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8-90 高野に「いぶきど主」が宮居を建て、霊が鎮まる

こんにちは
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「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています


8-65 高野に「いぶきど主」が宮居を建て、霊が鎮まる(8-90)

たかのには ばけものいでゝ(8-90)
いふきぬし みやをたてれば
しつるまに おしてたまわる
たかのかみ


一方、高野には、化け物が出て人々を怖がらせていました。
そこで、「いぶきど主」が宮居をここに建てました。そうすると、不思議なことに、霊が鎮まりました。
そこで、天照神から「たかの神」の「おしで」(神璽)を賜りました。

ジョンレノ・ホツマ
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8-87~89 「はたれ」が真人間になる


こんにちは
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「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています


8-64 「はたれ」が真人間になる (8-87~89)


 ひますのものま(8-87)
あいぬかげ ほのほものがれ


 この誓いにより、十万(ひます)の魔民(ものま)の「あいぬ」(天狗)のかげも消え去りました。炎の恐怖からも逃れられました。

 天狗の影や炎は何を意味しているのでしょうか?


ちわやふる かみのめくみと(8-87)
ちゝおがむ



 人々は「千磐破る」(ちわやぶる・千磐谷の魔王を破った)と神の恵みに感謝して何回も何回も千回も拝みました。

千早振る(ちはやぶる)は、勢いが激しいさまで「神」にかかる枕詞



 すべてなゝます(8-87)
こゝちみな ひとなるのりの(8-88)
みかがみを せおりつひめの
もちいでて のちのはたれの
ひとゝなる まふつのかかみ
みるために(8-89)



 総てで七十万九千(ななますここち)にもなる「はたれ」が無事人間に蘇えった後、中宮の「せおりつ姫」が御鏡(真経津・まふつの鏡)を持ちだして、「はたれ」に見せて真人間に戻してあげました。



 ふたみのいわと(8-89)
なつけます



この場所を二見岩と名付けました。



 よよあらしほの(8-89)
やもあひに ひたせどさびぬ
かんかがみ いまながらえり



代々、荒潮の八百会(やおあい・潮流が集まるところ)で浪に洗われても決して錆びることのない神鏡として、今に長く生き続けています。

ジョンレノ・ホツマ

8-85~87 「たちからお」が「はるなははみち」を捕らえるが「いふきぬし」が許す 

8-63 「たちからお」が「はるなははみち」を捕らえるが「いふきぬし」が許す (8-85~87)


こんにちは
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「ほつまつたえ」の文字の例
48音で出来ています



 こゝにはるなが(はたれが)(8-85)
むなさわぎ にぐるおつかむ
たちからお ついにわらびの
なわしばり(8-86)


 ここに至り「はたれ」・「はるな」は、動揺して逃げようとするところを「たちからお」が捕まえました。そして、「わらび縄」で縛り上げました。



 なんぢやつこと(8-86)
なすべきや なるやといえど
ものいわず

汝は奴(神のしもべ・奴隷)にすべきだ。さあ、奴になりなさい。と命令されました。しかしながら、一言も答えませんでした。

 きらんとすれば(8-86)
いふきぬし とゝめてこれも
ちかいなす(8-87)

「たちからお」が、いざ覚悟!と剣を構え斬ろうとするところを、「いぶきどの主」がこれを留めて、誓わせて許してやりました。

ジョンレノ・ホツマ

48音

「ほつまつたえ」に使われている「おしで」文字、48音の文字です。c6-PP用ほつま48音

四十八音図
Chart of 48 sound

この四十八音は何を意味しているのか? What do these 48 sounds mean?

母音・子音それぞれに意味があったとされます。
It is assumed it was significant to each vowel and each consonant


母音・子音部分が組み合わさって表音文字に
A pair with a vowel and a consonant becomes a phonogram.


母音  今と順番も数も同じ 「あいうえお」の5母音
Vowel Arrangements and 5 vowels with a,i,u,e,o are same as present.

