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30-7~10 先祖神を祀り、平穏でありました 

30-7 先祖神を祀り、平穏でありました(30-7~10) 

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 ものぬしかえり(30-7)
おしくもは かわちにゆきて(30-8)
おしほより かすがをまねき
ひらおかの やしろまつりて
かみとなる


大物主は帰り、「おしくも」は河内に行きました。そして、「おしほ」(京都いりの神社)より「春日神」(あめのこやね)の御霊を招いて(移して)、牧岡(東大阪市出雲井町)で先祖神を祀り、そこで「おしくも」も神になりました。


 つくしのたねこ(30-8)
もをおさめ よかみまつりて(30-9)
あうえもろ かわちをかねて
おさせしむ


筑紫の「たねこ」(あめたねこ、三代目のあめのこやね)は、喪を納めて四神を祀りました。
「あうえもろ」は河内(縣主、国神)も兼ねてこの、牧岡(ひらおか)神社を治めさせました。

ここで四神とは、「あめのこやね」・「ふつぬし(祝主、仲人)」・「たけみかづち」・「ひめかみ」を言います。


 おおものぬしは(30-9)
あわうみの おおくにみやを
つくりかえ(30-10)


六代目大物主(くしみかたまの命)は淡海(近江)の「おおくに宮」(豊みつ神社)を造りかえました。


 こしねのくにも(30-10)
さほこみな たみをおさめて
しづかなり


越の国(越後、越中、越前)、根の国(金沢・北陸)も「さほこ」(山陰)も皆、民を治めて、平穏(静か)でありました。

ジョンレノ・ホツマ
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30-6~7 「ものぬし」が征伐に向かったら、恐れた「いつせ皇子」は九州へ

30-6 「ものぬし」が征伐に向かったら、恐れた「いつせ皇子」は九州へ(30-6~7)
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ものぬしが うたんとすれば(30-6)
いつせみこ おそれたがより
ゆくつくし


多賀(滋賀県)で政治をとっていた「ものぬし」(六代目大物主・くしみかたま命:神武天皇右大臣)が「ながすねひこ」を討とうとしたら
「いつせ皇子」(多賀親王:うがやふきあわせずの長男、神武天皇は四男)は恐れて、多賀(滋賀県)より、九州の筑紫に逃げてしまいました。
29綾-5参照


 くしみかたまは(30-6)
おしくもと ながすねうてば
にけゆくを おひてかはちに(30-7)
ととまりて



「くしみかたま」(六代目大物主・神武天皇右大臣)は「おしくも」(春日大社の「あめのこやね」の若宮)と一緒に「ながすね」を討って出たら、逃げて河内(大阪府)まで追いかけました。
「ながすね」は「やまと」に逃げ込んでしまったのでそれ以上は追わなかったようです。

「ながすね」(当時奈良盆地を「ながす」と言っており、その「ながす」の「ね」の出身という意味ととれる)


 たけちのこりと(30-7)
あうえもろ やまとのそふに
ふせがしむ


「たけちのこり」と「あうえもろ」(春日系県主)が大和に沿った境界内に防ぎました(追いこみました)。
それ以上は深追いしなかったことになります。

ジョンレノ・ホツマ

30-5 「ながすねひこ」が全ての通航を遮断する

30-5 「ながすねひこ」が全ての通航を遮断する(30-5)

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さて、「たけひと」(後の神武天皇)が筑紫(九州)へ御祖神(「うがやふきあわせず」の元へ行った後、留守になった大和での謀反が始まった話に戻ります。
29綾-4参照


 ながすねひこは(30-5)
やまざきに かわふねこばむ


「ながすねひこ」(あめひとたまの孫:たかみむすび)は山崎(サントリーワイナリーの付近、当時は京都、滋賀に通じる水路の要であり関所)を抑え、川船の通航を全て止めてしまいました。

ジョンレノ・ホツマ

30-4~5 御祖神は神璽(おしで)を「たけひこ」(四男、後の神武天皇)に授ける

30-4 御祖神は神璽(おしで)を「たけひこ」(四男、後の神武天皇)に授ける(30-4~5) 

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 みおやつくしに(30-4)
ひたるとき かみのおしては
たけひとに


