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32-19~22.考霊天皇は「はらみ山」(現・富士山)に登山のため御幸する 

9.考霊天皇は「はらみ山」(現・富士山)に登山のため御幸する (32-19~22


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やよひなか はらみやまえと(32-19)
みゆきなる
 


三月中旬、「はらみ山」(富士山)へ登山されました(行幸されました)。この年の一月には、世継ぎも決まり一安心されて富士登山されたものと思われます。



そのみちなりて(32-19)

その行程は事前にお触れが出て、道の整備もされました。



くろだより かぐやまかもや(32-19)
たがのみや



まず、「くろだ」の宮を出て、香久山(奈良県桜井市)を通り、賀茂神社(京都)へ行き、淡海(滋賀県)の多賀神社に、にぎてを捧げました。
「くろだ」=奈良県磯城郡田原本町黒田


 すわさかおりの(32-19)
たけひてる みあえしてまち(32-20)



(その後、木曽路を経て)諏訪・酒折を管轄している「たけひてる」が宴(うたげ:歓迎の接待)の用意をされて待っていました。
なお、この時はまだ甲斐という呼び方はしていないことがわかります。



やまのぼり くたるすばしり(32-20)
すそめくり むめおゝみやに
いりいます



その後、天君(孝霊天皇)は、はらみ山(現富士山)に登山されました。登頂後、須走り口から下山しました。そして、はらみ山(現富士山)の裾野を廻りました。そして、「むめ大宮」(富士宮市本宮浅間大社)にお入りになりました。
「むめ」とつくのは「むめひと」がこの地で政治をとっていた時があったから。



 かすがもふさく(32-20)
みねにえる みはのあやくさ(32-21)
ちよみかや もろくわんとて
にてにがし たれもえくわず



「かすが」(かすがちちはや・すけ妃のやまか姫の父)が申しました。はらみ山(現富士山)の峯に待望の千代見草を得ることができました。それは、染めると青色、緑、黄色と光り加減でいとも美しい綾草のことでした。
この千代見草を、皆が食べようとしましたが、煮ても苦くて、誰も口にすることが出来ませんでした。



なかみねの あてはあわうみ(32-21)


はらみ山(富士山)の主峰(中峰)の高さ(て:方向)は「淡海」(琵琶湖)の大きさ(広さ)にあてはまります。



やつみねは すそのやつうみ(32-22)
みつうまり 



廻りの八つの峰(外輪山)は、裾野の八つの湖(海)に相対しています。しかし、三つの湖が溶岩流で埋まってしまいました。



やくれどなかは(32-22)
かわらしと みつくりのうた



噴火があったけれど、主峰(中峰:中央の頂)は変わらなかったので安心されお喜びになりました。
中腹からの噴火であったことがわかります。
そこで、お歌を作られました。


ジョンレノ・ホツマ

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32-17~18. 「もときね」を世継ぎ皇子にする。後の八代孝元天皇となる

8. 「もときね」を世継ぎ皇子にする。後の八代孝元天皇となる(32-17~18)


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みそむとし はつはるそかに(32-17)
もときねを よつぎとなして



くろだ・いほど宮三十六年初春、正月十日に「もときね」(やまとねこひこくにくる)を世継ぎ皇子としました。後の八代孝元天皇になります。



みてつから みはたおりとめ(32-17)
さつけまし これあまかみの(32-18)
おしてなり



天皇の御親(みてづか)ら、直接、御機(みはた)の織留(おりと)めを授けられました。これは天皇(天神)の璽(印:しるし)となりました。



 あさゆふながめ(32-18)
かんがみて たみをおさめよ
よそほひを たみにおがませ



このおしで(ここでは機織り機)を朝夕眺めて鑑みて民を治めなさい。そして、装い(出来あがった衣装)を民に見せて拝ませなさい。


ジョンレノ・ホツマ

32-13~17.考霊天皇は「はらみ山」(富士山)と淡海(琵琶湖)の絵を賜る

7.考霊天皇は「はらみ山」(富士山)と淡海(琵琶湖)の絵を賜る(32-13~17)

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あすそふかあさ(32-13)
すわはふり はらやまのゑを
たてまつる きみこれをほむ



あくる日(くろだ・いほど宮二十五年一月)の十二日の朝です。
諏訪の神主(はふり)が「はらみ山」(現富士山)の絵を奉りました。
天君(孝霊天皇)はこの絵を大層お褒めになりました。