あ ウツホ(空)うつろいの神
a Utsuho (Air) God Utsuroi

い カゼ(風)しなとべの神
i Kaze (Wind) God Shinatobe

う ホ(火)かぐつちの神
u Ho (Fire) God Kagutsuchi

え ミツ(水)みつはめの神
e Mitu (Water) God Mitsuhame

お ハニ(土)はにやすめの神
o Hani (Soil) God Haniyasume


子音 Consonant
今の50音と同じですが、 順番が今とは違います。
It is same as the present 50 sounds expect arrangements.

昔 あかはなま・・・  
今 あかさたな・・・

Ancient A,Ka,Ha,Na,Ma,….
Now A,Ka,Sa,Ta,Na,….

あ A
アメミヲヤ神(天御祖神)のウイの一息
Ancestor God’s One shot

か K
ミハシラ(天御柱)立つ
Build a Column

は H
メヲ(陰陽・男女)と別れる
Spilit into male/famale

な N
メヲ(陰陽・男女)交わる
Cross male/famale

ま M
アメ(天)よりクダ(下)す
Lower Heaven

た T
父の恵みはイタダク(頂く)ア(天)Have Dad blessing

ら R

母のイツクシ(慈し)ノ(乗)するハニ(大地)Mom affection on land

さ S
東登りて西降り(太陽の黄道)
Sun rise in East ,set in west

や Y
アメ(天)に帰りて・神上がる
God return to sky

わ W
クニタマ(地球)ヤモ(八面)を乗り巡る。ハニ(埴)の八方を示す・動き) It comes round all respects in the earth.


上記解説内容は高畠精二氏の資料に基づくものです。


「ほつまつたえ」の文字

c6-ほつま本文39綾はじめ


ホツマツタヱは、記号のような古代文字、
「おしで」という文字で書かれています。
いつ頃のもので、何が書かれているのでしょうか?
5・7調の歌で綴られており1万2千行もあります。
The Hotsuma-tsutae is written by alphabets of Ancient called Oshide.
When and What is written in it? How can we make out?
It has more than 12 thousands columns with songs of 5 & 7 alphabets tune.


添付資料は
覆刻版 「ほつまつたゑ」
原本筆録 小笠原長弘  復刻監修 松本善之助
発行人 高畠精二  発行 日本翻訳センター より
39綾の初め部分のコピーです。

こんにちは

こんにちは

2012/2/26改訂

このブログを2009年7月に立ち上げてから、この春でやっと半分の折り返し点を通過出来そうになりました。そこで、「はじめに」という内容も当初のままだったので書き直すことにしました。


                     記

「ほつまつたゑ」は、日本書紀・古事記(七~八世紀)が出来る前に既に存在していた古代日本の歴史書のひとつです。

この「ほつまつたゑ」は1綾から40綾まであります。

1綾~28綾は紀元前660年に、その後、約900年経って、景行天皇の時に、29綾~40綾に、それ以降の内容をまとめられたものです。
ですから、「ほつまつたゑ」の記述は景行天皇のときで終わりになります。


ほつまつたゑ・古事記・日本書紀 概要比較


ほつまつたゑ1~28綾 

完成時期 紀元前660年ごろ 天地開闢・天神7代・地神5代
編者:わにひこ・くしみかたま右大臣
編纂時の天皇:神武天皇のお父さんにあたる「うがやふきあわせず」神です。(訂正2012.9.7)

