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4-44~45 天照神を高天原に、両神は「おきつ宮」に帰る

4-28 天照神を高天原に、両神は「おきつ宮」に帰る(4-44~45)

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 ふたかみをそれ(4-44)
わがみやに むべそだたじと
あめにあげ おきつのみやに
かえります(4-45)


 
 両神(いさなぎ・いさなみ)は、我が子でありながら天子(天照神)の威光に恐れ入って、我が宮(はらみ宮)で、これ以上育てるのには自信がないと申されました。そのため、天子(天照神)を、高天原に上げて(仙台の日高見に送って)、両神(いさなぎ・いさなみ)は「おきつの宮、」にお帰りになりました。

ジョンレノ・ホツマ
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4-43~44 「わかひと」という「いみな」を奉りました

4-27 「わかひと」という「いみな」を奉りました(4-43~44)

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 みこのひかりの(4-43)
てりとほり やもにこかねの
はなさけば



天子(後に天照神)が光り輝き、照り通り、八方に黄金色の華が咲いていました。



 ひのわかみやの(4-43)
わかひとと とよけいみなを(4-44)
たてまつる



それを見た「とよけ神」は、「日の若宮のわかひと」(通称「わかひと」)という「いみな」(実名・真名)を天子(後に天照神)に奉りました。

「とよけ神」は、五代たかみむすび、「たまきね」のことであり、「いざなみ」の父親にあたり、天照神から見ると母方のお祖父さんにあたります。また、天照神の先生でもありました。
なお、このときまでは、天照神は「うひるぎ」と呼ばれていたことになります。

ジョンレノ・ホツマ

4-42~43 天照神は日高見(仙台)へ御幸

4-26 天照神は日高見(仙台)へ御幸(4-42~43)

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 めすてぐるまを(4-42)
ひたかみへ



いよいよ、「てぐるま」を召して、天照神は日高見へ御幸されました。



 みゆきのきみは(4-42)
やぶさこし おちつもはべり
けたこしも みなけたつぼの(4-43)
やまてみや


御幸のとき、「きみ」(天子・天照神)は八房の神輿に乗られ、「おちつも」と「はべり」は、けた神輿に乗られて、皆、方壷(けたつぼ)のある「やまて宮」(仙台宮)に入りました。

後世になって「やまとたけ」が東征のときは馬が使われていましたが、このときは、まだ馬は使われていなかったようですね。

ジョンレノ・ホツマ

4-40~42 「たまきね」は「てくるま」を作って参上

4-25 「たまきね」は「てくるま」を作って参上(4-40~42)

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 むかしたまぎね(4-40)
ちかいして かつらきやまの
やちみそぎ


昔、「たまぎね」が、誓いを立て、「かつらぎ山」で八千回に及ぶ禊ぎをされました。


 すみていとりの(4-40)
てくるまを つくりかつらの(4-41)
むかひとて はらみにつたふ 


「たまぎね」が禊ぎをされた後、「てぐるま」を初めてお作りになり、「かつら」のお迎いとして、はらみ宮に参上されました。

鳳凰(いとり)とは、禊ぎをして心身ともに清く澄んでお作りになったことを言っていると思われます。優雅に軽やかに運ぶためというニュアンスがあったのかも知れません。
また、この「てぐるま」は大八車を小さくしたようなものであったと考えます。「てぐるま」という車の材料が大きさ、用途から見て、「桂」という木で作られたように思います。「桂」は家具や、囲碁盤、将棋盤などに使われていますので。



あるかたち ふたかみゆめの(4-41)
ここちにて あひみたまえば
とよけにて(4-42)


その時のご様子は、両神(いさなぎ・いさなみ)が出迎えてお会いしたところ、「とよけ神」(「たまぎね」)ご自身が直接お迎えに来られたので夢のような心地でした。


 あめみこひたす(4-42)
ものがたり


そして、御子(天照神)を今まで養育(教育、育成)してきたお話をしました。

ジョンレノ・ホツマ

4-39~40 天照神は十六年間「天の原」(はらみの宮)に住まわれる

4-24 天照神は十六年間「天の原」(はらみの宮)に住まわれる(4-39~40)

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 みこひたさんと(4-39)
ふたかみの みこころつくす
あまのはら そむほいますも


両神(いさなぎ・いさなみ)は御子(天照神)を養育するために、御心を尽くされました。その結果、御子(天照神)は「天の原」(はらみの宮、現富士山の麓)に十六年間お住まいになりました。
「ひたす」=養育する