おなしとき しらひけのまご(32-13)
あめみかげ あわうみのゑを(32-14)
たてまつる 



全く同じときに、近江の「白髭:しらひげ」の子孫の「あめみかげ」が「あわうみ」(琵琶湖)の絵を奉りました。



きみおもしろく(32-14)
たまものや 



天君(孝霊天皇)はこの二つの賜った物について、大変面白いと思いました。
皇孫二ニキネの時に、淡海の水ではらみ山の高峰を潤したという故事とあまりに似ているので縁起が良いと思われたからであろう。(月刊ほつま76-77号)



あるひかすがに(32-14)
のたまふは われむかしこの
ゑをみれど あてなでたかく(32-15) (たてなでたかく)
これをすつ



ある日、天君(孝霊天皇)は「かすが」(すけ妃になった、やまか姫の父親かすがちちはや)に申されました。
私は、昔この絵を見たことがありましたが、風化(劣化)がひどく捨ててしまいました。
(たてなで:風化による縦にひび割れした筋のことではないかと推測します。:あるいは、縦に長く良い絵とは思えなかった?
根拠はないが、噴火によって絵の中の姿が違っていたことを示していたのかとも考える)



 いまやまさわの(32-15)
ゑあわせは わりふたあわす
よきしるし 



今、山(はらみ山:富士山)とさわ(淡海:琵琶湖)の絵が合わさるとは、割符を合わせたような吉祥の印である。

割符た(木片などの中央に証拠となる文字を記し、また証印を押して、二つに割ったもの。当事者どうしが別々に所有し、後日その二つを合わせて証拠とした。符契。符節。割り札。わっぷ)



はらみのやまの(32-15)
よきくさも いもとせまえに(32-16)
やけうせし たねもふたゝび
なるしるし
 


「はらみ山」(現富士山)に生えていた良き草(千代見草)が、五百年前に噴火で焼けて失せてしまった。この二枚の絵合わせによって、千代見草の種が再び生えてきたかも知れない吉報のように思えます。
ここで、五百年前に焼け失せてとあるのは富士山の噴火があったことを記録しています。



におうみやまを(32-16)
うるほせば ちよみるくさも
はゆるぞと たのしみたまひ(32-17)


「におうみ」(淡海:琵琶湖)の水が、富士山の峰を冠雪となって潤せば、千代見る草(長生きする草)も生えてくるだろうと楽しく期待されました。

ジョンレノ・ホツマ

32-9~13.考霊天皇は三つ子を間引きすることを禁じた

6.考霊天皇は三つ子を間引きすることを禁じた(32-9~13)

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ふそゐはる いつもはつそひ(32-9)
あがためし みなものたまひ
みことのり
 

くろだ・いほど宮二十五年、いつも通りに新春の十一日に、県主を召して(呼び出して)皆に賜物をされました。そして、詔をされました。


  もしひはらみこ(32-9)
うむものは みかどにつげよ
したゝみも たまものあるぞ(32-10


もし、一回の受胎で三つ子を産んだものは帝(みかど)に告げるように。下民であっても、褒美をつかわそう。という詔でした。



そのゆえは あめのみまこの(32-10)
さくやひめ みつごうむより
のちきかず


その理由は、天の御孫(みまこ)の「このはなさくや姫」が三つ子を産んだ以降、三つ子を産んだという話を聞いたことがありません。



 われいまみつご(32-10)
うむにつき ほのかにきけば(32-11)
みつごをば まびくとなづけ
ころすとや 



我は今、三つ子を産んだが、風のうわさ(ほのかに)に聞くところによると、三つ子が生まれたら、「間引く」と称して(名付けて)殺すらしい。



  いまよりあらば(32-11)
つみびとぞ わかこもひとは
あめのたね(32-12)
 

今日より、このようなこと(三つ子が生まれたら間引くこと)をしたら罪人にする。若子(赤ん坊)も人であり、天の授かりものである。(花の種に対応して天の種という使われ方をしている)



 しかいぬちより(32-12)
ひとひとり 



鹿や犬の千匹より、人ひとりの方が大事です。



  たけみなかたの(32-12)
のりなりと みことさだまる



「たけみなかた」の宣(法律)として、詔(法律)が定まりました。


くにつかさ たみにふれんと(32-12)
もろかえる (32-13)



国司達は万民にお触れを出すために、皆、国に帰りました。


ジョンレノ・ホツマ

32-8.「もときね」(後に考元天皇)が生まれる

5.「もときね」(後に考元天皇)が生まれる(32-8)

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そやほはる はつもちきさき(32-8)
うむみこは やまとねこひこ
くにくるの いむなもとぎね


くろだ・いほど宮十八年の春、正月の十五日に妃(中宮の「ほそ姫」)が産んだ皇子は「やまとねこひこくにくる」で実名を「もとぎね」といいます。(後に第八代孝元天皇になります。)


