は「天照大神」の母親「イサナミ」の父に当たる方で、「天照大神」を日高見(今の仙台多賀城付近)で帝王学を教えた経緯があります。


 みちうしみけの(36-19)
かんめくみ よきみこゑたり


「みちうし」(ひはす姫のお父さん)は神饌を捧げることにより、神の恵みを受けて、良い皇子を得ることが出来ました。良い跡継ぎ(後の景行天皇)を得ました。



ジョンレノ・ホツマ

36-17~18 . たまき宮三十九年詔、お付きの大臣も代わる

15. たまき宮三十九年詔、お付きの大臣も代わる(36-17~18)


初めてのページへ
目次のページへ


 みづかきの みそこやよみか(36-17)
みことのり けくにのおとゞ
たけみくら いわひぬしとみ


「みづかき」の宮、たまき宮三十九年三月三日に、垂仁天皇の詔がありました。
けくに(神に食事を捧げる役および政務に関わるご意見番で今の官房長官のようなもの:神武天皇朝以降の役職)のおとど(大臣)として「たけみくら」を「いわい主」(神だけを祀る専任の神職)に指名しました。

天照大神を祀る斎宮が「とよすき姫」から「やまと姫」に換わったため、その他の担当する臣たちも、以下のように新たに換わりました。


いますのこ たにはみちうし(36-18)
みけのもり


「います」の子の「たにはみちうし」は、食事係(神饌:みけのもり)になりました。
「たにはみちうし」は、丹波みちぬし:娘五人の父親で、一番下の「たけの姫」以外は垂仁天皇のお妃になった。先祖は「たかみむすび」で藤原鎌足に続く。


 あめのひおきは(36-18)
かんぬしに


あめの日置は神主になりました。

「あ」は「天」を表す

日置について、「知らざれる古代 謎の北緯三十四度三十二分をゆく」 著者:水谷慶一 に、非常に興味ある調査の記述があります。
読み直して見たいと思っています。



 ふりたまはねぎ(36-18)

「ふりたま」は「ねぎ職」にそれぞれ任命されました。
「ねぎ」は、役職上、神主の下で「さぶり職」の上の宮司。



ジョンレノ・ホツマ

36-16~17. 昔「とよすき姫」が「天の橋立」(丹後のよさ)へ行きました

14. 昔「とよすき姫」が「天の橋立」(丹後のよさ)へ行きました(36-16~17)


初めてのページへ
目次のページへ


むかしとよすき(36-16)
かみのつけ みたまげかづき
よざにゆく


昔、「とよすき姫」(崇神天皇の娘で天照大神の斎宮)が、天照大神のお告げを受けて、御霊笥(みたまげ)を担いで、丹後の国の「よさ宮」(現、籠:この神社)に行きました。

「よさ」の語源:「いざなみ」から「ソサノウの尊」が「さちほこちたる」国を治めなさいと授かり与えられた国で、「よさ」とは良い使命された国のことを意味します。


 このはしたては(36-16)
かさぬいの ゑよりみやづの
まつにくも たなびきわたす(36-17)


いざないかかる、この美しい橋立(はしごの事):天の橋立は、「かさぬい村」(やまと:天理市)の縁起の良い(ゑ方)方向から、宮津の天の橋立の松に、空高く雲がたなびいて渡されているかのように崇高で美しいものでした。

ジョンレノ・ホツマ

36-15. 天照大神の御霊を「とよすき姫」から「やまと姫」へ



13. 天照大神の御霊を「とよすき姫」から「やまと姫」へ(36-15)

初めてのページへ
目次のページへ


やよいやか あまてるかみを(36-15)
とよすきは はなちてつける
やまとひめ


三月八日、天照大神の斎宮(斎女:いつきめ、いつきのみや)として、奉祀していた「とよすき姫」から、身につけていた御霊(みたま)を解き離し、新たに「やまと姫」に託しました。


ジョンレノ・ホツマ

36-13~15 たまき宮二十五年、垂仁天皇の詔、先代に倣い神を祀る

12.たまき宮二十五年、垂仁天皇の詔、先代に倣い神を祀る(36-13~15)