ひとひとぞ おぼすはめくみ(4-40)
あつきなり


しかし、この十六年間はあっという間の一日(ひと=一、ひ=日)の出来事のようでした。御子(天照神)への熱い慈しみ(恵み)の思し召しがあったからです。

富士山の麓で十六年間住まわれた後、仙台へ天成道(あめなるみち)を学ぶため御幸されます。

ジョンレノ・ホツマ

4-38~39 天照神の新嘗祭がとり行われる

4-23 天照神の新嘗祭がとり行われる(4-38~39)

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あかたまの わかひるのるは(4-38)
あをきたま くれひのみたま
ぬばたまなりき


真っ赤に昇る新年の初日の出と共に誕生された若き日の御霊は、常に澄んだ青空のように、青き珠のようであり、日暮れになっても、太陽が「ぬばたま」(檜扇の実)のようにまっ黒になって輝き続けるようです。


ひさかたの ひかりあれます(4-38)
ういなめえ(4-39)


久方の朝日とともに降誕された天照神の「ういなめ」(新嘗祭)がとり行われました。


 あゆきわすきに(4-39)
つげまつり


「あゆき」(天ゆきの宮、悠紀殿)と「わすき」(主基殿、すきでん)にそれぞれ神を祭りました。

ジョンレノ・ホツマ

4-37 「しらやま姫」は「きくきり姫」の名を賜う

4-22 「しらやま姫」は「きくきり姫」の名を賜う(4-37)
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 ふたがみおばを
たたえます きくきりひめも
あなかしこかな(あなかしこあや小笠原本)


両神(いさなぎ・いさなみ)は叔母(しらやま姫、いさなぎの妹)を称えました。
「きくきり姫」という名前を新たに賜わりました。(畏れ多く畏まって、おそれ多くかしこまって)

「しらやま姫」(いさなぎの妹)は、「きくきり姫」という称え名も合わせ持つことになりました。

「きくきり姫」という名前の「きく」は、霧がかかってはっきり見えないときのように、言葉がはっきり聞き取れない言葉を聞き取って名付けたという意味で、「きり」は割礼の儀式で包茎を無事に切り終えたことを言っていると考えます。

「しらやま姫」は、「きくきり姫」と、後に「ここり姫」とも呼ばれるようです。

なお、漢字では「菊桐姫」という字が当てはめられているようです。

ジョンレノ・ホツマ

4-34~37 御子は自らを「うひるぎ」と名乗る

4-21 御子は自らを「うひるぎ」と名乗る(4-34~37)

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おばひめが こえねのくにに(4-34)
みはおりて たてまつるとき


叔母姫(いさなぎの妹・しらやま姫)が「こえね」(北陸・山陰)の国で織った御衣を奉りました。


なくみこの こえききとれば(4-35)
あなうれし


そのとき、天子の泣く声がしたので、耳を澄まして聞くと「あなうれし」と聞き取れました。
これが、君の最初に発した声になりました。


 これよりもろが(4-35)
なをこいて おばよりとえば
うひるぎと みづからこたふ


これを知った諸神達が、名前を聞いて欲しいと叔母姫(しらやま姫)よりお願いしたところ、「うひるぎ」と自らお答えになられました。


みこのこえ きききるときは(4-36)
おさななの うはおおいなり
ひはひのわ るはひのちたま
ぎはきねぞ


御子の声をよく聞き入ってみると、幼名を名乗られました。
幼名の「うひるぎ」の「う」は「大いなり」、「ひ」は「日の輪」、「る」は「日の霊(ちまた)」、そして、「ぎ」は「杵(きね)」であるぞよ。


 かれうひるぎの(4-36)
みことなり(4-37)


よって、「うひるぎ」の命と申します。


 きねはめおとの(4-37)
おのきみぞ


「きね」は夫婦の男の君を表します。

なお、現在でもトルコでは割礼の儀式は結婚式と並べられるほど大事な行事であるそうです。現在では割礼は病院で行なわれているそうですが、昔は執刀される方は親族の方で名付け親でもあったようです

いさなぎの妹の「しらやま姫」が、割礼の儀式をとりおこなった方であったと私には思われます。

ジョンレノ・ホツマ

4-33~34 位山の笏(さく)を持つ者が神の末裔に

4-20 位山の笏(さく)を持つ者が神の末裔に(4-33~34)