ジョンレノ・ホツマ

32-6~8.「やまとくにか姫」の妹「はえ姫」も三つ子を産む

4.「やまとくにか姫」の妹「はえ姫」も三つ子を産む(32-6~8)


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そひふゆいもと(32-6)
はえをうち そみしはすはつ(32-7)
はえひめも またみつごうむ



くろだ・いほど宮十一年の冬、「やまとくにか姫」の妹の「はえ姫」も内女になりました。
くろだいほど宮十三年十二月初め(初日)に、「はえ姫」もまた、お姉さんと同じように三つ子を産みました。



なはゑわか たけひこのなか(32-7)
ひこさしま とわかたけひこ



生まれた三つ子の名前は、兄が「えわかたけひこ」、真ん中が「ひこさしま」、弟が「とわかたけひこ」です。「え」=兄、「と」=弟



はゝもあけ わかをゝみやめ(32-8)


母親も位が上がり、「若おおみやめ」になりました。


ジョンレノ・ホツマ

32-5~6.うちめの「やまとくにか」が三つ子を生み、「ももそ姫」が生まれる

3.うちめの「やまとくにか」が三つ子を生み、「ももそ姫」が生まれる(32-5~6)


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なつうちめ やまとくにかが(32-5)
みつこうむ なはみなやまと(32-6)
もゝそひめ ゐさせりひこに
わかやひめ


同年(くろだ・いほど宮三年)夏には「うちめ」の「やまとくにか姫」が三つ子を産みました。名前は皆「やまと」がついており、「やまとももそ姫」、「やまといさせりひこ」、「やまとわかや姫」です。


 はゝもやまとの(32-6)
おゝみやめ 



母親も「やまと」がついて「やまとおおみや后」になりました。

ジョンレノ・ホツマ

32-3~5.考霊天皇のお妃たち

2.考霊天皇のお妃たち(32-3~5)



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ふとしきさらぎ(32-3)
そひにたつ しぎのおゝめが
ほそひめを きさきぞかすが(32-4)
ちちはやが やまかひめなる

すけきさき


くろだ・いほど宮二年二月十一日に磯城の「おおめ」の娘「ほそ姫」を妃(中宮)にたてました(めとりました)。
そして、「かすがちちはや」の娘「やまか姫」を「すけ妃」にいたしました(めとりました)。



といちまそおが(32-4)
ましたひめ こゝたえとなる


「といちまそお」の娘「ました姫」は「ここたえ」役になりました。
「ここたえ」は二代綏靖天皇以降の制度(「ここり:菊」+「たえ:妙」)と考えられる。(月刊ほつま38号)



うちよたり おしもゝよたり(32-5)


その他に「内女:うちめ」が四人、「おしも」が四人付きました。



みとしはる おゝみなくちと(32-5)
おゝやぐち ともにすくねと



くろだ・いほど宮三年の春、「おおみなくち」と「おおやくち」は、二人とも「宿禰:すくね」という役職になりました。


ジョンレノ・ホツマ

32-1. 「やまとふとに」(考霊天皇)の即位の礼、「くろだ・いほど宮」に移す

ホツマツタヱ 32綾

ふじとあわうみみづのあや
富士山と淡海(琵琶湖)、瑞(みず:生き生き)の綾



この32綾は、3人の天皇の生誕から亡くなられるまでが記されています。

 考霊天皇 ねこひこ (やまと・ふとに) 
 考元天皇 もとぎね (やまと・ねこひこ・くにくる)
開化天皇 ふとひひ (わかやまと・ねこひこ) 


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1. 「やまとふとに」(考霊天皇)の即位の礼、「くろだ・いほど宮」に移す(32-1~3


ときあすゝ よもふそやとし(32-1)
はつそふか あまつひつぎを
うけつぎて
 

時はあすず歴の四百二十八年の正月十二日に天日嗣(あまつひつぎ)を受け継ぎました。(皇位継承)



やまとふとにの(32-1)
あまつきみ いむなねこひこ(32-2)



