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3-5 厄を祓うため子供を川に捨て、翁に拾い育てられる

3-4 厄を祓うため子供を川に捨て、翁に拾い育てられる(3-5)

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 みとせいつくに(3-5)
たらざれど いわくすふねに
のせすつる


そのため、三才にもならないのに、そばに置いておきたくても、手放さなければならず、「いわくす舟」に乗せて捨てました。(これは儀式だそうです)
「いわくす舟」の「いわ」は岩のように堅固な、「くす」は楠の木で作った、すなわち、楠の木をくりぬいて作られた舟のことを言います。


 おきなひろたと(3-5)
にしとのに ひたせはのちに


成人するまで、翁(おきな、かなさき、住吉の神)が拾い上げました。
そして、「にしとの」(西ノ宮神社、住吉の神が住まわれていた)で、幼い「ひるこ姫」を成人するまで養育(日足)しました。

「ひろた」=広田神社(幼い「ひるこ姫」を拾い上げた所)
「ひたせ」=「日(ひ)足(た)せ」、ひたす、養い育てる、養育する)
「のちに」=成人するまで

ジョンレノ・ホツマ
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3-4~5「いさなぎ」「いさなみ」の最初のお子さんは「ひるこ姫」と言い、なんと、両親とも厄年でした

3-3 「いさなぎ」「いさなみ」の最初のお子さんは「ひるこ姫」と言い、なんと、両親とも厄年でした(3-4~5)

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なはひるこ しかれとちちは(3-4)
すずよそほ はゝはみそひほ
あめのふし


生まれた子供の名前は「ひるこ」と言いました。しかしながら、この時の父親(いさなぎ)の年は四十才で、母親(いさなみ)の年は三十一歳で、なんと、二人とも天の節目(厄年)に当たっていました。

「ひるこ」という名前について、昼に生まれたから「ひるこ」と言われているようですが、本来は高貴な(うひるぎ)「太陽(ひ)の御霊(みたま)」を背負って生まれた。という背景があるようです。(高畠精二氏談)


 やどればあたる(3-4)
ちちのおえ おのこははゝの
くまとなる(3-5)


天の節目(厄年)に宿った(生まれた)女の子は、父に汚れが宿ります。
もし、男の子が生まれたのであったら、母が災いを受けることになります。

「おえ」=汚れ(けがれ)
「くま」=災い(わざわい)

ジョンレノ・ホツマ

3-2~3 両神(「いさなぎ」「いさなみ」)は筑波で最初のお子さんを生みました

3-2 両神(「いさなぎ」「いさなみ」)は筑波で最初のお子さんを生みました。(3-2~3)

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こたふるに むかしふたかみ (3-2)
(ことふるに:小笠原)
つくばにて みめぐりとえば
めかみには なりなりたらぬ
めもとあり(3-3)



「かなさき」(後の住吉の神)は、以下のように答えました。
昔、両神(「いさなぎ」「いさなみ」)が、筑波におられたとき、女神(いさなみ)の体調をお聞きになられた時、女神には、秘められて隠されたものがあります。それは女の基(女陰)です。


 おかみのなりて(3-3)
あまるもの


男神には立派な逸物(男根)がついています。


 あわせてみこを(3-3)
うまんとて みとのまぐはひ
なしてこを はらみてうめる


皇子を生もうと、女陰と男根を合体して、お布団の上で愛撫(馬合い、まぐわい=男女の性器の合体)しました。
そして、お子さんを懐妊して生みました。

昔の人は、色ごとも優雅に表現されていますが、小生解読例では適切な現代言葉が思い浮かばず済みません。
漢字で書くと、そのものズバリになってしまうようです。

例えば、不倫(浮気)の事を、陰の雅(かげのみやび)と言っていました。ひらがなで書けば優しくあいまいですけど、漢字だと明確になってきつく感じます。

ジョンレノ・ホツマ

3-1~2 両神(「いさなぎ」「いさなみ」)の生まれた子供の数と産屋の数が合わないことを問う

3-1 両神(「いさなぎ」「いさなみ」)の生まれた子供の数と産屋の数が合わないことを問う(3-1~2)