初めてのページへ
目次のページへ



ふそゐほの きさらぎやかに(36-13)
みことのり たけぬがわけと
くにふくと みかさかしまと
といちねと たけひらもろに


たまき宮二十五年二月八日に、垂仁天皇の詔がありました。
「たけぬがわけ親王」と
「くにふく親王」と
(滋賀県神田神社:あだ姫の主人で、あだ姫はあだをなした姫:「あだ」の語源)
「みかさかしま」と
(くになずおおかしまの命、三輪春日系、たかみむすび、伊勢神社。左大臣、鏡の臣)
「といちね」と
(神武天皇の兄に系統、弟はスイゼイ天皇)
「たけひらもろ」の五人に申されました。



わかみをや みまきはさとく(36-14)
ほづましる あやまりたゝし
へりくたり かみをあがめて
みをこらす


我が先代のみまき(みまきいりひこ:崇神天皇)は聡明(さとく)でした。
秀でた真(まこと)を知り、正しい政治をされ、誤り(為政者)を正しました。
驕ることなく謙虚で、神を崇めて(神祀りを行い)、真摯な態度でありました。

「みまき」は「みまな」の国を崇神天皇(みまきいりひこ)がつくったことから来ています。



かれぞろあつく(36-14)
たみゆたか いまわがよにも(36-15)
おこたらず かみまつらんと


その結果、稲穂も豊作になり、(「ぞ」:稲、「ろ」:畑の作物)
民の生活も豊かになりました。
今、我が世にあっても、怠ることなく、神を祀ります。



ジョンレノ・ホツマ

36-11~12 「ゆかわだな」白鳥を捉え「ほんずわけ」に賜る

10. 「ゆかわだな」白鳥を捉え「ほんずわけ」に賜る(36-11~12)


初めてのページへ
目次のページへ



ゆかわたな くゞひとぶかた(36-11)
おひたづね たじまぢいづも
うやゑにて ついにとりゑて


「ゆかわたな」は白鳥(くぐい:鵠)が飛んでいった方へ追い尋ねて行きました。但馬路を経て、出雲の「うやえ」という所でやっと取らえることが出来ました。

ねづきふか ほんづのみこに(36-12)
たてまつる


十一月(ねづき:木の根に霜が付く月)二日、取ってきた白鳥を「ほんずわけ」の皇子に賜りました。




11. 「ゆかわだな」に「とりとり」の氏を与える(36-12)

 みこもてあそび(36-12)
ものいえば ゆかわをほめて
とりとりへ かばねたまわる


「ほんずわけ」の皇子はその鳥と楽しく遊び、ものを言うようになったので、「ゆかわ:ゆかわたな」を誉めて、「とりとり」という氏(うじ:名前)を与えました。
この「とりとり」は、鳥取の語源でもあり、「ゆかわたな」は、名前だけでなく、この地も授かったと思われます。



ジョンレノ・ホツマ

36-9~11. 「ほんずわけ」白鳥を見て声を出す

9. 「ほんずわけ」白鳥を見て声を出す(36-9~11)


初めてのページへ
目次のページへ




 かんなやかきみ(36-9)
とのにたつ ときほんづわけ
とふくゝひ みていわくこれ(36-10)
なにものや


十月(かんな:神が並ぶ月)八日に、君(垂仁天皇)が、高殿に立たれたとき、「ほんずわけ」が、突然飛んでいる白鳥(くぐい:鵠)を見て口を開いて、あれは一体何ものだ?と聞きました。

「かんな月」考:
神武天皇以前は「めつき」と言った。「め」=雌で女性は妊娠して十ヶ月で生まれるとされていた。ちなみに男は母親が妊娠してから十二ヶ月で生まれると考えられていたことによる。

 きみもろこびて(36-10)
たれかこの とりとりゑんや


君(垂仁天皇)は、諸臣たちは感激しました。(諸臣たちに頼みました)そして、誰か、この鳥を取ってはくれないかと申されました

ゆかわだな とみこれとらん(36-10)
きみいわく とりゑばほめん(36-11)


