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7-7~10 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される

7-5 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される(7-7~10)

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さがみれは(7-7)

汝の行なってきた祥禍(さが・善悪、兆し)を申し渡す。


 きみをわするゝ(7-7)
もゝくらと(7-8)



1.君(くらきね)の恩を忘れ、葬送の祭りを怠った罪、百科(ももくら)


 はゝもふそくら(7-8)


2.母の厚情による支援を裏切った罪、二十科(ふそくら)


おかするも おしてのはちも(7-8)
もゝともゝ



3.母を犯す罪も、4.「おしで」(証文)に対する偽証の罪も、それぞれ百科と百科


 ひめないがしろ(7-8)
ゐそくらと



5.姫をないがしろにした罪、五十科(いそくら)と


 すへてみもなそ(7-8)


罪状全てで、三百七十科を申し渡す。


あまめくり みもむそたびを(7-9)
とほこのり



全天、三百六十度を三百六十科とした「とほこ」に則った判決を申し渡す。
「とほこ」とは、「と」の導き、「と」の教えのことで両大神が天神から授かったもの、そして、「ほこ」は「さかほこ」(栄桙)を示しています。


 ところをさると(7-9)
さすらふと ましはりさると
いのちさる よつわりすぎて



「とほこ」の法とは

三百六十度を四つに割って、
最初の四つ割の一つ、三百六十度の四分の一、すなわち 九十科で「所を去る」
次に四分の二、百八十度(科)で「流離う」(島流し)
次に四分の三、二百七十度(科)で「人との交わり去る」(追放刑)
四つ割の全て、三百六十度(科)で「命去る」(死刑)と罰則が決められていました。
今回の罪は三百七十科もあり、四つ割(三百六十科:死刑)を越えている。


ほころびと つゝがにいれて(7-10)


よって、「ほころびと」(死刑)の制裁を加える。「つつが」(牢獄)に入れよと申し渡されました。

紀元前の日本に、この「とほこ」の法という、公平で分かり易い立派な司法制度があったことに驚きます。
自分の認識では、今の交通違反の反則点数のように、罰則規定が、何点になったらどうなる、というのが、この時既に、公けになっていたということを意味しています。
何と素晴らしい文明国であったかと誇らしく思います。

ジョンレノ・ホツマ

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7-5~7 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる

7-4 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる(7-5~7)


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みはたより さをしかにめす(7-5)
かんさひと こくみはゝこと
たかまにて



このいまわしい出来事は直ちに伝えられ、朝廷の命により勅使が派遣され、「かんさひ」と「こくみ」(代官、ますひと)と母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)が「たかま」へ出頭を命じられました。

此処での「たかま」が何処を示しているかについて、
宮中まで三人をしょっ引いて連れ歩いたとは考えにくく、ここでは出先の裁判所に相当する所と思われる:月刊ほつま松本善之助氏より


 かなさきとわく(7-5)
こくみいふ



裁判所で、「かなさき」(住吉の神)が問いただしました。すると、「こくみ」が一方的に話し始めました。



 さしめはまこと(7-5)
わがつまよ きみさりますの(7-6)
おしてあり


「こくみ」が言うには、「さしめ」(たみのさしみめ)は、実の所、私の妻でありました。きみ(くらきね)が亡くなる前に書かれた証文があります。



 またとふなんぢ(7-6)
なにひとぞ



「かなさき」(住吉の神)が、汝は何者だ(誰の子孫なのだ)。と厳しく問いただしました。



 たみといふにそ(7-6)


すると、「こくみ」が答えるには、国民です。(「ね」の国の国民です)。何が問題なのですか、と開き直りました。



おたけびて けものにおとる(7-6)
つみひとよ(つみひとぞ)(7-7)