「ヤマトフトニ」は天皇(孝霊天皇)になられ実名は「ねこひこ」(根子日子)と申します。



もろはかり あめのみまこの(32-2)
のりをもて たみにおかませ



諸大臣は、天の御孫(みまこ)の法(のり:勅)に則って、即位の礼を実行し、万民に拝ませました。



はゝをあげ みえうきさきと(32-2



先帝の母(尊御母)を中宮にたて、御上妃(大政皇后)と呼びました。




こぞしはす よかにくろたの(32-3)
いほどみや うつしてことし
はつこよみ
 


昨年十二月四日に黒田(奈良県磯城郡田原本町)の「くろだ・いほど宮」に新居を移しました。
そして、暦も新しくしました。今年は初暦(いほど宮元年)になりました。


ジョンレノ・ホツマ

33綾 目次 神を崇めて、疫病を退治する綾

ホツマツタヱ 33綾


かみあがめ ゑやみ たす あや

神を崇めて、疫病を退治する綾


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33綾 目次

1. 「いそにゑ」皇子は「みまきいりひこ」(崇神天皇)に即位(33-1~3)
2. 「みまきいりひこ」(崇神天皇)のお妃たち(33-3~5)
3. 崇神天皇の子供たち(33-6~7)
4. 「みずかき宮」三年、新しい都を磯城の「みずかき」に(33-7)
5. 「みずかき宮」四年、崇神天皇の詔(33-7~10)
6. 天照大神の御霊を「とよすき姫」に祭らせる(33-10)
7. 「おおくにたま」の御霊は「ぬなぎ姫」に祭らせる(33-10~11)
8. 崇神天皇は新たに三種の神器を作り直します(33-11~12)
9. 「みずかき宮」五年、疫病で、国民の半数が死滅、神に乞う(33-12~13)
10. 二つの宮を本格的に再建(33-13)
11. 「みずかき宮」六年「おおくにたま」の御霊を「山辺の里」に(33-13)
12. 天照大神の宮を遷す(33-13~14)

13. 「いろ」の「つずうた」が詠まれた(33-14~15)
14. 「みずかき宮」七年、詔して「あさひのはら」(丹波)に御幸(33-15~17)
15. 「ももそ姫」に神が乗り移り「さつさつずうた」が告げられた(33-17~18)
16. 神様の名前を聞いて、大物主との答えを得た(33-18)
17. 神の意向が得られず、夢の中で「おおたたねこ」を斎主に(33-19~21)
18. 三人が夢で見た神のお告げの内容を崇神天皇に(33-21~23)
19. 自分の見た夢と同じに驚き、「おおたたねこ」を探す(33-23)
20. 「おおたたねこ」を尋ねて「ちぬすえ村」へ御幸する(33-24~25)
21. 「いきしこ姫」にも占わせる(33-25~26)
22. 神祭りをし、神名帳を編纂、「かんべ」を定め、神を崇める心が天に通じる(33-26~28)
23. みずかき宮八年「たかはしいくひ」が神酒を作り奉る(33-29
24. 御幸し、「いくひ」の作った酒で御饗(みあえ)する(33-29~33)
25. みずかき宮九年、夢に神の告げ、罪人の霊が疫病を引き起こしている(33-33~35)
26. みずかき宮十年、詔り、平和が甦る(33-36)
27. 遠方の国では受け入れていないので勅使を派遣する(33-36~37)
28. 「おおひこ」を越の国へ(33-37)
29. 「たけぬながわけ」は、ほづま(関東)へ(33-37~38)
30. 「きびつひこ」を山陽道へ(33-38)
31. 「たにわちぬし」を丹波へ(33-38~39)

32. 「おおひこ」は乙女の歌で危険を知り引き返す(33-39~42)

33-39~42. 「おおひこ」は乙女の歌で危険を知り引き返す

32. 「おおひこ」は乙女の歌で危険を知り引き返す(33-39~42)



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もちのひに おゝひこいたる(33-39)
ならさかに おとめがうたに


九月十五日に「おおひこ」は京都へ向かう途中の「ならさか」に着きました。其処に乙女が現われて歌を歌いました。



みよみまき いりひこあわや(33-39)
おのがそゑ ぬすみしせんと(33-40)
しりつどを いゆきたがひぬ
まえつどよ いゆきたがひて
うかがわく しらじとみまき
いりひこあわや(33-41)



御世(みよ)の「みまきいりひこ」(崇神天皇)は危ぶない・絶体絶命です。貴方(崇神天皇)の「そえ」(部下・要人・県主)が、貴方の政権を盗もう(国盗り)とたくらんでいます。
「後のつ戸」(背後・奥方のことを示す)からいったりきたり様子をうかがっていて君に背いています。
[前のつ戸]からも行ったりきたり様子をうかがって、国を奪おうと君に背いています。
知らないのは「みまきいりひこ」貴方だけですよ。「みまきいりひこ」は危ぶない・絶体絶命です。



おゝひこは あましくかえり(33-41)
これにとふ



「おおひこ」は怪しんで引き返してこの乙女に問いました。



 おとめがいわく(33-41)
われはうた うたふのみとて
きえうせぬ むなさわぎして(33-42)
たちかえりけり



そうすると、乙女が言うには、私はただ歌っているだけなのでと言いながら消えてしまいました。「おおひこ」は胸騒ぎして、「たち」(館)に帰りました。


34綾に続く

ジョンレノ・ホツマ

33-36~37. 遠方の国では受け入れていないので勅使を派遣する

27. 遠方の国では受け入れていないので勅使を派遣する(33-36~37)