「ゆかわだな」という臣(武将)が、私が取りましょうと進言しました。そして、君(垂仁天皇)は、もし、取ってきたら誉めてつかわそうと申されました。


ジョンレノ・ホツマ

36-8-9. 「ほんずわけ」ものが言えるようにと「やまと姫」に祈らせる

8. 「ほんずわけ」ものが言えるようにと「やまと姫」に祈らせる(36-8-9)


初めてのページへ
目次のページへ


 ふそみほなづき(36-8)
つみえはの ふかみことのり
ほんづわけ ひげをひいざち
ものいわす これなにゆえぞ(36-9)


たまき宮二十三年九月二日(ほつま暦「つみえ」の最初の次の日)に君(垂仁天皇)の詔がありました。
我が子の「ほんずわけ」(垂仁天皇と最初のお妃「さほ姫」との間に生まれた子)は髭が生える年になってもまだ子供のように物も言えないのは一体どうしてなのだろうか。

もろはかり やまとひめして(36-9)
いのらしむ


諸臣たちは協議して、「やまと姫」に祈らせました。「やまと姫」(かばいつき姫の子供)は「ほんずわけ」と腹違いの妹にあたることになります。

「やまと姫」が「ほんずわけ」を祈る記載について、後述本綾の36-23にもでてきます。


ジョンレノ・ホツマ

36-7. 五人の娘の次女すけ妃「ぬはだ姫」が皇子・姫を生む


6. 五人の娘の次女すけ妃「ぬはだ姫」が皇子・姫を生む(36-7)

初めてのページへ
目次のページへ




すけぬはだ うむぬでしわけ(36-7)
つきにうむ いかたらしひめ


すけ妃になった二番目の「ぬはだ姫・ぬはだにいり姫」が生んだ皇子が「ぬでしわけ」で、その次に生んだ姫が「いかたらし姫」です。

7. 五人の娘の四女うちめ「あさみ姫」が皇子・姫を生む(36-7)

あさみうむ いけはやわけと(36-8)
あさづひめ


四番目のお妃「あさみ姫・あさみにいり姫」が生んだ子供は「いけはやわけ」皇子と「あさづ姫」です。

三女の「まとの姫」には記載がないので、お子さんが生まれなかったのでしょう。

ジョンレノ・ホツマ

36-5~7 五人の娘の長女、妃の「ひはす姫」が皇子・姫を生む

5. 「たにはちみちうし」の五人娘の長女、妃の「ひはす姫」が皇子・姫を生む(36-5~7)

初めてのページへ
目次のページへ



ここから、お妃になった娘たちが生んだ子供の記録です。

 そやとしさつき(36-5)
そかきさき うむみこにしき(36-6)
いりひこの いむなゐそきね


たまき宮十八年五月十日に妃(中宮の「ひはす姫」)が生んだ皇子は「にしきいりひこ」で真名(いみな)が「いそきね」です。景行天皇のお兄さんになります。

ふそまふゆ うむみこやまと(36-6)
おしろわけ いむなたりひこ


たまき宮二十年の真冬に生んだ皇子は「やまとおしろわけ」で真名(いみな)が「おしろわけ」(後の十二代景行天皇になる)です。

この記述より、景行天皇は次男であることが分かります。さらに、やまと姫(36-2)は景行天皇の腹違いのお姉さんにあたることが分かります。

つぎにうむ おゝなかひめと(36-7)
わかぎにの いむなはるひこ


中宮の「ひはす姫」に、次に生まれたのが、「おおなか姫」と「わかぎに」で真名(いみな)が「はるひこ」です。


ジョンレノ・ホツマ

36-5 その五人の娘の中「たけの姫」だけ宮に入れず帰される

4. その五人の娘の中「たけの姫」だけ宮に入れず帰される(36-5)

初めてのページへ
目次のページへ




たけのひめ ひとりかえせば(36-5)
はずかしく こしよりまかる
おちくにぞ


しかし、五人目の「たけの姫」は、宮中に入れず、一人だけ国に帰しました。「たけの姫」一人が天皇に気に入られなかったというはずかしさで一杯になり、今更一人だけ国へ帰ることも出来ず、御輿から身を投げて自殺してしまいました。その地を、おちくに(堕国・乙訓)と言うようになりました。