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 くらいのやまの(4-33)
いちいさく よにながらえて(4-34)
さくもつは かみのほずえぞ


位山(くらいやま、岐阜県高山市の飛騨高地の中央の山)に咲く、一位(岐阜県の県木、常緑高木)の笏(さく、シャク)は世に長く生き続けます。この笏(さく)を持つ者が神の末裔になりました。

すなわち、割礼の儀式には麻酔薬としての一位の木が必要で、割礼を受けた証しの者だけが、笏(さく)を持つことを許されて、神であることを言っているのではないでしょうか。

位山付近には今でも原生林みたいなところがあり、一位の大木があるそうです。
現在のお土産品の一位の木彫り細工の多くは北海道・東北からのものだそうです。

ジョンレノ・ホツマ

4-31~33 瞳が開き祝福を受け君として即位する

4-19 瞳が開き祝福を受け君として即位する(4-31~33)

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 ややはつあきの(4-31)
もちのひに ひらくひとみの
しほのめは(4-32)


ようやく、七月十五日(初秋=七月、満月の日)に、初めて瞳が開きました。その瞳は、目元を細めた愛きょうのある眼差しでした。


 たみのてうちの(4-32)
よろこびに つかれもきゆる
みめぐみや


民、国民も手を打ち鳴らして喜びました。今までの疲れも吹き飛んで消え去った御恵みでした。


 あめにたなびく(4-32)
しらくもの かかるやみねの
ふるあられ ひすみにこたま(4-33



天に棚引く白雲が、富士八峰にかかり、雪霰(ゆきあられ)が降り、日が隅々まで差し込み、木の精霊たちが祝福しているかのようでした。


このみずを ぬのもてつくる(4-33)
やとよはた やすみにたてて
きみとなる


この瑞(みず、お目出度いしるし)を、布に表して八豊幡(やとよはた)をつくりました。そして、この八豊幡を高御座の八隅に建てて、天照神は君として即位いたしました。

ジョンレノ・ホツマ

4-30~31 母乳の出が細く「みちつ姫」から授乳したが目は閉じたまま

4-18 母乳の出が細く「みちつ姫」から授乳したが目は閉じたまま(4-30~31)

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たらちねの つかれにてしる(4-30)
ほそけれは ほいいのかみの
みちつひめ ちちたてまつり(4-31)


母の「いさなみ」は産後の疲れから、母乳の出が細かったので、御子(天照神)に、「ほいい」神の奥方の「みちつ姫」(満乳津姫)の母乳を与え奉りました。


ひたすれど ひとみをとぢて(4-31)
つきひなく


毎日、日足す(養育)をいたしましたが、御子(天照神)の瞳は閉じたままで、まるで月日が止まったままのようでした。

ジョンレノ・ホツマ

4-29~30 「あかひこ」は絹糸を紡ぎ、「なつめ」が産着を仕立てる

4-17「あかひこ」は絹糸を紡ぎ、「なつめ」が産着を仕立てる(4-29~30)

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 あかひこくわに(4-29)
ひくいとを なつめがおりて (4-30)
うぶきぬの みはたてまつる


「あかひこ」は桑の木の「蚕」の繭から糸を引いて紡ぎました。その絹糸を「なつめ」が織って産着(産絹)に仕立てた御衣を奉りました。

このとき、既に、絹織物がごく限られた方であったにしろ存在していたこと、しかも、天照神が絹織物を着たという具体的な記述に驚きます。

ジョンレノ・ホツマ

4-29 「しらやま姫」が御子を産湯に使わせる

4-16 「しらやま姫」が御子を産湯に使わせる(4-29)

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 しらやまひめは(4-29)
うぶゆなす


「しらやま姫」(いさなぎの妹)が、御子を産湯に使わせました。

ここで「しらやま姫」の名前がでてくる理由として、割礼の儀式で、この「しらやま姫」が執刀した後、きれいに洗い清めたことを言っているのだと推測します。
後に「しらやま姫」は「きくくり姫」の名前を賜わります。更に、「ここり姫」とも呼ばれるようです。

ジョンレノ・ホツマ

4-27~28 「とよけ神」の教えより、割礼の儀が行なわれる

4-15「とよけ神」の教えより、割礼の儀が行なわれる(4-27~28)

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 ひとのとわしの(4-27)
こたえにも とよけのかみの
おしえあり