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とをつくに あらひとのりを(33-36)
まだむけず(33-37)



しかし、遠方の国では、荒人が法(のり)を、まだ受け入れない状況です。



 かれよもにおし(33-37)
つかわして のりおしえしむ


よって、四方の国々に勅使を派遣して、矛を持って、法(のり)を教えに行かせることにしました。


28. 「おおひこ」を越の国へ(33-37)


なつきこか おゝひこをして(33-37)
こしのおし


九月九日、「おおひこ」(八代目孝元天皇の子供)を越の国への勅使として派遣しました。

29. 「たけぬながわけ」は、ほづま(関東)へ(33-37~38)



 たけぬながわけ(33-37)
ほづまおし(33-38)



「たけぬながわけ」を「ほずま」関東地方への勅使として派遣しました。



30. 「きびつひこ」を山陽道へ(33-38)


 きひつひこして(33-38)
つさのおし



「きびつひこ」を山陽道(「つ」西、「さ」南)への勅使として派遣しました。
後に「きび」の国をたてる。



31. 「たにわちぬし」を丹波へ(33-38~39)


 たにわちぬしを(33-38)
たにわおし



「たにわちぬし」を丹波への勅使として派遣しました。


 おしえうけずば
ほころばせ おしてたまわり
いくさだち おのおのたてば(33-39)



もしも、教えに従わない国神がいれば、ほこで(武力で)討ち滅ぼせとの命が下りました。
各将軍は兵を引き連れて四方に進軍しました。


ジョンレノ・ホツマ

33-36. みずかき宮十年、詔り、平和が甦る

26. みずかき宮十年、詔り、平和が甦る(33-36)



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そほねやと ふづきすえよか(33-36)
みことのり



みずかき宮十年(ねやとの年)七月二十四日、詔がありました。



 たみたすおしえ(33-36)
かみまつり やゝおゑされと



民を治める教えをもって平和が甦りました。神祀りもしました。やっとの思いで災い(けがれ)は去りました。


ジョンレノ・ホツマ

33-33~35. みずかき宮九年、夢に神の告げ、罪人の霊が疫病を引き起こしている

25. みずかき宮九年、夢に神の告げ、罪人の霊が疫病を引き起こしている(33-33~35)



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こほやよひ もちのよゆめに(33-33)
かみのつげ(33-34



みずかき宮九年三月十五日の夜、夢の中に神のお告げがありました。



 かしきほこたて(33-34)
かみまつれ



「か」(赤)「し」(白)「き」(黄)のにぎてに矛を立てて神を祀りなさい。


 うだすみさかも(33-34)
おゝさかも かわせさかみお
のこりなく


「うだ」の「墨坂」(柏原地方)も、「逢坂」も「河瀬坂」も、この三つの「お」(おやしろ)を残りなく祀りなさい。
神武天皇時代の戦歴の場所であった。



 これつみひとの(33-34)
しいとゝむ ゑやみなすゆえ(33-35)



ここは、罪科人の死霊が迷い留まって、「えやみ」(疫病)を引き起こしている原因になっています。



うすえふか おとみかしまと
たゝねこに たまかえしのり(33-35)
まつらしむ



四月二十二日、「おとみ」(両翼の臣・左大臣・右大臣)「かしま」(おおかしま・大暁島・伊勢神宮神臣・初代神主・左大臣)と「たたねこ」(おおたたねこ・大直根子・三輪臣・若宮・初代神主・右大臣)に、「たまがえし」(魂返し・死者を甦らす)の法(のり)を祀り祈らせました。



 かれにあかるき(33-35)


その結果、やっと明るい世が訪れました。





ジョンレノ・ホツマ

33-29~33. 御幸し、「いくひ」の作った酒で御饗(みあえ)する

24. 御幸し、「いくひ」の作った酒で御饗(みあえ)する(33-29~33)



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しわすやか かみまつらせて(33-29:和仁估安聰写本)
しはすやか たゝねこまつり(33-29:小笠原写本)



師走十二月八日、神祭りをしました。「おおたたねこ」は神祭りをしました。



みゆきなる いくひがさけに(33-30)
みあえなす


君(崇神天皇)が御幸をされた時、「いくひ」(たかはしいくひ)が作った酒で御饗(みあえ・宴会・もてなし)をしました。



 きみのみうたに(33-30)
このみきは わがみきならず
やまとなる おほものぬしの
かみのみき いくひさつくる(33-31)
すきはいくひさ



御饗(みあえ)のとき、君(崇神天皇)が歌を詠まれました。
この神酒は私のための神酒ではなく、「やまと」なる「おおものぬし」の神の神酒である。幾久(いくひさ・未来永劫・永遠に・いつまでも)作る、杉葉(酒林)幾久(いくひさ)
ここで、「いくひさ」は幾久(いくひさ・未来永劫・永遠に・いつまでも)という意味と、この神酒を作った「たかはしいくひさ」の掛け言葉になっている。