御祖神(みおやかみ、「うがやふきあわせず」と言い「たけひと」(後の神武天皇)の父親)が「つくし」(九州)でお亡くなりになるときに、神の璽(おしで)は「たけひと」(後の神武天皇)に授けました。


 ははたまよりも(30-4)
かみとなる(30-5)


神武天皇の母である「たまより姫」も神となられました。(お亡くなりになりました)


 かがみはかあひ(30-5)
やえがきは わけつちみやに
あづけおく


鏡(やた;八咫の鏡)は、河合(河合神社、下賀茂神社摂社:かもみおや:「うがやふきあわせず」を祭る)に預けました。(左大臣)
八重垣の剣は、「わけつち宮」(上賀茂神社:天孫ににきねを祭る)に預けました。(右大臣)

ジョンレノ・ホツマ

30-3~4 「うがやふきあわせず」は「つくし」に下ったときも、神璽(おしで)は肌身離さず

30-3 「うがやふきあわせず」は「つくし」に下ったときも、神璽(おしで)は肌身離さず(30-3~4)

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 みおやつくしに(30-3:和仁估安聰写本)
くだるとき おしてはもちて

みおやぎみ つくしくたるも(30-3:小笠原写本)
かみおしで もちてはなさず


御祖神(うがやふきあわせず:神武天皇のお父さん)は「つくし」(九州)に下ったときも、神璽(かみおしで)を大事に持って肌身から離すことはされませんでした。



みかがみは ひたりおしくも(30-3:和仁估安聰写本)

やたかがみ とみおしくもに(30-3:小笠原写本)


「やた」の御鏡は左大臣の「おしくも」に授け置きました。



やえがきは くしみかたまに(30-4)
さづけおき


「八重垣の剣」は右大臣の「くしみかたま」に授け置きました。

ジョンレノ・ホツマ

30-2~3 天皇を嗣(引継)がれるとき、三種の神器も分けて引継ぐ

30-2 天皇を嗣(引継)がれるとき、三種の神器も分けて引継ぐ(30-2~3)

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みぐさもわけて(30-2)
あめみまご ひだりかすがと
みぎこもり(30-3)


天皇を嗣(引継)がれるときは、
天(天照大神)の御孫には神璽(かみおしで)と
左大臣の春日の神には鏡と
右大臣の「こもり」の神には剣と三種の神器を分けて、代々受け継がれてきました。


このページ(30-3)はどちらかに虫喰いか大きな損傷があったためか、内容の記述が違っています。大方の流れは同じです。


 さつけてよよに(30-3:和仁估安聰写本)
これをつぐ


 よようけつきて(30-3:小笠原写本)


代々受け継がれてきました。

ジョンレノ・ホツマ

30-1~2 天照大神は御孫の「ににきね」に分雷天皇の名を賜う

本日より30綾に入ります。

天君 都鳥 の綾

30-1 天照大神は御孫の「ににきね」に分雷天皇の名を賜う(30-1~2)


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あまきみの もとはみまこの(30-1)
いかづちを わけておさむる


天皇(天君、あまきみ)の大元は天照大神の御孫の「ににきね」です。「ににきね」は天照大神から災いの元である「雷」(いかづち)を「火」と「水」に分けて治めました。

天照大神の御孫ということより、「天孫ににきね」と言われています。


おおんかみ ほめてみまこは(30-1)
あまかみの あらはるいづと(30-2)
たまふなは わけいかつちの
あまきみと


天照大神は、功績を誉めて、御孫の「ににきね」は、御祖神の精神の再来であると喜ばれて「わけいかづち」(別雷天皇)の天君という名前を賜われました。
現在、上賀茂神社に祭られています。