「ひと」(天皇)が「とわし」(永遠の姿)であるため、すなわち、男性のシンボルが永遠であり続けるための答えにも、「とよけ神」の教えがあります。


 さわるいそらの(4-27)
みそぎにて えなのかこみは (4-28)
おのころの たまことならば
ゆきよろし


ここ(4-27~29)の解釈で割礼の儀式と見たのは私ジョンレノ・ホツマによるものです。今までの解釈から見ると想定外に思えるかも知れません。

生まれてきた男の子の「おちんちん」にバイキン(いそら)が付くのを防ぐため、母体の体内で、そして、生まれたときまで、おちんちんは包茎されています。

「おのころ」とは、此処では「おちんちん」すなわち、精子が飛び出す陰茎のことを言っており、「えなのかこみ」とは亀頭が包茎で隠されていることを示していると思います。
ここで、「たまこ」と輪っぱに棒を入れて捻ることを言っているのだと感じました。丈夫な糸で輪をつくり、おちんちんの先の余分な皮の部分に回しがけして、切断したのではないでしょうか。
それを棒で回すことにより、おちんちんの先の余分な皮は、絞りあげられて自然に放置しておけば、先端は枯れて切り取られる。
具体的には、一つの構想案ですが、適したサイズの中空材(一位の木を穴繰り加工した?)を亀頭部分に差し込んで、その中空材の外側におちんちんの先の余分な皮の部分を引っ張り上げ、糸の輪を嵌めて、絞り上げる。という手順だったのではないでしょうか?
というのは、「たまこ」という言葉が、昔は石を運ぶロープで作った簡単な道具のこと言っており、割礼の仕草と共通なイメージがしたからです。

石を運ぶロープで作った簡単な道具の「たまこ」とは、天秤棒に輪を渡してあるだけの簡単なもので、環のしたロープに石の角を引っ掛けて捻るだけ、そして後を担ぐ人が綱を握って捻りが戻らないようにするだけ。
「たまこ」については、手技に学べ「技」 塩野米松氏著 ちくま文庫の宮崎の石工 田中光生氏の頁より

なお、「たまこ」について、生まれ出た時、自然に玉子に守られていた、すなわち、玉子の姿(ふくろこ)の状態で生まれてきた事を示している。という解釈があります。


 たまのいわとを(4-28)
ひらけとて いちいのはなの
さくもちて いまこそひらく (4-29)
あまのとや いづるわかひの
かかやきて


珠の岩戸(亀頭が包茎で閉じられている)を開くために、一位(常緑樹)の花の笏(さく、シャク)を使って、包茎を切り取りました。そして、やっと、「天の戸」(亀頭)が現われ、初日の昇る輝きのように永遠(隠れることのない)のペニスが誕生しました。まさに、割礼の儀式を述べていると私は解釈しました。

というのは、 日本とユダヤ 運命の遺伝子 久保有政氏著に、現在の皇室にも古くから割礼のしきたりがあるということを知ったからです。
実際にはいつから始まったかは不明ですが、エジプトの壁画にも紀元前二千年に描かれており、日本でも天皇を中心とする支配層に於いてこのとき既に行なわれていたと考えられると思います。
そして、実際に行なわれていたとしたら、ホツマツタエにも割礼の記述があっても不思議ではないと思いました。
まさに、ここの部分は割礼のことを言っていると確信した次第です。

なお、一位の木には毒性があり、タキシンというアルカイド成分があり、この毒が割礼のときの傷みを軽減するための麻酔の効能もあったと考えますが如何なものでしょうか。弓矢の毒にも使われていたようです。
また、一位の木は叩いても痛くないという記述もありました。
更に、一位の花は見方によっては亀頭のようにも見えるのが不思議です。

ジョンレノ・ホツマ

4-24~27 元旦の日の出と共に天照神が誕生する

4-14 元旦の日の出と共に天照神が誕生する(4-24~27)

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こそむつき ややそなわりて(4-24)
あれませる あまてるかみぞ


「いさなみ」は、九十六ヶ月目になって、やっと臨月を迎え、お生まれになったのが、天照神でした。


ふそひすず ももふそいえた(4-24)
としきしえ はつひほのぼの (4-25)
いづるとき ともにあれます



二十一すず、百二十五枝の年、ほつま歴の「きしえ」(後の甲戌きのえいぬ)の元旦の夜明けとともに、初日の出が始まりかけ、ほのかに辺りが明るんだ、まさにそのとき、天照神はお生まれになりました。