ほつまつたゑ29~40綾完 

完成時期 紀元241年 人皇1~12代
編者:大田田根子右大臣
編纂時の天皇:景行天皇人皇12代

古事記

完成時期 712年和銅5年
編者:太安万侶
編纂時の天皇:天武天皇

日本書記

完成時期 720年養老4年
編纂時の天皇:持統天皇





「ほつまつたゑ」にしるされている文字は「おしで文字」と言い、コンセプトは現在の韓国のハングル文字に似ています。
表音文字で、母音部分と子音部分の組み合わせから成り立っています。
但し、ハングルよりずーっと古く、パッチムのような複合文字はありませんが、表意文字(今風の絵文字)もあり、読むとき多少分かり易くなっています
「ほつまつたゑ」にどういうことが書かれているのか、誰もが簡単に読めるようひらがなに書き直し、自分なりの解読内容を付けることにしました。
「ほつまつたゑ」は五七調で延々と続き、何処で区切って良いのやら迷う所です。区切った場所によっては意味が全く違ったりもします。
私なりに区切って、分かり易く小目次を付けて行きました。ですから、ここにある小目次は、オリジナルの写本にはありません。
全く別の解釈もあり得えます。一つの解読例として捉えていただけたらと思います

個々の解釈について、「ほつまつたゑ」を発見された松本善之助氏の門下生であった高畠精二氏の解釈を参考にさせていただいています。さらに自分なりの解釈に発展させることが出来ました。

高畠精二氏の解釈は下記URLを参照ください。


http://www.hotsuma.gr.jp/



なお、このひらがな訳の原本は

和仁估安聰繹述 「ほつまつたゑ」 秀真政傳紀 
原典著者 大田田根子命 漢訳筆録 和仁估安聰
復刻監修 松本善之助  発行人  高畠精二
発行  日本翻訳センター です。

さらに、覆刻版 「ほつまつたゑ」
原本筆録 小笠原長弘  復刻監修 松本善之助
発行人 高畠精二  発行 日本翻訳センター
と照らし合わせてみました。

本文の下の(数字)は、和仁估安聰釋述の「ほつまつたゑ」の中の頁番号です。また、小笠原長弘筆録版と記載内容が違っているところは併記してあります。

疑問に思われた時は必ず、前述のオリジナルの写本でご確認願います。表音文字だけでなく、数字とか特別な意味を持つ文字があっても、本ひらがな訳にはそれらの区別を表示しておりません。写本によっても特別な意味を持つ字であったり、普通の文字であったりまちまちだからです。

大きく食い違いが気になるところは「(  )小笠原写本」と本文下に二重表記しました。
特に小笠原長弘編本には句読点はありません。

 ホツマツタエを読み始めて、色々な発見もありました。

例えば、吉野ヶ里遺跡が当時の国の名前や治めていた女王の名前も、さり気なく記述されていました。38綾に景行天皇が九州へ熊襲征伐を無事成し遂げた帰りの記述の中に隠れていました。
 当時は「みね」国と言い、「やつめひめかみ」と呼ばれていたことが分かりました。
 漢字が渡来した時「やつめ」が「八女」と置き換えられ、いつしか漢字の文字が一人歩きして「やめ」と呼ばれるようになったと考えられます。
今の「八女」地方と言われていることからも納得がいきます。

 その他、何故、日本書記、古事記以前には日本には文字が無かったと言わざるを得なかったか。途中までの解読ですが、何故か感じとれるようになりました。

 その理由として
特に、日本書記は当時の日本という国を代表する国書として、大陸に日本は文明国であることを認めてもらうために、編纂されたものと理解しています。遣唐使によって渡されたようです。
 記紀の編纂者は当時既に日本に伝えられていた儒教の教えを受けた方々でした。
そして、その儒教の教えでは近親婚は野蛮人のすることでありました。

 しかし、ホツマツタエを読んでみると彼方此方に近親婚がでてきます。家系をたどって見ると従兄妹婚は普通に行なわれていたようです。
 たとえば、記紀で欠史8代と言われているところでは、やむを得ないことであったようで、姪っ子をお妃にせざるを得なかったこともわかりました。
 決して、編纂者の目から見て公けに出来る内容ではなかったことと思われます。
その個所は削除せざるを得なかったからでしょう。

 さらに、身内同士の殺し合い等もところどころに出てきます。

 これらの内容を、当時の世界共通語の漢字に翻訳して書き写すことは、当時、世界の中心にあった大国・唐に対して、日本は文明国ではなく、野蛮人というレッテルが貼られてしまう恐れがあり、隠す必要があったからだと考えます。