ジョンレノ・ホツマ

ホツマツタヱ 29綾 目次 たけひと(神武天皇)大和討ちの綾

ホツマツタヱ 29綾 目次 たけひと(神武天皇)大和討ちの綾


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29-1 「たけひと」(神武天皇)は父の臨終で遺言を授かりに九州へ行く(29-1~3)
29-2 大和では掟を乱す者が現われ、不穏な空気になる(29-3~5)
29-3 九州で「たけひこ」(後の神武天皇)が「あびらつ姫」を娶る(29-5~6)
29-4 「たけひこ」(後の神武天皇)が、先祖神の下に平和で光輝いていた昔の話をします(29-6~10)
29-5 大和で流行った「たけひと」を乞う歌が九州まで広まる(29-10)
29-6 「たけひと」は九州から大和へ東征に向かう決意を(29-11~12)
29-7 「たけひと」九州宮崎より大和へ向け出航(29-12)
29-8 豊後水道で「うつひこ」と出会い、水先案内に(29-12~14)
29-9 途中、宇佐でお伴の「たねこ」が「うさつ姫」を娶り、九州の勅使になる(29-15~16)
29-10 安芸の国で年を越し、吉備の国に三年滞在し、戦に備える(29-16~17)
29-11 船は浪速(なみはや)より大和川を遡り、河内の「あうえもろ」の館に着く(29-17~18)
29-12 生駒越えを試みるが、「いつせ皇子」が肘を射られ撤退する(29-18~20)
29-13 神を祭ってから出直すことに。八尾まで撤退する(29-20~21)
29-14 「いつせ皇子」が和泉国で亡くなり紀伊国に葬る(29-22)
29-15 葬儀(埋葬)に反抗した「なぐさのとべ」を征伐した後、熊野の村に向かう(29-22~23)
29-16 台風で船は流され、「いないい」と「みけない」は水死(29-23~25)
29-17 荒坂(三重県熊野市)に向かうが「にしきど」に行く手を歯向かわれ、疲れ昏睡してしまう(29-25~26)

29-18 「たかくらした」が夢の告げに出た「くにむけの剣」を見つけ君「たけひと」に授ける(29-26~28)
29-19 君「たけひと」は毒気から目覚め再び立ち向かう(29-28~29)
29-20 夢で道案内にと告げられた「やたのからす」が目の前に現われる(29-29~30)
29-21 「やたのからす」の先導で「うだ」(宇陀市)にたどり着く(29-30~31)
29-22 陰謀を謀った兄の「うが主」は天罰で自分の罠に嵌まる(29-31~33)
29-23 弟「うが主」は味方につく。「いひかり」、「いわわけ」も味方に(29-33~34)
29-24 しかし、高倉山の麓には兄「しぎ」豪族が邪魔立て(29-34~35)
29-25 香久山の埴(土)で「ひらで」を作って、神を祭れという夢のお告げを受ける(29-35~36)

29-26 弟「うが」がまだ敵対している豪族がいることを伝える(29-36)
29-27 弟「うが」は、君が勝利するためには香久山の土で天地神を祭ると良いと夢あわせになった(29-36~37)
29-28 香久山の土を「椎根津彦」と「うがし」に採りに行くよう詔り(29-37~39)
29-29 敵に咎められないよう神に祈りながら香久山へ行き埴(土)を持ち帰る(29-39~41)
29-30 香久山の埴(土)で「いずべ」を作り神祭りする(29-41~43)

29-31 国見が丘で出陣に先立ち、君は御歌を作る(29-43~44)
29-32 「にぎはやひ」はこの歌を聞き、戦いをやめる(29-44~46)
29-33 「やたのからす」を使者として「しぎひこ」を説得にあたる(29-46~48)
29-34 弟「しぎ」は降伏し、「たかくらした」と一緒に兄を説得に行くが受け入れず(29-48~50)
39-35 兄「しぎひと」を討ち取る(29-50~51)
29-36 「ながすね」は一歩も引かず膠着(こうちゃく)状況に(29-51~52)

29-37 金色に輝く鵜の鳥が飛んで来て一旦戦いをやめる(29-52~53)
29-38 「ながすね」は天照神から十種宝を授かった「にぎはやひ」君こそが御孫であると正当性を述べる(29-53~55)
29-39 「ながすね」は天君の証を「にぎはやひ」君の靫より取り出し示す(29-55~57)
29-40 すべらぎ「神武天皇」も神璽(おしで)を「ながすねひこ」に見させ「ねんごろ」を知る(29-57~58)
29-41 「にぎはやひ」は、すべらぎ「神武天皇」に降伏し打ち解ける(29-58~59)
29-42 祝主たちが従う(29-59~60)
29-43 はびこっていた悪党どもを全て退治する(29-60~62)