みあえおえ とみらうたふて(33-31)
うまさけや みはみわのとの
あさどにも ゐでゝゆかなん(33-32)
みわのとのとを


御饗(みあえ)が終わり、今度は臣たちが歌いました。
美酒(うまさけ)や、我が身は、この三輪の殿中で宴会をして、朝戸(あさど)の時間(開門時間)になったので、もう出て行かなければならない。三輪の殿中の戸を押し開けて。



ときにきみ これかえうたに(33-32)
うまさけに みはみわのとの
あさどにも おしきらかねよ(33-33)
みわのとのとを



そうすると、君が即座に返し歌を歌われました。
美酒(うまさけ)に、我が身は、この三輪の殿中で朝戸(あさど)の時間(開門時間)になったけど、根が生えて押し切ることが出来ない(帰りたくない)三輪の殿中の戸です。



とのとおし ひらきかへます(33-33)


まだ、帰りたくなかったが、覚悟を決めて、朝戸を押し開き、御幸の宮を後にお帰りになりました。


ジョンレノ・ホツマ

33-29. みずかき宮八年「たかはしいくひ」が神酒を作り奉る

23. みずかき宮八年「たかはしいくひ」が神酒を作り奉る(33-29)



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やほうよか たかはしいくひ(33-29:和仁估安聰写本)
みきつくり みわおゝかみに
たてまつる そのあぢうまし


みずかき宮八年四月四日、「たかはしいくひ」という者が神酒を作りました。そして、三輪大神(ことしろ主)に奉りました。その、神酒の味は大変美味しいものでした。



やほさみと うよたかはし(33-29:小笠原写本)
むらいくひ うまさゝつくり
みわかみに そのみきうまし



みずかき宮八年「さみと」の年の四月四日、「たかはし」村の「いくひ」が美味い神酒をつくり三輪大神(ことしろ主)に奉りました。その、神酒は大変美味しいものでした。


このページは、写本で記述が違います。どちらかの写本の方で、途中の代のときに、一頁ほとんどが虫食いで読み取りが不可能に近い状態であったのではないかと推定します。




ジョンレノ・ホツマ

33-26~28. 神祭りをし、神名帳を編纂、「かんべ」を定め、神を崇める心が天に通じる

22. 神祭りをし、神名帳を編纂、「かんべ」を定め、神を崇める心が天に通じる(33-26~28)


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 めつきはつひに(33-26)
いきしこお やそひらかなし


十月一日に、「いきしこ」に八十枚の平瓮(ひらか・お皿)を神祭りのために作らせました。



これをもて おゝたゝねこを(33-27)
いわいぬし おゝみわのかみ



これ(八十枚のお皿)をもって「おおたたねこ」を斎主(いわいぬし)に定めて「おお三輪の神」を祭らせました。



ながおいち おゝくにたまの(33-27)
いわいぬし



そして、「ながおいち」を斎主(いわいぬし)に定めて「おおくにかま」の神祭りをさせました。




 あまねくふれて(33-27)
かみあがめ かみなふみなす(33-28)



あまねく天下にお触れを出して、神を崇め、神の神名帳を編纂しました。




かんべして やおよろかみを(33-28)
まつらしむ



「かんべ」(全ての民を神・神社ごとに氏子を組織的に割り振った)を定めて、八百万の神を祀らせました。




 ゑやみむけいえ(33-28)
ぞろみのり たみゆたかなり



この結果、疫病も癒えて、神を崇める御心も天に通じて、稲穂もたわわに稔り、民の生活も豊かになりました。



ジョンレノ・ホツマ

33-25~26. 「いきしこ姫」にも占わせる

21. 「いきしこ姫」にも占わせる(33-25~26)




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 いきしこおして(33-25)
うらなわす これまことよし(33-26)


「いきしこ姫」に占わせたら、「いきしこ姫」の占い(ふとまに)も実に良い(大吉)と出ました。「よし」は「吉」と「日吉神社・日枝神社」を掛けている。「いきしこ姫」は九代開化天皇の中宮で、崇神天皇の母親に当たります。