三綾「いさなぎ」「いさなみ」が一姫三男を生む・産殿の綾に入ります

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もろかみの たかまにまつり(3-1)
はかるのち つはものぬしが
ふたかみの ひひめみおうむ
とのいつつ とえばかなさき(3-2)



諸神が集まって、高天原を地上に降した処で政治をとった後のことです。
「つわものぬし」(あめのこやねの父)が、両神(「いさなぎ」「いさなみ」)は、一姫三男を生んだのに、なぜ、産屋が五つあるのでしょうかと「かなさき」(後の住吉の神)に問いました。

ジョンレノ・ホツマ

ホツマツタヱ 2綾 目次

ホツマツタヱ 2綾 目次



天神七代と「いさなぎ」「いさなみ」と床神酒
ほつまつたゑ 
あめななよとこみきのあや

この2綾は、天神7代とその後の「いさなぎ」「いさなみ」の誕生する経緯、床入りの前のお酒の起源がでてきます。

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2-1 「おしひと」(天照大神の皇子)がお神酒のいわれを聞く(2-1)2-2 天地創造のときに遡って話される(2-1~3)
2-3 やがて、天神初代となる「くにとこたち」が誕生しました(2-3)
2-4 八人の皇子が誕生、天神2代「くにさづち」(と・お・か・み・え・ひ・た・め、の八神)になります(2-3~5)
2-5 天神2代目の神は「くにさづち」と言いました。(2-4~5)

2-6 八皇子を継いだのが天神3代「とよくんぬ」神になります(2-5~6)
2-7 天神4代「うびちに」「すびちに」は夫婦に(2-6~7)
2-8 天神4代「うびちに」「すびちに」は「ももひなぎ」「ももひなみ」と名付く
2-9 「ひな」と「ひと」、「き」は男、「み」は女を(2-9~10)
2-10 成人された「ももひなぎ」「ももひなみ」は床神酒を(2-10~11)

2-11 愛し合った二人は「うび」が煮えたぎっているように熱く「うびちに」「すびちに」の神名に(2-12~13)
2-12 このお二人(うびちに、すびちに)がひな形となり、一夫一婦制が始まる(2-13~14)
2-13 天神五代の神は、「おおとのち」神と「おおとまえ」神です(2-15~16)
2-14 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神のときは近江が国の中心でした(2-16~17)
2-15 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神は全国を治めるが、後継ぎがなく(2-17~19)

2-16 両神は混乱していた世の中を鎮めました(2-19~21)
2-17 天神七代の候補に「たかみむすび家」(日高見・仙台)から(2-19~21)
2-18 同じく天神七代の候補に、二代遡って「うびちに・すびちに」の子孫から「あわなぎ」(金沢)が(2-23~25)
2-19 豊受神は仲人を立て二人を結ばせる(2-25~27)
2-20 床神酒(とこみき)の始まり(2-27~30)


ジョンレノ・ホツマ

2-27~30 床神酒(とこみき)の始まり

2-20 床神酒(とこみき)の始まり(2-27~30)

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ふたかみの まじわるときに(2-27)
とこみきや


さて、両神が、床入りして愛の交わりの前に床神酒(とこみき)を召されました。

今風に言えば、エッチの前に、ナイト・ドリンクを飲みましたとなるんでしょうか。

 
とこはとほこに(2-27)
こをもとむ(2-28



「とこ」(床、神聖な場所)で、「とほこ」(天君に代々引き継がれる絶対の宝器、天より授り、万物を生み育てる)に、子供の誕生を求めました。


 ささけはとこよ(2-28)
いのくちの すくなみかみの(2-28)
たけかぶに すずめがもみを
いるをみて みきつくりそめ
すすめけり(2-29)