29-44 君は「かしはら」へ遷都を「たねこ」と大物主と決める(29-62~64)
29-45 妃に「たたらいそすず姫」を迎える(29-64~65)
29-46 妃の父親の「ことしろ主」を恵比須神の名を賜い、孫の「くしね」を県主に(29-65~66)
29-47 神祭りを行ない「かんやまと・いわわれひこ」の君として全国にお触れを出しました(29-66~67)

ジョンレノ・ホツマ

29-66~67 神祭りを行ない「かんやまと・いわわれひこ」の君として全国にお触れを出しました

29-47 神祭りを行ない「かんやまと・いわわれひこ」の君として全国にお触れを出しました(29-66~67)
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めのふそか まつるおおみわ(29-66)
かんなみぞ
 


十月二十日、神祭りを盛大に執り行いました。全国の神々が並び揃いました。
10月の事を「神無月」と言われているが、元々は全国の神々が並びいることを言っているのが本来の姿であったことがわかります。

また、出雲に全ての神が出向いたということを言っていたわけでないこともわかります。


かんよりになも(29-66)
かんやまと いわわれひこの
あまきみと あまねくふれて(29-67)


この神祭りに因んで、神の名前を冠につけて、「かんやまと・いわわれひこ」の天君(天皇)と命名して全国にお触れを出しました。


この時から、神武天皇の時代になります。


としさなと かしはらみやの(29-67)
はつとしと みよかんたけの
おおひなるかな


年は「さなと」(ほつま歴 58/60後の辛酉かのととり)で、「橿原宮」に即位され、この年が橿原宮元年となりました。
御代神武(みよかんたけ)の何と偉大なことであろうか。

「かんたけ」の読みに対して、後世に漢字文化が渡来した時、神武という漢字があてがわれ、いつの間にか音読みになってしまい、今の「じんむ」になったことが分かります。

29綾完

29-65~66 妃の父親の「ことしろ主」を恵比須神の名を賜い、孫の「くしね」を県主に

29-46 妃の父親の「ことしろ主」を恵比須神の名を賜い、孫の「くしね」を県主に(29-65~66)

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 ことしろぬしを(29-65)
えみすかみ まごのくしねを
あがたぬし やしろつくらせ(29-66)


お妃に迎い入れた「たたらいそすず姫」の父親の「ことしろ主」に恵比須神の名前を賜い、孫の「あたつくしね」を高市の県主にとり立てました。そして、社(やしろ)を造らせました。

ジョンレノ・ホツマ

29-64~65 妃に「たたらいそすず姫」を迎える

29-45 妃に「たたらいそすず姫」を迎える(29-64~65)

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 きさきたてんと(29-64)
もろにとふ うさつがもふす
ことしろが たまくしとうむ
ひめたたら いそすすひめは
くにのいろ あわみやにたす(29-65)
これよけん すべらぎえみて
きさきとす


君(神武天皇)は、妃を立てたい(迎えたい)と諸神に問いかけました。そうすると、「うさつひこ」が申しました。「ことしろ主」が「たまくし姫」と結婚され「たたらいそすず姫」がお生まれになっておられます。「たたらいそすず姫」は国一番の美女です。現在、「あわ宮」にお住まいになっているのも良い記(しるし)です。
すべらぎ(神武天皇)は、大層喜ばれ、お妃に迎い入れました。

ジョンレノ・ホツマ

29-62~64 君は「かしはら」へ遷都を「たねこ」と「大物主」と決める

29-44 君は「かしはら」へ遷都を「たねこ」と「大物主」と決める(29-62~64)


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つくしより のほるたねこと(29-62)
ものぬしに みやこうつさん
くにみよと みことをうけて(29-63)


全てのことが治まりました。
筑紫(今の九州)より、「たねこ」が上京してきました。その、「たねこ」と「たが」宮から来ていた「大物主」に、新しく都を移したい(遷都したい)ので、国を見てまいれと詔をしました。


めぐりみる かしはらよしと(29-63)
もふすとき きみもおもひは
おなしくと あめとみおして
みやつくり(29-64)


詔を受けた二人は、国中を巡り見て「かしはら」が良いと申し上げました。すると、君(神武天皇)も思いは同じでした。
「あめとみ」に命じて、新しい宮を作りました。

ジョンレノ・ホツマ

(29-60~62 はびこっていた悪党どもを全て退治する

29-43 はびこっていた悪党どもを全て退治する (29-60~62)
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つちぐもの あみはるものを(29-60)
みなころす 