「かなさき」(住吉の神)が激怒して、お前は、けものにも劣る罪人だ。



さしめさゝくる(7-7)
ゆかりにて ますひととなる
みめくみの きみなりはゝよ



「さしめ」(たみのさしみめ)を君(くらきね)に奉げた縁で、お前のようなものが「ますひと」(代官)になれた御恵という恩を忘れたのかと叱りつけました。

ジョンレノ・ホツマ

7-3~4 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る

7-3 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る(7-3~4)


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くらぎねが まかれるときに(7-3)
しらひとを ねのますひとに


「くらきね」(いさなぎの弟)が亡くなられたとき、「しらひと」を北陸の代官(ますひと)にしました。それまでは、「くらきね」が「ね」(北陸)の代官(ますひと)でした。

ここで、「しらひと」の出目が分からないようなので、渡来系(新羅)の人であった可能性があると思います。



くらこひめ みをたてやまに(7-3)
おさむのち(7-3)


「くらこ姫」は父「くらきね」の亡きがらを立山(雄山神社)に移して埋葬を終えました。

「くらこ姫」は「くらきね」の二度目の妻「たみのさしみめ」(民間から差し出された絶世の美女)との間に生まれた子供。

 
はゝこをすてゝ(7-4)
つにおくる




「しらひと」は、母「たみのさしみめ」と、その子ども(自分の結婚相手)「くらこ姫」を捨てて「つ」(西)に追い出しました。
「こくみ」にとっては妹に当たる二人になります。

後に出てきますが、「しらひと」は母「たみのさしみめ」に横恋慕して言い寄っていたことがわかります。「くらこ姫」が扱いにくかったのと情事が外に漏れることを恐れた結果のようです。
ここで「つ」とは「こくみ」の居る所


 こくみはゝこを(7-4)
おかすつみ



「こくみ」は、母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)を同時に犯して辱めました。



 かんさひこれを(7-4)
たゞさねば とみこれをこふ



代官の「かんさひ」はこの悪事を正せずにいます。臣としての義憤から私「つわものぬし」が御聖断を要請いたします。

ジョンレノ・ホツマ

7-2~3 書簡には「ますひと」(代官)が悪事を取り締まれないと訴え

7-2 書簡には「ますひと」(代官)が悪事を取り締まれないと訴え(7-2~3)

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ますひとが たみのさしみめ(7-2)
つまとなす


届けられた書簡の内容です。
代官の「ますひと」(かんさひ)は「たみのさしみめ」(民間の絶世の美女)を妻にしました。


 くらひめうめば(7-2)
いつくしみ


この「たみのさしみめ」が「くら姫」を生み、君(くらきね)は母も子も可愛がって大事にしました。


 あにのこくみを(7-2)
このことく


妻「たみのさしみめ」の兄の「こくみ」迄を、君(くらきね)は我が子同然に取り立てました。


 さほこちたるの(7-2)
ますひとや いまはそえなり(7-3)


ついには、山陰地方の代官に取り立てて(代官の補佐をして)勝手気ままに民を治める始末です。


ジョンレノ・ホツマ

7綾 遺し文、刑罰(さが)を立法(たつ)綾、 7-1 刑罰の取決め中に山陰より急使が来る

7綾 遺し文、刑罰(さが)を立法(たつ)綾

紀元前の日本で、既に法治国家の形態をとっていたことに驚きます。



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7-1  刑罰の取決め中に山陰より急使が来る(7-1)

もろかみの さがをたつとき(7-1)


諸神が集まって刑罰の罰則を取り決めようとしていました。


さほこより つはものぬしが(7-1)
かぐみやに きゝすとばせて



 そのとき、「さほこ」(山陰地方)の「つわものぬし」(やそきねの下の弟)が、香久宮に緊急を知らせる急使が飛んできました。


「つはものぬし」について:月刊ほつま百三十号、昭和五十九年十一月より

六代たかみむすび(やそきね)の上の弟は「かんさひ」、下の弟が「つわものぬし」です。
「つわものぬし」が漢字化された時、「兵主」の字が当てはめられ、「ひょうず」と呼ばれています。「つはものぬし」は、兵主神社、穴師座(あなしにます)兵主神社に鎮座しています。