 ホツマツタエの中でも、あまりにも惨いところは「おろち」が噛み殺すという表現にしています。当然そういう内容は省かざるを得ないと判断されたものと思います。
 そのため、日本の国史として記紀が完成した以降、当時の最先端であった儒教精神で野蛮と判断される記述を含んだホツマツタエの存在を許すことは出来なくなります。

 あまりにも、ホツマツタエは多くのことを伝え過ぎていたのです。
 
 いつしか、日本には文字は存在しなくて、記紀が日本で最初の書物ということに決められてしまい、今もそれをほとんどの日本人が信じているのです。

 まだ、全ての綾を読み終えているのではないので、今の時点で結論を言うには早いですが、卑弥呼が誰のことを言っていたのか、邪馬台国が何処を示していたのか、まるであぶり出しのように全体像が浮かび上がって来るようです。解読を続けることは楽しいものです。

一日も早く、このホツマツタエが日本国中で、日の目を見られるようになって欲しいものです。

以上
ジョンレノ・ホツマ

8-84~85 「いぶきど主」が「はたれ」を討ち取る 

8-62 「いぶきど主」が「はたれ」を討ち取る (8-84~85)

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 かぐむさぼらせ(8-84)
これをうつ


そこで、また「はたれ」魔たちに、橘の果を貪らせたて、一網打尽に討ち取りました。



 はたれつちもて(8-84)
かみをうつ


すると「はたれ」魔たちは、槌(つち)を持って、神に討ちかかってきました。



 かみはにぎてに(8-84)
うつつちの やれてとべらの(8-85)
はうちわや


 神は「にぎて」を持って祈ると、討ちかかってきた槌が裂けて「とべら」の葉の羽団扇のようになって使い物にならなくなりました。

「やれる」=紙や布などが裂ける。また、編んだ物などがほぐれてばらばらになる。やぶれる。

「とべら」=海桐・海桐花・トベラ科の常緑低木。暖帯の海岸に自生し、庭木ともされる。高さ2~3メートル。葉は枝先付近に互生し、狭長楕円形で質が厚い。雌雄異株。六月頃、枝先に五弁の白花を集散花序につける。果実は球形で熟すと三裂し、種子は赤い。節分にこの枝を扉にはさんで鬼を防ぐ風習があった。と、Yahoo辞書(大辞泉)にでていました。

ジョンレノ・ホツマ

8-82~84 「はたれ」と「いぶきど主」の応酬が続く 

8-61 「はたれ」と「いぶきど主」の応酬が続く (8-82~84)


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みかたひれきて(8-82)
かぐいれて うちこぼさせは(8-83)



これに対し、味方は頭巾(ひれ)を着て、中に橘(かぐ・みかん)の果を隠し持って、「はたれ」目がけてばらまきました。

「ひれ」=上代、害虫・毒蛇などを追い払う呪力を持つと信じられた細長い薄布。古代の衣服の一つ。両肩に後ろから掛けて前に垂らす一幅(ひとの)または二幅(ふたの)仕立ての布帛(ふはく)。肩巾、比礼とも書かれる。
領巾の揺れるさまに呪術(じゅじゅつ)的意味を感じたようで、『古事記』に、天之日矛(あめのひぼこ)が持ちきたれる物は振浪(なみふる)比礼、切波(なみきる)比礼、振風(かぜふる)比礼、切風(かぜきる)比礼など宝物が8種あったとあるのもその一例であるとのことです。



はたれまの うはいはむまに(8-83)
とりしばる


「はたれ」魔たちは橘の実を奪い合って食べている隙に乗じて「はたれ」魔たちを捕り縛りました。



 はたれもひれし(8-83)
まはすばゐ



「はたれ」魔たちも頭巾(ひれ)をして、「ばい貝」のように廻しながら攻めてきました。
「ベーゴマ」の起源であるような気がします。


 みてをどろけば(8-83)
かんがえて ほらかいふかせ(8-84)
まひれけし



これを見て、味方は驚いてしまい、「いぶきどの主」は考えて、「ほらがい」を吹かせたところ、「はたれ」魔の頭巾(ひれ)は消え去りました。

ジョンレノ・ホツマ

8-80~82 「はたれ」と「いぶきど主」の応酬 

8-60 「はたれ」と「いぶきど主」の応酬 (8-80~82)