要所要所に網を張って、危害を加えていた土ぐも(土着の悪ども)者を、皆殺しにしました。


たかおあはりべが(29-60)
せひひくて あしながくもの
おおちから いわきをふりて(29-61)
よせつけず


「たかおはりべ」は背が低くかったので、「あしながくも」は大力で岩木を振り回して寄せ付けず手のつけようがありませんでした。


 たがのみやもる(29-61)
うものぬし くしみかたまに
みことのり


「たが」宮を守る大物主の「くしみかたま」に良い戦術はないものかと詔りしました。


 ものぬしかがえ(29-61)
くずあみを ゆひかふらせて(29-62)
ややころす すべおさまれば


大物主は考えて大きな葛蔓(くずのつる)で網を編んで、覆いかぶせてやっとのことで退治することが出来ました。

ジョンレノ・ホツマ

29-59~60 祝主たちが従う

29-42 祝主たちが従う(29-59~60)

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 こせのほふりや(29-59)
そふとへと いのほふりらも(29-60)


「にぎはやひ」が降伏したことにより、「こせ」の祝主(ほふり)や、「そふとへ」(奈良坂)や、「い」の祝主(ほふり)等も、従うようになりました。

ジョンレノ・ホツマ

29-58~59 「にぎはやひ」は、すべらぎ「神武天皇」に降伏し打ち解ける

29-41 「にぎはやひ」は、すべらぎ「神武天皇」に降伏し打ち解ける(29-58~59)

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にぎはやひ わかながすねが(29-58)
うまれつき あめつちわかぬ
かたくなを きりてもろひき
まつろえば(29-59)


「にぎはやひ」は我が「ながすねひこ」は生まれつき、天地の分別を教え説いても聞く耳を持たない頑固者だと言って、「ながすねひこ」と縁を切りました。そして、兵を率いて天皇(神武天皇)の御前に降伏しました。

決して、斬り殺したわけでなく何処「津軽?」かに島流しにでもしたかどうかは分かりませんが・・・・と、思われます。


 きみはもとより(29-59)
くにてるの まめをうつしみ
いわわれの こやにべをねり
としこえて


君(神武天皇)は、本来備わった国照宮(にぎはやひ)の人柄と忠義心を褒めたたえ(相手の気持ちが身に移る)、「いわわれ」(桜井風土記:いわれ神社)の仮宮で親交を温めました。そして、年を越しました。

「にべ」=うるし、やに等 にべを練る=親密度を増す

ジョンレノ・ホツマ

29-57~58 すべらぎ「神武天皇」も神璽(おしで)を「ながすねひこ」に見させ「ねんごろ」を知る

29-40 すべらぎ「神武天皇」も神璽(おしで)を「ながすねひこ」に見させ「ねんごろ」を知る(29-57~58)

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 またすべらぎも(29-57)
かちゆきの いだすははやの
かんおして ながすねひこに
しめさしむ


一方、すべらぎ(神武天皇)も、徒靫(かちゆき)の中から羽羽矢の神璽(おしで)を取り出し、「ながすねひこ」に見せ示せと命じました。

肌身離さず持つために、神璽(おしで)は後に「勾玉(まがたま)」に代わります。いつでも見えるようにしました。


 すすまぬいくさ(29-57)
まもりいる ねんころをしる(29-58)


すると、戦は休戦状態になり、お互いの神璽(おしで)をじっと見つめました。そして次第に、懇ろな気持ち(親密さ)が芽生えてきました。

両方とも天照大神が作られた本物だったことをお互いに知り、身内同士であることがわかったからです。

ジョンレノ・ホツマ

29-55~57 「ながすね」は天君の証を「にぎはやひ」君の靫より取り出し示す

29-39 「ながすね」は天君の証を「にぎはやひ」君の靫より取り出し示す(29-55~57)

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 ときにすべらぎ(29-55)
こたえいふ(29-56)


すると、すべらぎ(神武天皇)は返答しました。


 なんぢがきみも(29-56)
まことなる しるしあらんぞ


汝が君であることが真実であるならば、天君の証拠となる神璽(おしで)があるはずだ。


ながすねが きみのゆきより(29-56)
ははやてを あめにしめせば
かんおして(29-57)