よそがみを とえばふとまに(33-26)
うらわろし



他の神に祀らわせることを「ふとまに」で占わしたら凶(悪い)とでました。

ジョンレノ・ホツマ




33-23~25.崇神天皇は自分の見た夢と同じに驚き、「おおたたねこ」を探す

19. 崇神天皇は自分の見た夢と同じに驚き、「おおたたねこ」を探す(33-23)
20. 「おおたたねこ」を尋ねて「ちぬすえ村」へ御幸する(33-24~25)



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きみこれに ゆめあわせして(33-23)
ふれもとむ おゝたゝねこを



君はこれを聞き、自分の夢とこの三人の夢が合ったことを喜び、全国に「おおたたねこ」を探すお触れを出しました。



20. 「おおたたねこ」を尋ねて「ちぬすえ村」へ御幸する(33-24~25)



ちぬすえに ありとつぐれば(33-24)
きみやそと ちぬにみゆきし




そうすると、「おおたたねこ」が「ちぬすえ村」(陶荒田神社・堺市)に居るとの情報を得ました(居ることが告げられた)ので、君(崇神天皇)は八十人衆の供を連れて「ちぬ」(ちぬすえ村)に御幸されました。



たゝねこに たがこぞととふ(33-24)
こたえには むかしものぬし
すえすみが いくたまとうむ(33-25)
ものぬしの おゝみわかみの
はつこなり



君は「おおたたねこ」に誰の子(子孫)かとお聞きになりました。(先祖は誰かと)「おおたたねこ」は答えて、昔、「ものぬし」(こもり神)と「すえすみ」の娘の「いくたまより姫」との間に生まれた「ものぬし」(こもりの神)の「おお三輪神」の神の子孫(はつこ)です。



 きみさかえんと(33-25)
たのしみて



これを聞き、君は、これで我が御世も栄えて安泰になるであろうとホッとされました。(喜ばれました・楽しみができました)



ジョンレノ・ホツマ

33-21~23. 三人が夢で見た神のお告げの内容を崇神天皇に

18. 三人が夢で見た神のお告げの内容を崇神天皇に(33-21~23)



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はづきなか とはやがちはら(33-21)
めくはしめ おゝみなくちと
いせおうみ みたりみかとに(33-22)
つげもふす ゆめにかみあり



八月七日、「とはや」の娘の「ちはらめくはし姫」と「おおみなくち」と「いせおうみ」の三人が「みかど」(崇神天皇)に告げ申されるには、夢に神のお告げがありました。



たゝねこを おゝものぬしの(33-22)
いわひぬし



お告げは、まず、「たたねこ」(おおたたねこ)を大物主の斎主(いわいぬし)に執りたてなさい。



 しながおいちを(33-22)
おほやまと くにたまかみの(33-23)
いわひぬし なさばむけべし



次に、「しながおいち」を山辺の「おおやまとくにたま」神の斎主(いわいぬし)に執りたてなさい。そうすれば、良い方向に向けられます。疫病も去り天下泰平になります。





ジョンレノ・ホツマ

33-19~21. 神の意向が得られず、夢の中で「おおたたねこ」を斎主に

17. 神の意向が得られず、夢の中で「おおたたねこ」を斎主に(33-19~21)



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きみまつる ことしるしなし(33-19)

君(崇神天皇)は、神祀りをしましたが、神の意向は得られませんでした。


ゆあみして すがにいのりて(33-19)
つげもふす


「ゆあみ」(斎戒沐浴・滝に打たれる?)されて、心身を清めて(すが:「が」(悪、邪悪、汚れ)「す」(素、何もない、無)、(すがすがしく)祈って告げ申し上げました。


 われうやまえど(33-19)
うけざるや


我は神をこれほどまでに敬っておりますが、まだ受けていただけないものなのでしょうか。


 このよのゆめに(33-19)
われはこれ おゝものぬしの(33-20)
かみなるが きみなうれひそ


そうすると、その夜の夢に、我は大物主の神である。君よ、そんなに憂えることはありませんよ。



たせざるは わがこゝろあり(33-20)

たせざる(満たされない・国が治まらない)のは、我が意があってのことである。



わがはつこ おゝたゝねこに(33-20)
まつらさば ひとしくなれて(33-21)
とつくにも まさにまつらふ


我が子孫の「おおたたねこ」を斎主(いわいぬし)にして神を祀らせば、平穏になって、遠い国も従うようになるでしょう。



ジョンレノ・ホツマ


33-18. 神様の名前を聞いて、大物主との答えを得た

16. 神様の名前を聞いて、大物主との答えを得た(33-18)