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なりめくる はたゝかみなり(8-80)

 
すると、天から雷が鳴り響きました。これは「はたた」神でした。



いふきとは うつろゐまねき(8-81)
これをけす



「いぶきど主」は、すぐさま「うつろい」の神(空神)を招いて、これを消しました。



 むらくもおおひ(8-81)
くらませは



今度は「むらくも」が天を覆いかぶさり暗闇にしました。(辺り一面晦ませました。

 

しなとをまねき(8-81)
ふきはらふ



すかさず「いぶきど主」は「しなど」の神(風神)を招き、「むらくも」を吹き飛ばしました。



 ほのほをはきて(8-81)
むろやけは(8-82)



すると、「はたれ」は、炎を吐いて室屋を焼きました。

 

たつためまねき(8-82)
これをけす



すかさず「いぶきど主」は「たつた姫」(竜田神・防波神・鎮火神)を招きこれを消しとめました。



 はたれむせんで(8-82)
このはして つぶてあられに
たみせめる



「はたれ」は、立ち込める煙に咽(むせ)んで、「木の葉」(天狗)の「つぶて」(礫)の「あられ」を投げて民を攻め立てました。

ジョンレノ・ホツマ

8-78~80 「いぶきど主」が「あめえのみち」に御幸 

あめえのみち
8-59 「いぶきど主」が「あめえのみち」に御幸 (8-78~80)

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ちわやもり あめゑのみちが(8-78)
おんかみに ことかたらんと
よばらしむ


「ちわや」(千磐谷)から「あめえのみち」が、大御神(おおんかみ)に話があるから来るようにと連絡が入りました。


 きみいふきとに(8-78)
しつめしむ


そして、君(天照大神)は、「いぶきど主」に鎮めさせました。

「いぶきど主」は「つきよみ」(天照神の弟)の子になります。


 いふきとぬしは(8-78)
みゆきこし はたれがとわく(8-79)
かんかみか


「いぶきど主」は天照大神の御幸(みゆき)の御神輿(みこし)に乗って来られました。それを見た「はたれ」が、汝は「かんかみ」(神)かと問いました。


 こたえてかみの(8-79)
やつこなり


「いぶきど主」は「はたれ」に「我は神の奴(やっこ・下僕・しもべ)であるぞ」と答えました。


 またとふやつこ(8-79)
こしはなに


「はたれ」が再び、奴(しもべ)が御神輿に乗っているのは何故だ、と聞きました。


 いわくなんちを(8-79)
やことせん ゆえにのるなり(8-80


「いぶきど主」は「はたれ」に、すなわち、汝を奴(神のしもべ・奴隷)にするために乗っているのだ。と答えました。



またはたれ なんぢわかばゑ(8-80)
はちみする やつことせんと


また「はたれ」が再び、汝は若生(わかば)え(若輩、幼児の例え)のくせに、我に恥をかかせるのか(見させるのか)、お前こそ、奴(奴隷)にしてやると言い放ちました。

ジョンレノ・ホツマ

8-74~77 「はたれ」の「しむみち・いそら・いづな」も「おしで」に誓う

8-58 「はたれ」の「しむみち・いそら・いづな」も「おしで」に誓う(8-74~77)

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*************
あまつみことの(8-72)
おもむきを つげてあにひこ(8-73)
こゝにとめ なかはやましろ
はなやまの おとはひがしの
あすかのえ


「かだ」の神は「天照神」の詔りの趣旨を三人に告げました。三人のうち、兄彦はここ(伊勢?、あるいは「ここさわやま」か)に留まりなさい。中彦は山代(山背、山城)の花山(山科の花山稲荷か)に出向きなさい。
弟彦は東国の飛鳥の野に行きなさい。