お酒というのは、「とこよ」(うびちに、すびちに)の時代に、「いのくち」という処の「すくなみ」神(さなみ、さなみ川)が、庭の竹株に雀が籾(もみ)を入れるのを見て、籾を醸して白酒(にごり酒)を初めて作り、「ももひなぎ」と「ももひなみ」に献上しました。
「すすめ」=「すずめ」勧める、「け」=竹、器、竹に入れた、けひ神社
「ささけ」=酒、奉げる、献上する


 ももひなぎより(2-29)
ささなみと なをたまふより
なもささけ
 


「ももひなぎ」神は大層喜ばれ、この酒を作った「すくなみ」神に「ささなみ」という神名を賜い、お酒の名前のことを「ささけ」と呼ぶようになりました。
さあ、さあ、どうぞ!の「さあ」はお酒をどうぞのこと。


そのかみいまに(2-29) そのかみいます(小笠原本)
ささけやま


その、「ささなみ」神は、神となって「ささけ」山に祭られました。


 ここのくみとは(2-29)
やよいみか さかづきうめる(2-30)
かみになも ひながだけとぞ
たたゆなりける
たたゆなりけり(小笠原本)


三三九度のしきたりは、三月三日に、「さかづき」という名をを生んだ神の名を、「ひなが岳」の神として称えました。

「さかづき」とは、桃の木の下で酌みかわした、盃に月が逆さまに映ったことを言っています。

二綾完
 
ジョンレノ・ホツマ

2-25~27 豊受神は仲人を立て二人を結ばせる

2-19 豊受神は仲人を立て二人を結ばせる(2-25~27)

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 たかみむすびの(2-25)
いつよかみ いみなたまぎね
とようけの



「たかみむすび」家の五代目の神になった、実名「たまぎね」は「とようけの神」(豊受神、伊勢外宮の御祭神)と言いました。


 ひめのいさこと(2-25)
うきはしを はやたまのおが(2-26)
わたしても とけぬをもむき
ときむすぶ ことさかのおぞ



この「とようけの神」(豊受神)実名「たまぎね」は、娘の「いさこ姫」(仙台出身、後の「いさなみ」になられる)を「あわなぎ」の子の「たかひと」(北陸出身、後の「いさなぎ」となられる)と結ばせて七代目を継がそうと考えていました。
「はやたまのお」(熊野の臣)が二人の間に入って「うきはし」(仲人役)を渡そうと試みましたが、趣旨(おもむき)が理解できませんでした。
突然一緒になれと言われても、遠い国で言葉、習慣など違うため、納得しませんでした。
その後「ことさかのお」が、国の危機を説いて、二人の間に入って橋渡しを果たし、二人を結びつけることが出来ました。

ここで、二つの語源が考えられます。

「はやまる」=「はやたま」、「たま」(球)は丸い、すなわち、「まる」、事が決まらなかった、機が熟していなかった、早まった、の語源と考えられます。

「ことさか」の「さか」は「さからう、いさかい、など刺々しい悪いこと」「こと」は「ことを説いて聞かせる、夫婦のちぎりの意」から、離縁。離婚の意味がある。
よって、「ことさかのお」で二人を取り持つという意味合いが含まれます。「お」は緒、結びつけるものです。

「ことさかむら」【琴坂村】(石川県:金沢市/旧河北郡地区)という地名が現存しているのはこの事象に関係がありそうです。


けたつぼの つさのつくばの(2-26)
いさみやに うなづきあみて(2-27)
いさなぎと いさなみとなる


お二人(両神)は、方壷(けたつぼ、仙台多賀城市付近)から西南(つさ)の方向の筑波山のふもとの「いさ宮」(筑波神社)で睦まじく一緒に住まわれて、「いさ宮」に因んで「いさなぎ」と「いさなみ」と名乗り、七代目に即位しました。