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きみとふて かくおしゆるは(33-18)
たれかみぞ



このご神託を聞いて驚いた君(崇神天皇)は、問いました。このように教えてくださる神は一体何と言う神様ですかと。


 こたえてわれは(33-18)
くにつかみ おゝものぬしぞ



すると、神から(「ももそ姫」にのりうつっている)、我は国神大物主であるという答えがありました。


後日、「ももそ姫」は大物主の妻となる。という記述(34-14)が、あります。そこで、見てはいけないものを見てしまい、びっくりして「みほど」を突いて亡くなってしまいます。そして、箸塚(古墳)に埋葬されます。



ジョンレノ・ホツマ

33-17~18. 「ももそ姫」に神が乗り移り「さつさつずうた」を告げる

15. 「ももそ姫」に神が乗り移り「さつさつずうた」を告げる(33-17~18)



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 やおよろまねく(33-17)
ゆのはなの もゝそひめして
のりごちに さつさつずうた


君(崇神天皇)は八百万の神々を招く、「湯の花神事」を「ももそ姫」に奉納させました。そうすると「ももそ姫」に神が乗り移って、神から「さつさつずうた」が告げられました。
「ももそ姫」は「やまとももそ姫」で八代孝元天皇のお姉さんにあたる。崇神天皇は十代なので二代先になる。



 さるたみもつずにま(33-17)
 つらでをゑにみだるさ(33-18)



去っていった民も、続けて祀らなかったから、けがれて、乱れてきたのですよ。


ジョンレノ・ホツマ


33-15〜17. 「みずかき宮」七年、詔して「あさひのはら」(丹波)に御幸

14. 「みずかき宮」七年、詔して「あさひのはら」(丹波)に御幸(33-15〜17)



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なほきさら みかみことのり(33-15)
わがみをや ひらくもとひは
さかんなり(33-16)



みずかき宮七年二月三日、詔がありました。我が皇祖(みおや)が開かれてきた国は偉大であり栄えてきました。



 わがよにあたり(33-16)
おえあるは まつりとゝかぬ
とがめあり



しかし、我が御世になって、「おえ」(不浄なこと、けがれ、疫病を示す)があって悲惨な状況になっているのは、きっと神祀りが不充分で、天に祈りが届いていない神の咎めだと思います。



 けだしきわめて(33-16)
よるなりと あさひのはらに
みゆきして(33-17)


自分が本気で窮めて(突き詰めて)、神の意向に寄り添わなければならないと申され、「あさひの原」(今の京都丹波、比沼麻奈為ひぬまない神社)に御幸され「とよけ」神に詣でました。

ジョンレノ・ホツマ

33-14〜15. 「いろ」の「つずうた」が詠まれた

13. 「いろ」の「つずうた」が詠まれた(33-14〜15)




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 いろのつずうた(33-14)

「いろ」の「つずうた」が詠まれました。「いろ」は「とよのあかりのいろもよし」から来ている。


「つずうた」は十九音からなっており、「続く」の語源にもなっております。
また、十九音の後、次の人が二十音目から続いて言の葉を発する(はたち・初の音を発する)事から、二十歳のことを「はたち」と呼ぶようになったと考えられます。
「つずうた」(連歌)発祥の地として酒折(山梨県甲府市)が知られています、詳細については、39-68〜84参照。



 ざとほし ゆきのよしも おほよすがらも(33-15)



いざ遠し、ゆきの(遙かなる、天上のさごくしろ宮の神々よ)、よろしも(我々が行なっている神祀りをよろしく)おほよすがらも(高天原に降臨されておそらく分かっていただけるであろう)



ジョンレノ・ホツマ

33-13〜14.「みずかき宮」六年「おおくにたま」の御霊と天照大神の宮を遷す

10.11.12.「みずかき宮」六年「おおくにたま」の御霊と天照大神の宮を遷す


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10. 二つの宮を本格的に再建(33-13)


ふたみやを さらにつくらせ(33-13)



二つの宮を本格的に再建させることにしました。
二つの宮とは、一つは「おおくにたま」の御霊を祭る「山辺の里」に、もう一つは、天照大神の御霊を祭る「笠縫」を示しています。




11. 「みずかき宮」六年「おおくにたま」の御霊を「山辺の里」に(33-13)


むとせあき おゝくにたまの(33-13)
かみうつし


「みずかき宮」六年目の秋、「おおくにたま」の御霊を山辺の里にお移しになりました。



12. 天照大神の宮を遷す(33-13〜14)


 なつきむそかよ(33-13)
あすのよは あまてるかみの(33-14)
みやうつし



九月十六日の夜になりました。明日の夜(九月十七日の夜)は天照大神の宮を遷す日です。



 とよのあかりの(33-14)
いろもよし



夜になり、神前の豊の明かりが色よく燈りました。



 いざともかみは(33-14)
くだります




天上からきっと天照大神が供の神々とそろって降臨されるでしょう。



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