「きぎす」=雉(きじ)

雉は時速32kmという測定結果があり、非常に速い走りから、飛脚という役目にイメージがぴったりだったのでしょう。

国鳥になったのは別の理由のようです。


ジョンレノ・ホツマ

ホツマツタヱ 6綾目次 日の神(天照神)の十二妃の綾

ホツマツタヱ 6綾 日の神(天照神)の十二妃の綾 目次

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6-1 天照神は仙台から富士山の麓へ移ります(6-1~2) 
6-2 天照神のお妃選びをする(6-2~7)
6-3 天照神のお妃十二人が揃う (6-7~8)
6-4 お妃十二人を東西南北に配置するも一人を中に入れたので、補充し十三人に(6-8~10)
6-5 天照神の弟、「つきよみ」は兄を補佐する(6-10~11)

6-6 政務が怠った山陰は「たまきね」が、「やそきね」は日高見を治め、「たかきね」は天照神の補佐に(6-12~13)
6-7 九州は「つきよみ」と「かなさき」が治める(6-13~14)
6-8 天照神は丹後に御幸、「たまきね」と語り合う(6-14~16)
6-9 「たまきね」の遺言と「たまきね」を「あさひ宮」に祀る(6-16~17)
6-10 天照神は丹後で政治を執る(6-17~18)

6-11 天照神に代わり「むかつ姫」より詔り(6-18~20)
6-12 天照神は「ちたる」国へ御狩に(6-20~21)
6-13 天照神は帰路につく(6-21~23)
6-14 天照神は「ひのはやひ」に国中の絵を描くよう詔り(6-23)
6-15 天照神は「おもいかね」に絵を見て都を移すよう詔り(6-23~24)

6-16 「おしほみみ」(後の世継ぎ皇子)が生まれる(6-24~26)
6-17 「おしひと」(世嗣ぎ皇子)より先に生まれた子供達(6-26~27)
6-18 「おしひと」の誕生後に生まれた皇子(6-27~28)
6-19 天照神の子どもは八人になります(6-29)
6-20 「かぐのみや」と「うおちみや」(6-29~30)

6-21 天照神の弟「つきよみ」の妻と子(6-30)
6-22 熊野に居続けている「はなきね」は自分の領土の北陸山陰へ行くべし(6-30~31)
6-23 那智の若皇子「ぬかただ」(6-23)
6-24 いさなみを熊野神として祀る(6-23)

6-25 からす神を祀ったとき、群れの鳥をカラスと名付く(6-32)

6-26 いさなぎの遺体を淡路に納め、魂の緒は多賀の神として祭る(6-33~34)
6-27 野洲川で「ひるこ姫」は「おしひと」を養育(6-34-~35)
6-28 「おもいかね」が「ね」と「さほこ」を治める(6-35)
6-29 「たちからお」(しつひこ)が生まれる(6-35~36)

6綾完

6-35~36 「たちからお」(しつひこ)が生まれる

6-29 「たちからお」(しつひこ)が生まれる(6-35~36)

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 したてるひめと(6-35)
あちひこと いせをむすびて



「したてる姫」(ひるこ姫、天照神の姉であったが、後に妹の立場をとる)と「あちひこ」(おもいかね)は夫婦になられ(伊勢を結ぶ)ました。


もろともに ここにおさめて(6-36)
うむみこは いむなしつひこ
たちからおかな


諸神と、この地(北陸と山陰)を治めました。「したてる姫」と「あちひこ」(おもいかね)が、お生みになった皇子の実名は「しつひこ」で「たちからお」と申しました。

六綾完

ジョンレノ・ホツマ

6-35 「おもいかね」が「ね」と「さほこ」を治める

6-28 「おもいかね」が「ね」と「さほこ」を治める(6-35)