それまでは、
「いさなぎ」は、「たかひと」「かみろぎ」「あわなぎ」であり、
「いさなみ」は「いさこ」というお名前でした。

ジョンレノ・ホツマ

2-23~25 同じく天神七代の候補に、二代遡って「うびちに・すびちに」の子孫から「あわなぎ」(金沢)が

2-18 同じく天神七代の候補に、二代遡って「うびちに・すびちに」の子孫から「あわなぎ」(金沢)が(2-23~25)

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きのとこたちや(2-23)
そのみこは あめかがみかみ(2-23)
つくしたす



「きのとこたち」と名付けられ、「きのとこたち」やその皇子は「あめかがみ」神と言い、「つくし」(筑紫)を治めました。



 うびちにもうく(2-23)
このみこは あめよろつかみ(2-24)
そあさたし



天神四代目の「うびちに」と「すびちに」の間にできた皇子は、「あめよろず」神と言い、「そあさ」(南紀、阿波 四国地方)を治めていました。



 あわさくうめば(2-24)
あわなぎば ねのしらやまと
ちたるまで のりもとほれば



この「あめよろず」神は、「あわなぎ」と「さくなぎ」の二人の子供を生みました。そして、「あわなぎ」は「ね」(北陸)の「しらやまと」(白山本)国から「ちたる」(さほこちたる、山陰)までを、法を以って治めました。



うむみこの いみなたかひと(2-25)
かみろぎや


その「あわなぎ」が生んだ子供の実名(真名、いみな)を「たかひと」と言い、「かみろぎ、(かむろぎ)」(幼名)と言いました。

後に「いさなぎ」になられます。

ジョンレノ・ホツマ

2-19~21 天神七代の候補に「たかみむすび家」(日高見・仙台)から

2-17 天神七代の候補に「たかみむすび家」(日高見・仙台)から(2-19~21)

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あめのかみよの(2-21)
ななよめを  つぐいとぐちは



天神の七代目を継ぐようになった糸口(きっかけ)についてです。


とこよかみ きのみひかしに(2-22)
うえてうむ はごくにのかみ


「とこよ神」(くにとこたち、国常立神)が、木の実を東の国に植えて、その地で生まれた子供の名前を「はごくに」の神と言います。

三内丸山遺跡から栗の木の栽培が認められていることを思い出します。

ひたかみの たかまにまつる(2-22)
ひたかみや         (小笠原長弘本)
みなかぬし


「はごくに」の神は「ひたかみ」(日高見)の国を建国して、この日高見の「たかま」(高天原)に「みなかぬし」を地上に勧請(かんじょう)して、祭りました。

勧請(かんじょう)とは、 神の来臨や神託を祈り願うこと。神の分身・分霊を他の地に移して祭ることを意味しています。

北上川は「ひたかみ」(日高見・仙台)の国を流れている川で、本来は「ひたかみ川」が漢字化された時「北上」と伝えられたものと思われます。(松本善之助氏)


 たちばなうえて(2-22)
うむみこの たかみむすびを(2-23)
もろたたゆ


この日高見の「たかま」(高天原)に「たちばな」の木を植えました。そこで、生まれた皇子の名前を「たかみむすび」と言い、諸人(多くの人たち)がこの皇子の誕生を心から喜びました。

日高見国を統括する(結ぶ)ことのできる「たかみむすび」の名前が捧げられました。

最近、炭酸ガスによる温暖化が問題になっていましたが、真の原因が明らかになって来ています。参考までに、この頃の日本の気温は今より約5℃ほど高かったことがわかっています。仙台付近は今より温暖で、もっと過ごし易かったのではないかと思われます。
ですから、「たちばな」(みかん)の栽培にも適していた気候であったことにも納得がいきます。

ジョンレノ・ホツマ

2-19~21 両神は混乱していた世の中を鎮めました

2-16両神は混乱していた世の中を鎮めました(2-19~21)