みかたちの まどかのたまご(4-25)
いぶかしや


御姿の「まどか」(やすらか・穏やか)な、玉のような御子さんを見て、皆、不思議がりました。


 うおやおきなの(4-25)
やまずみが ことほぎうたふ (4-26)


御祖翁の「おおやまずみ」がお祝いの「ことほぎ」(寿・言祝、祝詞)を歌いました。


むべなるや ゆきのよろしも(4-26)
みよつぎも よよのさいわひ
ひらけりと


「むべ」(真に、本当に)、富士山の頂の雪も素晴らしく輝き(元旦の日の出と共に生まれたので「幸先が良い」という事と掛けている)、御世継ぎも生まれ、代々の幸いが約束されました。(開かれました)

ちょうど、富士山の北側(酒折宮、現浅間神社)でお生まれになっているので、いつも富士山をご覧になっていたと思われます。


 おほよすがらに(4-26)
ことぶくも みたびにおよぶ (4-27)
ゆきよろし


ほとんど一晩中、お祝いの寿ぎが三度にもおよび、非常に幸先が良かったのです。

ジョンレノ・ホツマ

4-23~24 孕んで十ヶ月経っても生まれませんでした

4-13 孕んで十ヶ月経っても生まれませんでした(4-23~24)


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 かくましわりて(4-23)
はらめども とつきにうまず


「いさなぎ」と「いさなみ」の両神は、このようにして交わりました。そして、「いさなみ」は、孕んだものの(妊娠しましたが)十月経っても生まれませんでした。



としつきを ふれともやはり(4-23)
やめるかと こころいためて (4-24)


年月を逸しても(予定日を過ぎても)、やはり生まれないので、両神は心が痛むばかりでした。

ジョンレノ・ホツマ

4-20~23 床神酒(床入り)の作法と「とつぎ」の説明

4-12 床神酒(床入り)の作法と「とつぎ」の説明(4-20~23)

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やまずみが ささみきすすむ(4-20)

「おおやまずみ」が笹神酒をお勧めになりました。

なお、ここで、笹神酒と言っているのは、後の綾に出てくる、竹株にお米を入れて醸して作ったことを言っているのだと思います。


かれおがみ とこみきしるや(4-20)

すると、男神が「床神酒の意味を知っているかい?」とお聞きになりました。


めのこたえ ことさかのおが(4-20)
みちきけば(4-21)


女神の答えは「ことさかのお」(仲人役)から、作法を聞いて知っております。


 とこみきはまず (4-21)
めがのみて のちおにすすむ


床神酒は、まず女が先に飲みます。その後、男に勧めるのが正しい礼儀です。


とこいりの めはことあげず(4-21)
おのよそい めがしりとつぐ


床入りのときは、女は言葉をかけずに(だまったまま)、男の素振りや様子を察して、男を受け入れ交わります。


したつゆを すえばたがいに (4-22)
うちとけて


舌と舌をからませて、愛液を吸い合えば、身も心も打ち解けていきます。


 たましまかわの(4-22)
うちみやに やとるこたねの
とつぎのり


玉門川(たましまかわ)すなわち、子種が男根を通って女神の子宮に入って子種が宿ることを、「とつぎのり」(嫁ぐときのおきて、手本)と言います。


 こをととのふる(こをととのをる小笠原本)(4-22)
とこみきは くにうむみちの (4-23)
おしえぞと


そして、子を調えるため(五体満足な子が生まれるよう)に、この床神酒は、国を生む道の作法と伺っております。

ジョンレノ・ホツマ

4-17~20 女神の受胎のときを知る

4-11 女神の受胎のときを知る(4-17~20)

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 あるひおかみが(4-17)
おえとえば ひめのこたえは(おけとえば小笠原本)(4-18)
つきのおえ ながれととまり(つきのおけ小笠原本)
みかののち



ある日のことです。男神が女神に生理の様子を聞きました。女神の答えは生理は三日前に終わっていますと答えられました。

話の流れから、男神とは「いさなぎ」、女神は「いさなみ」のことです。



 みのきよければ(みもきよければ小笠原本)(4-18)
ひまちすと


今は、身は清くなっておりますので、「ひ」(日の神)が来られるのをお待ちしています。受胎の適齢日も既に知っていたのでしょうか。


 おかみもえみて(4-18)
もろともに おがむひのわの( 4-19)
とびくだり ふたがみのまえ
おちとどむ


男神も微笑んで、共に旭日を拝むと、日の輪が突然飛び降って両神(いさなぎ・いさなみ)の前に落ちて留まりました。

子種がやっと宿った表現ですが、素晴らしいですね。


 おもわずいだく( 4-19)
ゆめここち さめてうるほひ
こころよく みやにかえれば (4-20)