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 ねとさほこくに(6-35) 
かねおさむ


「ね」(北陸)と「さほこ」(山陰)の国を、「かね」(おもいかね、あちひこ)が治めました。

「おもいかね」(あちひこ)は天照神のお姉さん(立場は妹)のご主人になります。

私見ですが、この「かね」は、ひょっとして、銅鐸のことを掛け言葉として使っているようにも思えるですが考えすぎでしょうか。北陸と山陰に銅鐸を納めたということになります。

ジョンレノ・ホツマ

6-34~35 野洲川で「ひるこ姫」は「おしひと」を養育

6-27 野洲川で「ひるこ姫」は「おしひと」を養育(6-34~35)

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やまとやすみや(6-34)
ひきうつし
 


「やまとやすみや」(富士山の麓の「やすくにの宮」)を滋賀県の野洲川に移しました。(という理解をしました)



 あめやすかわの(6-34)
ひるこひめ みこおしひとを(6-35)
ひたします


天のやすかわの「ひるこ姫」(天照神のお姉さん)は中宮「むかつ姫」の生んだ皇子「おしひと」を養育いたしました。
後の世継ぎ皇子(おしほみみ)になります。

ジョンレノ・ホツマ

6-33~34 いさなぎの遺体を淡路に納め、魂の緒は多賀の神として祭る

6-26 いさなぎの遺体を淡路に納め、魂の緒は多賀の神として祭る(6-33~34)

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いさなぎは あつしれたまふ(6-33)
ここをもて あわぢのみやに
かくれます


「いさなぎ」は「あつしれ」(病気が重く力弱まり衰えること)におなりになり、国民は深い悲しみでもって、亡きがらを淡路の宮に納めました。(隠れました。生涯を閉じました)



 ことはおはれど(6-33)
いきおひは あめにのぼりて
おをかくす(6-34



葬儀は終わり、「いさなぎ」の御霊は天に行かれましたが、魂の緒(すなわち、お心)は、再び、この地に戻りました。



 あひわかみやに(6-34)
ととまりて



「いさなぎ」は「あいわかみや」に、鎮り賜りました。



 やみをたします(6-34)
たがのかみ 



そして、「いさなぎ」は日本全国の闇を足し(正し)ました。明るく照らしました。これが滋賀県の多賀神社になります。

「たが」の意味について、
「た」は「ひたす」(養育する)の「た」、即ち、日の光の御恵で治すことを言い、「が」は闇とか悪いことを示します。
よって、「たが」は闇世界を撲滅して、明るく正しい世界を築く意味をもっていると思います。

ジョンレノ・ホツマ

6-32 からす神を祀ったとき、群れの鳥をカラスと名付く

6-25 からす神を祀ったとき、群れの鳥をカラスと名付く(6-32)

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 しこめがしいを(6-32)
からすかみ まつればくろき
とりむれて からすとなつく



醜女が「いさなみ」の遺体を身体の器官が働きを失うよう白骨化させていた時、この枯らす神を祭っていた時に、黒い鳥が群れて来たので、「からす」(烏)と名付けました。

上賀茂神社では九月九日に「からす神」祭りが行なわれていることを知りました。

ジョンレノ・ホツマ

6-23 那智の若皇子「ぬかただ」についてと、いさなみを熊野神として祀る

6-23 那智の若皇子「ぬかただ」(6-23)

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 とみがたすけて(6-31)
のちのきみ なちのわかみこ
ぬかたたよ


臣が助けて後の君となられた那智の若宮が「ぬかただ」(とよ姫の子)です。



6-24 いさなみを熊野神として祀る(6-23)

 いさなみまつる(6-32)
くまのかみ


「いさなみ」は、熊野の神として祭っています。

ジョンレノ・ホツマ

6-30~31 熊野に居続けている「はなきね」は自分の領土の北陸山陰へ行くべし

6-22 熊野に居続けている「はなきね」は自分の領土の北陸山陰へ行くべし(6-30~31)

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 さきにたらちを(6-30)
はなきねは ねのくにさほこ(6-31)
しらすべし