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 ときにあめより(2-19)
ふたがみに つぼはあしはら
ちいもあき いましもちひて


そんな状況になっていた時、天神より「ふたがみ」(両神)に、お達しがありました。
沖壷(かなめ)の葦原(滋賀県)に、千五百反にも及ぶ水穂(水田)がある(あき、空いている)。
この水田で稲作ができますよ。



しらせとて ととほこたまふ(2-19)

ということを、知らせますと言って、「と」(法、宝典、とのおしで)と「ほこ」(矛、警察権、逆らうものを滅ぼす)を使って、この国を治めなさいと言って、賜わりました。



ふたがみは うきはしのえに(2-20)
さぐりうる ほこのしづくの
おのころに みやとのつくり


後に、両神は、浮橋(橋渡し、仲人を意味する)を受け入れて夫婦になり、手始めにその浮橋の上に立ち、授かった矛で下界を探り、手応えを得た後、したたり落ちた滴で
「おのころ」島を契って(将来を約束した)宮殿をつくりました。



おおやまと よろものうみて(2-20)
ひとぐさの みけもこがいも(2-21)
みちなして


「おおやまと」(大日本国)と名付けました。
森羅万象のものを生み育てました。人々の食料も、養蚕(衣服)も作り方を教え広めました。



 わいだめさだむ(2-21)
いさおしや
 


混乱していた世の中を定めた(鎮めた)功績(いさおし)が称えられました。

この頃、養蚕が始まったという記述より、絹織物が既に存在していたことに驚きます。


ジョンレノ・ホツマ

2-17~19 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神は全国を治めるが、後継ぎがなく

2-15 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神は全国を治めるが、後継ぎがなく(2-17~19)

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 ひかしはやまと(2-17)
ひたかみも にしはつきすみ
あしはらも(2-18)


東は「やまと」(山本、現富士山のふもと、おおひやま=香久山)から、「ひたかみ」(日高見、仙台)まで、西は「つくし」(つきすみあしはら、現九州、筑紫まででした。

「つきすみ」=日の出とともに月が沈む方角の隅の方の遠い国という意味合いがありました。後に「つくし」と呼ばれるようになりったのは、身を尽くして働いて開拓した所という意味合いがあります。


 みなみあわそさ(2-18)
きたはねの やまとほそほこ
ちたるくに
ちたるまで(小笠原長弘本)



南は、阿波(四国)、熊野(そさ、南紀、紀州)、北は「ね」(北陸)の「やまと」(山のふもと、白山を中心)、更に、「ほそほこ・ちたる」国まで、治めていました。

「ほそほこ・ちたる」国は山陰地方を言います。
「ほそほこ」はするどい「ほこ」、荒神谷で鉾が発見されています。「ちたるくに」は更に奥の山口県の石見銀山の方と思われます。



 およべどもよほ(2-18)
つぎこなく みちおとろひて
わいだめな(2-19)



これらの国を治めていましたが、百万年経っても(最後まで)、後継ぎに恵まれませんでした。
(「も」=百、「よ」=万、「ほ」=年)
そのため、「あめなる」道も衰えてしまい、分別、けじめ(わいだめ)がなくなってしまいました。
国が乱れてしまい、法治国家でなくなってしまいました。

一夫一婦制を法で決めたことにより、世継ぎに恵まれず、このままでは、代が途絶えてしまいます。
さて、さて、どうなっていくのでしょうか?