「ながすね」が「にぎはやひ」君(天皇)の靫(ゆき、入れ物)より羽羽矢璽(ははやて)を高々と上げて神の神璽(おしで)を天(すべらぎ「たけひこ」後の神武天皇)に示しました。

ここから、「ながすね」は、「すべらぎ」(天皇)であることを認めている記述になっています。
なお、後に羽羽矢璽(ははやて)は破魔矢になります

ジョンレノ・ホツマ

29-53~55 「ながすね」は天照神から十種宝を授かった「にぎはやひ」君こそが御孫であると正当性を述べる

29-38 「ながすね」は天照神から十種宝を授かった「にぎはやひ」君こそが御孫であると正当性を述べる(29-53~55)
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 むかしあまてる(29-53)
かみにみこ いわふねにのり
あまくだり あすかにてらす


昔、天照神の御孫(あすか親王)が天磐船(いわふね)に乗って、日高見の国から天下って、我が「くしたま・ほのあかり・てるひこ」君は「あすか」の地を照らした(「あすか」で政治を執りました)。

淀川を遡り、四条畷の先の天の川を遡り、生駒の「しらにわ」という所に入った。この地を「あすか」と呼びました。(一時的に住まわれた所ですが)

天照大神--(子)おしほみみ(仙台で亡くなる)

おしほみみ(天照大神の子)の子供は二人
-(子兄)くしたま・ほのあかり・てるひこ別名あすか(親王)おきみ
-(子弟)ににきね


にぎはやひ いとみかしやを(29-54)
きさきとし うむみこのなも
うましまち


「くしたま・ほのあかり・てるひこ」のお子さんの「にぎはやひ」君(天皇)は、私(ながすねひこ)の妹の「みかしや姫」を妃としました。
そして、生まれた皇子の名前は「うましまち」皇子と言うのだ。


 わがきみはこれ(この:小笠原)(29-54)
にぎはやひ


我が仕える君(天皇)はこの「にぎはやひ」君(天皇)だけだ。

実は、ここで「にぎはやひ」は、養子であった。「ににきね」の孫にあたる「くにてる」を養子にして「にぎはやひ」になった経緯がありました。


 あまてるかみの(29-54)
かんたから とぐさをささぐ(29-55)


天照神の御神宝の十種宝(とぐさ)を授かった君(天皇)であるぞよ。


あにほかに かみのみまごと(29-55)
いつはりて くにうはわんや
これいかん


どうして、他に天照神の御孫と偽って、我が国を奪いに来たのか。釈明せよと、「ながすねひこ」が神武天皇に言いました。

ジョンレノ・ホツマ

29-52~53 金色に輝く鵜の鳥が飛んで来て一旦戦いをやめる

29-37 金色に輝く鵜の鳥が飛んで来て一旦戦いをやめる(29-52~53)

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 ときにたちまち(29-52)
ひさめふる こかねうのとり
とびきたる ゆはずにとまる


その時、突然、日雨(ひさめ)が降りそそぎ、太陽の日が射しこんで金色に輝いた鵜の鳥が飛んできて、天皇が手にする弓の弭(ゆはず:弓の両端の糸を留めてある所)にとまりました。
日雨(ひさめ)は此処では氷雨の事ではなく、太陽の日が凛凛と降り注いだことと言っています。(松本善之助氏著月刊ほつま:S49.10)
記紀では鳶が来たことになっているそうです。
また、鵜飼いや鵜殿などがこの地に残っているようです。(野本寛一氏著熊野山海民俗考より)


そのひかり てりかかやけば(29-52)

その金色の鵜の鳥の光は、四方に照り輝き、皆んな、驚いてしまいました。


ながすねが たたかひやめて(29-53)
きみにいふ


敵将の「ながすね」が、戦いを一旦止めて、君(神武天皇)に大声で話しかけました。

ジョンレノ・ホツマ

29-51~52 「ながすね」は一歩も引かず膠着(こうちゃく)状況に

29-36 「ながすね」は一歩も引かず膠着(こうちゃく)状況に(29-51~52)

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たけるとも ふつくきれども(29-51)
ながすねが たたかいつよく
あたられず(29-52)