以前、生みの親(垂乳男、ここでは「いさなぎ」)が、息子の「はなきね」(そさのお)に、自分の領土である北陸、山陰に行って知らせるべきだと言いました。

 いまだひること(6-31)
みくまのの



この「そさのお」は、未だに姉の「ひるこ姫」の居られる熊野の宮にいました。

ジョンレノ・ホツマ

6-30 天照神の弟「つきよみ」の妻と子

6-21 天照神の弟「つきよみ」の妻と子(6-30)

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 つきよみのつま(6-30)
いよつひめ うむもちたかは
いふきぬし



天照神の弟の「つきよみ」の妻は「いよつ姫」と言い、生んだ子どもは実名「もちかた」で「いふきぬし」と言いました。

ジョンレノ・ホツマ

6-29~30 「かぐのみや」と「うおちみや」

6-20 「かぐのみや」と「うおちみや」(6-29~30)

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さのとのに たちばなうえて(6-29)
かぐのみや きにさくらうえ
うをちみや



「さ」(南)の殿、南側の建物に橘の木を植えて、香久の宮といたしました。「き」(東)側の建物には、桜の木を植えて、「うおち宮」といたしました。



 みづからまつり(6-29)
きこしめす あまねくたみも(6-30)
ゆたかなり



天照神が自ら政治をとり、民の声をお聞きになられました。その結果、民の生活も豊かになりました。

ジョンレノ・ホツマ

6-29 天照神の子どもは八人になります

6-19 天照神の子どもは八人になります(6-29)

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みこすべて いおとみめなり(6-29)

よって、天照神のお子さんは全てで、五人の男の子と三人の女の子になりました。

生まれた順番に纏めてみると
五人の男の子は
1. 実名「たなひと」で「ほひの命」、母親「もちこ」(北のすけ妃)
2.実名「おしひと」で「おしほみ」、後の世継ぎ皇子になる。母親「むかつ姫」(中宮)
3. 実名「ただぎね」で「あまつひこね」、母親「あきこ」(西のすけ妃)
4. 実名「ばらぎね」で「いきつひこね」、母親「みちこ」(東のすけ妃)
5. 実名「ぬかただ」で「くまのくずひ」、母親「とよ姫」(「もちこ」、「はやこ」が失脚後、北のうち妃になる)

三人の女の子は
  三つ子の女の子、実際には天照神の子ではなく弟の「そさのお」の子どもと思われます。
一人目は実名「たけこ」で「おきつしま姫」
二人目は実名「たきこ」で「えつのしま姫」
三人目は実名「たなこ」で「いちきしま姫」、
母親「はやこ」(北のうち妃)
ジョンレノ・ホツマ

6-27~28 「おしひと」の誕生後に生まれた皇子

6-18 「おしひと」の誕生後に生まれた皇子(6-27~28)

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しかるのち あきこがうめる(6-27)
ただきねは あまつひこねぞ



そのあと、「むかつ姫」が「おしひと」を生んだ後のことです。「あきこ」(はやあきつ姫あきこ、すけ妃、かなさきの娘)が生んだ皇子は、実名「ただぎね」で「あまつひこね」と申します。


しかるのち みちこがうめる(2-28)
ばらぎねは いきつひこねぞ



更に、その後、「みちこ」(やそきねの娘、おおみや姫みちこ)が生んだ皇子は、実名「ばらぎね」で「いきつひこね」と申します。


とよひめは ねのうちめにて(6-28)
ぬかただの くまのくずひぞ



「もちこ」と「はやこ」が失脚後、「ね」(北)の内女に配属された「とよ姫」が生んだ皇子は、実名「ぬかただ」で「くまのくずひ」と申します。

ジョンレノ・ホツマ

6-26~27 「おしひと」(世嗣ぎ皇子)より先に生まれた子供達

6-17 「おしひと」(世嗣ぎ皇子)より先に生まれた子供達(6-26~27)

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 さきにもちこが(6-26)
うむみこは ほひのみことの
たなひとぞ