ジョンレノ・ホツマ

2-16~17 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神のときは近江が国の中心でした

2-14 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神のときは近江が国の中心でした(2-16~17)

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むよのつぎ おもたるのかみ(2-16)
かしこねと やもをめぐりて(2-17)
たみをたす


六代目の世継ぎの神は「おもたる」神、「かしこね」神で、「やも」(全国津々浦々、おおやしま)を巡って国民を治めました。

天神六代の神は、「おもたる」「かしこね」になります。

「おもたる神社」は第六天神、六天さんと呼ばれていました。
関東地方に多いようです。


 おうみあつみの(2-17)
なかはしら


この頃は、近江(淡海)の安曇(あつみ→あずみ、安曇川、あどがわ、高島市)が国の中心でした。
安曇川の中州に中柱(なかはしら)を建てて、ここを沖壷と名付けて国の起点(中心)としました。

尚、沖壷を含めて、三壷があると言われています。
一つは「けた壷」で仙台多賀城付近(日高見)が国の中心であった頃、豊受神が建てたところです。もう一つは「は壷」で「はらみ山」(富士山)のふもとにあります。

ジョンレノ・ホツマ

2-15~16 天神五代の神は、「おおとのち」神と「おおとまえ」神です

2-13 天神五代の神は、「おおとのち」神と「おおとまえ」神です(2-15~16)

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としかぞえ いおつぎあまの(2-15)
まさかきや
 

遡って年を数えると、ちょうど五百本目にあたる天の「まさかき」(すずきのき)を新しく植える年でした。



いつよのかみは(2-15)
おおとのち おおとまえなり



五代目の神は、「おおとのち」と「おおとまえ」の二神です。
天神五代の神は、「おおとのち」と「おおとまえ」になります。
なお、四代目の神は前述の「うびちに」と「すびちに」です。


つのぐいは おおとのにいて(2-15)
いくぐいを とまえにあひて(2-16)
      とまえにあひみ(小笠原長弘本)
つまとなす


ご主人(つのぐい、男神)は、戸(廊下)の奥、(との、殿)に座っておられ、奥方(いくぐい、女神)は戸の手前、(まえ、前)で、お見合いをされました。(品定めをしました)。そして、妻としました。



 かれおはとのぞ(2-16)
めはまえと やもつつきまで


しかるが故に、「お」(男)は「との」(殿)のことです。そして、「め」(女)は「まえ」(前)のことを言います。このお二人は「やも」(八百)の世界を嗣ぎました。

前宮というのは女性の神様を祭っています。
「まえ」が女性につく名前として、静御前などが思い浮かびます。

ジョンレノ・ホツマ

2-13~14 このお二人(うびちに、すびちに)がひな形となり、一夫一婦制が始まる

2-12 このお二人(うびちに、すびちに)がひな形となり、一夫一婦制が始まる(2-13~14)

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 おおきすくなき(2-13)
うすのなも このひなかたの
おはかむり うおそではかま
      うほそではかま(小笠原長弘本)
めはこそで うはかづきなり



大きい(多い)小さい(少ない)を現わす、「う」「す」という名前も、このお二人が「ひな形」(雛型)となりました。
男(男雛)は冠を被り、大袖を召し袴をはきました。女(女雛)は小袖に上被衣(かずき)を召しました。

「う」=大きい、「す」=小さい の意味合いがあります。
「雛型」は現在も鋳物の型(鋳型)の語源として生きています。


このときに みなつまいれて(2-14)
やそつづき もろたみもみな
つまさだむ



これを機に、皆、妻を家に入れるようになりました。
八十神(臣)もこれに続き、多くの庶民も皆、妻を定めました。

それまでは、通い婚であったと考えられます。


 あめなるみちの(2-14)
そなわりて たぐひなるより



このとき、「あめなるみち」(とのおしで)法として、結婚制度が法律として備わり、一夫一婦制(たぐい)が始まりました。

ジョンレノ・ホツマ

2-12~13 愛し合った二人は「うび」が煮えたぎっているように熱く「うびちに」「すびちに」の神名に

2-11 愛し合った二人は「うび」が煮えたぎっているように熱く「うびちに」「すびちに」の神名に(2-12~13)

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あすみあさ さむかわあびる(2-12)