思いもかけずに日の霊を抱いたお二人は夢心地になり、夢から覚めても心は潤い、心地良く宮に帰りました。

ジョンレノ・ホツマ

4-16~17 お鉢巡りの行で千日目に兆しが見える 

4-10 お鉢巡りの行で千日目に兆しが見える (4-16~17)

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くびめぐるまに(4-16)
あぐりこふ


富士山の首巡り(お鉢巡り、道巡り)の行をして、「あぐり」(天恵・天霊降)を乞いました。

漢字なので、ほつまつたゑとは関係ありませんが、「首」に「しんにゅう」(足の動作らしい)が付くと「道」になるんですね。


 かくひをつみて(4-16)
みたまいる かどはちりけの (4-17)
あやどころ


このように、日を積み重ねて、御霊が「ちりけ」(天柱、身柱)の綾所に入ることがわかりました。

つまり、御霊が「いさなぎ」の脊骨の「ちりけ」(天柱、身柱、脊推骨の第三推の下、大事な壷)に入ったのがわかったと言うことだと思います。


 おこなひちかに(4-17)
なるところ しらはぎそみて
さくらいろ


子供が授かるための「行ない」(行、ぎょう)が、千日目になる頃には、白萩が桜色に染まりました。

私には、この「千日の行ない」が比叡山の千日回峰行につながっている何かがあるように思えます。

ジョンレノ・ホツマ

4-15~16 「いさなぎ」は真澄鏡を神に見立てて、世継ぎを乞う

4-9「いさなぎ」は真澄鏡を神に見立てて、世継ぎを乞う(4-15~16)

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いさなぎは あめをしらする(4-15)
うつのこを うまんおもひの


「いさなぎ」は、この先、天下を治める「うつ」(尊い)の子を生もうと願いました。


ますかがみ まてにひるつき (4-16)
なづらえて かみなりいてん
ことをこひ


「いさなぎ」は、「ますかがみ」を両方の手に持って、この「ますかがみ」を、日の神、月の神になぞらえて(神に見立てて)、神の出現されることを乞い願いました。

ジョンレノ・ホツマ

4-15 「いしごりどめ」が鋳物の真澄鏡を進呈

4-8 「いしごりどめ」が鋳物の真澄鏡を進呈(4-15)

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 いしごりどめが (4-15)
ますかがみ いつくりすすむ


「いしこりどめ」が、鋳物で作られた真澄鏡(ますかがみ)を捧げました。

「いしこりどめ」は、石凝姥命、鏡作部の祖神、石の鋳型を用いて鏡を鋳造する老女の意味だそうです。

「ますかがみ」は、真澄の鏡、曇りなく、よく澄んでいる鏡という意味があるようです。

ジョンレノ・ホツマ

4-13~14 「いさなぎ」「いさなみ」は「はらみやま」(富士山)に登り、「このしろ池」の水で清め祈る

4-7 「いさなぎ」「いさなみ」は「はらみやま」(富士山)に登り、「このしろ池」の水で清め祈る(4-13~14)
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 このころぎみは(4-13)
はらみやま のぼりていわく


同じころ、「ぎみ」(「いさなぎ」「いさなみ」)は、「はらみ山」(現富士山)に登って、このように話されました。

もろともに くにくにめぐり(4-13)
たみをたし ひめみこうめと (4-14)
つきこなく たのしなきとて


諸神と一緒に国々を巡って、民を平和に豊かに治めてきました。姫皇子は生まれましたが、世継ぎになる男の子に恵まれず、先のことを考えると気が重く楽しくありません。


いけみづに たのめをあらひ(4-14)
ひるにのり かのめをあらひ
つきにのり(4-15)


「はらみ山」の山頂にある子代池(このしろ池)の水で、「いさなぎ」は「たのめ」(左目)を洗い清め「ひる」(日霊神)に祈り、「いさなみ」は「かのめ」(右目)を洗い清め「つき」(月霊神)に祈りました。

「た」は左、「か」は右、男神が日霊神に通じ、女神が月霊神に通じます。
このしろ池が神聖なものであったかが伺えます。同時に、お二人が如何に健脚であったことにも驚きます。

ジョンレノ・ホツマ
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