実は「おしほみ」皇子(世嗣ぎ皇子)より先に、「もちこ」(ますひめもちこ、くらきねの娘、天照神のすけ妃)が生んだ皇子に、「ほひの命」の実名「たなひと」がいます。

天照神の最初のお子さんです。
生まれた順番でいくと、この「たなひと」が天照神の世継ぎ皇子になるはずでした。


 はやこがみつご(6-26)
ひはたけこ おきつしまひめ
ふはたきこ えつのしまひめ(6-27)
みはたなこ いつきしまひめ



天照神の二番目のお子さんは、「もちこ」の妹の「はやこ」が三つ子を生みました。
一人目は実名「たけこ」で「おきつしま姫」
二人目は実名「たきこ」で「えつのしま姫」
三人目は実名「たなこ」で「いちきしま姫」と呼ばれました。

表向きは、天照神の子どもになっています。
後にこの三姉妹は、故あって、禊ぎのため日本全国を行脚され、宗像三姉妹とか善知鳥三女神と呼ばれることになります。弁天様と呼ばれる処にはこの三女神が祭られているようです。

ジョンレノ・ホツマ

6-24~26 「おしほみみ」(後の世継ぎ皇子)が生まれる

6-16 「おしほみみ」(後の世継ぎ皇子)が生まれる(6-24~26)

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 ここにいませは(6-24)
むかつひめ ふぢおかあなの
おしほいに うぶやのみみに(6-25)
あれませる



この「いさわ」にお住まいになっていた時、「むかつ姫」(天照神の中宮)が藤岡山の麓にある「おしほい」(忍穂井)という井戸のある産屋で出産されました。

「おしほい」(忍穂井)という井戸のある産屋で「むかつ姫」の御身(みみ)から生まれたので「おしほみみ」と名付けられたと考えられます。



 おしほみのみこ(6-25)
おしひとと いみなをふれて
かみありの もちいたまえば
たみうたふ(6-26)



生まれた皇子は「おしほみ」の皇子と言い、実名を「おしひと」として、おふれを出し、神の御心のこもった餅飯(もちい)を民に振る舞い、民はお祝いの歌を歌いました。

天照神の三番目のお子さんですが、後の世嗣ぎ皇子になります。

ジョンレノ・ホツマ

6-23~24 天照神は「おもいかね」に絵を見て都を移すよう詔り

6-15天照神は「おもいかね」に絵を見て都を移すよう詔り(6-23~24)

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 きみはみやこを(6-23)
うつさんと おもひがねして(6-24)
つくらしむ


君(天照神)は、この絵を見て都を移そうと計画され、「おもいかね」に新しい宮を造成するよう命じました。

「おもいかね」=「あちひこ」で、天照神の姉の「わか姫、後の下照る姫」の夫、つまり、義理の兄弟ということですか。
「おもいかね」の名前の由来は、「わか姫」に思いを寄せられて恋文を受け取ってしまい、何と言ってよいか言葉に詰まった。受け取ったからには返事が出来ない廻り歌になっていて、思いかねていた経緯があります。1綾 本文(1-23~30)小目次 1-15~1-20参照願います。


 なりていさわに(6-24)
みやうつし


新しい宮が「いさわ」(現伊雑宮、三重県志摩郡礒部町)に完成しました。そして、そこへ遷都しました。

ジョンレノ・ホツマ

6-23 天照神は「ひのはやひ」に国中の絵を描くよう詔り

6-14 天照神は「ひのはやひ」に国中の絵を描くよう詔り(6-23)

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 ひのはやひこに(6-23)
みことのり なんぢくにえを
うつすべし


君は「ひのはやひこ」に詔をいたしました。
汝、国の絵(日本全国の各地の景色)を写すべし。

 やまとめぐりて(6-23)
みなえがく


「ひのはやひこ」は早速、やまと(日本)中をくまなく巡り、日本全国の絵を描きました。

ジョンレノ・ホツマ
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