熱々の二人は、三日目の朝になって、ようやく姿を現わし、ほてりを冷ますために寒川で清流を浴びました。


そでひちて うすのにこころ(2-12)
またときて



そのとき、お二人は袖を濡らしてしまいました。抱き合ったまま一体になったお二人の燃えた心(煮えたぎった心)も再び、激しく燃えたぎりとろけて天にも昇る心地でした。(昇華していました)

なお、松本善之助氏は「また」を、なごやかに結ばれて完(また)きとなったと解釈されています。

「ひち」、「びち」は水に関係ある言葉で、現在、水がはねることをピチャピチャ、ピチピチというように、当時は「ひちる」とか「びち」と言っていたと考えられます。

「うす」=「う」は大、陽を現わし、「す」は小、陰を現わすことから、此処では男女のことを言っています。

 
なもうびちにと(2-12)
すびちかみ 



お二人に新たに「うびちに」神、と「すびちに」神という名前を賜わりました。

「うびちに」= ももひなぎ(男神)
「すびちに」= ももひなみ(女神)


これもうびにる(2-12)
ふることや(2-13)



お二人の熱愛があまりにも激しかったので、これは古い伝えにある天地創造のときの、「あわうび」の「うび」が煮えたぎっているようでありました。

ジョンレノ・ホツマ

2-10~11 成人された「ももひなぎ」「ももひなみ」は床神酒を

2-10 成人された「ももひなぎ」「ももひなみ」は床神酒を(2-10~11)

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 ひとなるのちに(2-10)
やよいみか みきつくりそめ
たてまつる



この「ももひなぎ」と「ももひなみ」が立派な成人になられた後の、つまり、「ひな」が「ひと」になった、三月三日に初めて神酒を作り、この二人(両神)に奉りました。

「そめる」は初めてという意味があります。誰がどこで作ったかはこの後に出てきます。「すくなみ神」白酒の始まりになります。


 ももとにくめる(2-10)
みきにつき うつりすすむる(2-11)
めがみまづ のみてすすむる
のちおがみ



桃の花の満開の下(宵祭り)で、お酒を酌み交わしました。そのとき、酒を注いだ盃に月が逆さまに映っていました。まず、男神が女神にその盃をすすめ、女神が先に飲み、その後、男神が飲みました。



 のみてまじわる
とこのみき みあつければや(2-11)



お二人がお酒を飲んだところで、むつまじく交わられ一緒に床入りしました。新婚初夜のお二人の愛の交わりは身も心も熱いものでした。

「みき」は、お神酒の語源になっています。「み」(女性)が先でその後「き」(男性)が来ています。

現在の結婚式での三三九度のお酒も女性が先のようです。
また、二人で睦まじく交わる(床入りする)前に飲むお酒を「床の神酒」(とこのみき)というようになりました。

ジョンレノ・ホツマ

2-9~10 「ひな」と「ひと」、「き」は男、「み」は女を

2-9 「ひな」と「ひと」、「き」は男、「み」は女を(2-9~10)

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ひなはまだ ひとなるまえよ(2-9)


ここで、「ひな」(一~七)はまだ「ひと」(一~十)となる前の若者のことを言います。

「ひと」について
漢字では「人」と書き、両方から助け合うという意味合いですが、古代日本の「ほつまつたえ」の中では、「ひと」は1~10までの全てを兼ね備えた人物を言います。
天皇には、この「ひと」がついています。

「~ひこ」(~彦)は1~9までの天皇にはなれないけど高位の人を言っております。

「ひな」(1~7)は成人前の若者で、「ひよっこ」の「ひよ」は1~4を言っており、
まだまだ子供だということがわかります。


きみはその きのみによりて(2-9)
おがみはき めがみはみとぞ(2-10)
なつきます


「きみ」(君)と呼ぶのは、その桃の木と桃の実のことです。男神の名前には「き」と、女神には「み」と名付けるけることになりました。
(習わしになりました。いざなぎ、いざなみ、のように)