丹後に竹野町という名残りがあり、羽束師(はずかし)という地名の語源になったものと思われます。
なお、京都市内伏見区にも羽束師町や羽束師神社があります。
漢字が渡来してこの地の名前を音だけで当てはめたと思われます。そのためか、元の意味が不明になってしまったケースに驚きます。

ジョンレノ・ホツマ

36-3~5 垂仁天皇は「たにはちみちうし」の五人の娘をお妃に

3. 垂仁天皇は「たにはちみちうし」の五人の娘をお妃に(36-3~5)

初めてのページへ
目次のページへ




垂仁天皇の最初のお妃「さほ姫」は兄の謀反の犠牲で火攻めに遭い、若くして焼け死んでしまい、二番目のお妃、「かばいつき姫」にも先立たれてしまいました。
「かばいつき姫」亡きあと、約二年半、お妃なしに終止符がうたれます。「さほ姫」が自分の後見に薦めた「たにはちみちうし」の娘をお妃にします。


そゐとしの きさらぎもちに(36-3)
めすたには みちのうしのめ
ひはすひめ ぬはたにいりめ(36-4)
まとのひめ あさみにいりめ
たけのひめ


たまき宮十五年二月十五日に、垂仁天皇は新しいお妃(三代目)を召されました。
名前を「たにはみちのうし」の娘(五人姉妹)の
長女「ひはす姫」
次女「ぬはたにいり姫」
三女「まとの姫」
四女「あさみにいり姫」
五女「たけの姫」と言います。

 はづきはつひに(36-4)
ひはすひめ きさきにたてゝ
いとみたり すけとうちめに(36-5)


八月一日に、「ひはす姫」を妃(中宮)に向かい入れました。
そして、妹の三人を、「すけ妃」と「うちめ」にそれぞれ取り入れました。
妹の三人とは
次女「ぬはたにいり姫」
三女「まとの姫」
四女「あさみにいり姫」


でも、ここで問題が生じます。

ジョンレノ・ホツマ

36-2~3「やまと姫」の母、「かばい姫」が産後半月で亡くなる

2. 「やまと姫」の母、「かばい姫」が産後半月で亡くなる(36-2~3)


初めてのページへ
目次のページへ



あとやみて かなづきふかに(36-2)
はゝまかる(36-3)


しかし、母(お妃:かばいつき姫)は、産後病になってしまい、十月(かなづき:神が並ぶ月)二日にお亡くなりになりました。

 つゞきかばゐの(36-3)
つきのかみ なげきまつりて


天皇(垂仁天皇)は妃の死を嘆いて、「つつきかばいのつきの神」という名を賜って葬送しました。


ジョンレノ・ホツマ

36-1~2 たまき宮十二年「やまと姫」が誕生


1. たまき宮十二年「やまと姫」が誕生(36-1~2)

初めてのページへ
目次のページへ



「やまと姫」が天照大神の御霊を伊勢神宮に鎮めた(安置した)綾(章)です。

「やまと姫」は2代目の斎宮になられた方で、初代の斎宮は「とよつき姫」です。天照大神の御霊を鏡に映して鎮座しました。



たまきみや こほなつきそむ(36-1)
きさきゆめ やまとおゝくに
かみのして たまへばはらみ
つきみちて うまずにやめて(36-2)


たまき宮(垂仁天皇)の九年九月(なつき:ここなづきの略)十六日に、お妃(かばいつき姫)が夢で「やまとおおくに神」(正式には「ことしろぬし」にあたる)から、神の垂(しで)を賜わりました。そうすると、孕みました(懐妊した)が、月が満ちても(月が経っても)生まれませんでした。

みとせのち なつきそむかに(36-2)
うむみこの なはやまとひめ


その後、三年経った十二年九月十六日にやっと生まれました。その子の名前は「やまと姫」と名付けられました。
(やまとおおくに神の夢にちなんで)正式には、「やまとおおくに神」は「ことしろ主」に当たります。

ジョンレノ・ホツマ
プロフィール

jhonreno

Author:jhonreno
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。