猛者どもをことごとく斬ったが、敵の「ながすね」は戦い強く一歩も引きません。

ジョンレノ・ホツマ

29-50~51 兄「しぎひと」を討ち取る

39-35 兄「しぎひと」を討ち取る(29-50~51)


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 みちをみがうつ(29-50)
おしさかと うつひこがうつ
おんなざか(29-51)


そのため、討ち取ることにしました。
「みちおみ」(道臣)が忍坂で敵を討ち、「うつひこ」が女坂で敵を討ちました。(奈良県桜井市)


 えしぎのにげる(29-51)
くろざかに はさみてうてば


兄「しぎひこ」が逃げる黒坂(現炭坂)で挟み撃ちにしました。

ジョンレノ・ホツマ

29-48~50 弟「しぎ」は降伏し、「たかくらした」と一緒に兄を説得に行くが受け入れず

29-34 弟「しぎ」は降伏し、「たかくらした」と一緒に兄を説得に行くが受け入れず(29-48~50)

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 おとしぎをちて(29-48)
かたちかえ かみのいとうに
われおそる


弟の「しぎひこ」は、態度を変えて(降伏して)、神武天皇側につきました。
神の善意(いとう、愛おしい)には、心から畏れ多く思いました。


 ええなんちとて(29-48)
はもりあえ ままにいたりて(29-49)


もうどうなっても構わないと思い、葉盛りの饗(みあえ、もてなし)を振舞いました。
覚悟を決めて、君(「たけひと」後の神武天皇)の御前に詣でました。


わがあには あだすともふす(29-49)

我が兄は、君(「たけひと」後の神武天皇)に敵対していますと進言しました。



ときにきみ とえばみないふ(29-49)
ときさとし おしえてもこぬ
のちうつも よしとたかくら(29-50)
おとしぎと やりてしめせど
うけがわず


それを聞いて、君(「たけひと」後の神武天皇)は、この申し出について問いました。
皆、異口同音に、説いて諭して、教え導いても来ないようならば、最終的には討つのもやむを得ないという結論に至りました。
そこで「たかくらした」と「弟の「しぎひこ」を使者にして説得にあたりましたが、受け流して(かわしてしまう)聞き入れることはありませんでした。

ジョンレノ・ホツマ

29-46~48 「やたのからす」を使者として「しぎひこ」を説得にあたる

29-33 「やたのからす」を使者として「しぎひこ」を説得にあたる(29-46~48)

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 ねつきゆみはり(29-46)
しぎひこを きぎすにめせど
あにはこず


十一月弓張りの日(上弦の月の日、七~八日、もし下弦の月であれば二十二~二十三日頃)に、敵の「しぎひこ」に「きぎす」(きじ、雉、伝令)を召しました(君に会うよう伝える)が、まだ敵陣に陣取っている兄の「しぎひこ」は来ませんでした。


 またやるやたの(29-46)
からすなき あめかみのみこ
なんぢめす いさわいさわぞ(29-47)


そのため、再度「やたのからす」(実在の人物)を使者として飛ばして説得にあたらせました。
天神の御子(「たけひこ」後の神武天皇)が汝を召しておられる。(来るよう命令されている)
さあさあ早く決断されよ。


えしぎきき いとうなすかみ(29-47)
おえぬとき あだがらすとて
ゆみひけば


兄の「しぎ」(しぎひこ)はこれを聞くと、「いとう」(この場合は、悪い意味、遠ざける意、厭う)なす神(人の国を盗む悪い神)となり、毒舌・暴言をはいた。「悪からす」の奴めと言って弓を引きました。そこで、一旦「やたがらす」は退きました。


おとがやにゆき(29-47)
きみめすそ いさわいさわと(29-48)
からすなく


次に弟「しぎひこ」の家に行き、君(神武天皇)が召されているのだ。さあさあ早くと「やたのからす」は追いたてました。(うるさく烏がガーガー鳴くように啼いた)

「やたのからす」は今では三本足の八咫烏になっていますが、君(神武天皇)の部下で決して鳥の「烏」でないことがわかります。「からす」という名前の人物です。

その他にも、伝令、密偵(勅使)を派遣することについて、「きぎす・きじ」を飛ばすという表現をしています。このように擬人化により直接的な表現を避けています。
余談ですが、もも太郎のお供の「きじ」も本来、密偵役であったことがわかります。

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