ジョンレノ・ホツマ

2-7~9 天神4代「うびちに」「すびちに」は「ももひなぎ」「ももひなみ」と名付く

2-8 天神4代「うびちに」「すびちに」は「ももひなぎ」「ももひなみ」と名付く(2-7~9)

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 そのもとおりは(2-7)
こしくにの ひなるのだけの
かんみやに きのみをもちて(2-8)
あれませば


そのいわれは、越の国(越前)の「ひなるの岳」(日野山、越前富士)の神の宮(日野神社、福井県武生市)で、木の実を以ってお生まれになったお二人がいらっしゃいました。


 にわにうえおく(2-8)
みとせのち やよいのみかに
はなもみも ももなるゆえに
もものはな(2-9)


その実(種)を庭に植えておいたところ、三年後の三月三日に、たくさん(もも=百)の美しい花が咲き、そして、たくさん(もも=百)の美味な果実がつきましたので、「もも」(桃)の花と名付けました。


 ふたかみのなも(2-9)
ももひなぎ ももひなみなり


この二人の両神の名前も「もも」にちなんで、「ももひなぎ」、「ももひなみ」と名付けられました。

ジョンレノ・ホツマ

2-6~7 天神4代「うびちに」「すびちに」は夫婦に

2-7 天神4代「うびちに」「すびちに」は夫婦に(2-6~7)

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まさかきの うえつぎいもに(2-6)
みつるころ(2-7)


さて、天の真榊木(まさかき)を植え継いで、五百本目になる頃のことです。「い」=五、「も」=百


真榊木(まさかき)の植え継ぎがこの当時の暦の原点であったものと思われます。


 よつぎのおかみ(2-7)
うびちにの すびちをいるる
さひあひの


次の四代目になる世継ぎの男神の「うびちに」と言いました。この「うびちに」が「すびち」(すびちに)という女神と初めて家に入れてご夫婦となられ、最愛の妻としました。

このときが、正式な一夫一婦制の始まりになります。

ジョンレノ・ホツマ

2-5~6 八皇子を継いだのが天神3代「とよくんぬ」神になります

2-6 八皇子を継いだのが天神3代「とよくんぬ」神になります(2-5~6)

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 やものよつぎは(2-5)
とよくんぬ


次に、この「やも」(八面)の世界を嗣いだ三代目の神を「とよくんぬ」と言います。


 あめよりみつの(2-5)
わざをわけ きみとみたみの
みくだりの(2-6)



「とよくんぬ」は「あめより」(天の道・法律によって、天命を受けて)、役割を分けて、「きみ」(君、天皇)、「おみ」(大臣)、「たみ」(民、平民、国民)の三つの階級(みくだり)に定めて国を治めました。


 かみはもふその(2-6)
みこありて あめなるみちは
めもあらず みつよおさまる



「とよくんぬ」神は、百二十人(も=百、ふ=二、そ=十)もの皇子がいらっしゃいました。しかし、天の御心に沿った道は、まだ夫婦(一夫一婦)で暮らす道は定まってなく、お一人で暮らされた、三代目までの神様でした。

ジョンレノ・ホツマ

2-4~5 天神2代目の神は「くにさづち」と言いました

2-5 天神2代目の神は「くにさづち」と言いました。(2-4~5)

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 よつぎのかみは(2-4)
くにさづち さぎりのみちを
うけざれば さづちにおさむ


この世継ぎの神、二代目の神は「くにさづち」と呼びます。「さぎり」の道を(厳選の道を以って)一人に治めさせようとしたが譲り合ったので、別々にそれぞれの国を治めさせました。
「さつち」・「さづち」(分割、分け与える、授け与える)


やみこかみ おのおのみこを(2-5)
いたりうむ


この八皇子の神は、それぞれのお子さん(皇子)を五人づつ生みました。

ジョンレノ・ホツマ
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