この「飛鳥野」について、古代最大級、最高水準の工房跡、「飛鳥池遺跡」が見つかっています。場所は奈良県明日香村、飛鳥寺の南東に隣接する緩やかな谷あいに位置しています。炉跡からは「金・銀・銅」の生産遺跡であったことを示しているとのことです。さらに鋼がつくられていたことも確認されています。
「金・銀・銅の日本史 村上隆著 岩波新書 2007発行を参照」


また飛鳥坐(あすかにいます)神社がすぐ北側にあり、奇祭「おんだ祭」があり、天狗とお多福による夫婦和合の儀式は、由来に何か関係ありそうな気がします。

この部分のみ追記しました。
*********

しむみちも ゐそらゐづなも(8-74)
ちをぬきて おしてにちかい(8-75)


その後、「しむみち」の「いそら」も「いづな」も皆、血を抜いて「おしで」に誓いました。

血判状のことを言っているのでしょうか。
「いづな」とは飯綱(いづな)使いが用いる小動物、管狐(くだぎつね)、予言したりする通力を持つ想像上の狐のことだそうです。


しほあびて うつすかがみに(8-75)
そして、塩を浴びて(塩で汚れをとって)鏡に映しました。



なをさると おろちとみづち
かげあれは そゝいではげぬ
もゝみそは すでにころすを(8-76)



 それでも尚、塩水を注いでも、猿や大蛇や「みづち」(むじな)の影が剥げない百三十人は既に殺してしまいました。


みことのり きらばみのほに(8-76)
なやまんぞ


ここで、詔がありました。
斬れば「はたれ」の三匹のキツネの炎に悩むことになるぞ。


「みのほ」は写本の方から「み」は数字の三を表し、「ほ」は炎を表す「ほ」の字になっています。 
今の時点ではまだ解明出来ていませんが、金・銀・銅、或いは、鉄、水銀などをつくりだすときに必要な大量の炎のことを言っているのでしょうか。


 ひとなるまでは(8-76)
たすけをき ひとなるときに(ひとさがしれば)
かみのたね みねにあつけて(8-77)


人間になるまで助けて置いてやろう。人間になって人間というものの「さが」(宿命・性格)を知ったときに、この神の 種(神の思い)をそれぞれの山の峰々に分けて預け置くよう申されました。



そのおして はたれまこちと(8-77)
たみこよろ


 その魂返しの誓約をした「おしで」は「はたれ魔」九千人と魔民(ものま)九万人でした。


 うつむたかのの(8-77)
たまがわぞこれ


この「おしで」を埋めた所が高野山の魂川(玉川狭・魂塚)です。

ジョンレノ・ホツマ

8-72~74 「うけのみたま」、「うけもち」と「かだ」神は合祀

8-57 「うけのみたま」、「うけもち」と「かだ」神は合祀 (8-72~74)

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 あまつみことの(8-72)
おもむきを つげてあにひこ(8-73)
こゝにとめ なかはやましろ
はなやまの おとはひがしの
あすかのえ


「かだ」の神は「天照神」の詔りの趣旨を三人に告げました。三人のうち、兄彦はここ(伊勢?、あるいは「ここさわやま」か)に留まりなさい。中彦は山代(山背、山城)の花山(山科の花山稲荷か)に出向きなさい。
弟彦は東国の飛鳥の野に行きなさい。

この「飛鳥野」について、古代最大級、最高水準の工房跡、「飛鳥池遺跡」が見つかっています。
場所は奈良県明日香村、飛鳥寺の南東に隣接する緩やかな谷あいに位置しています。
炉跡からは「金・銀・銅」の生産遺跡であったことを示しているとのことです。さらに鋼がつくられていたことも確認されています。
「金・銀・銅の日本史 村上隆著 岩波新書 2007発行を参照」

 

きつねもみつに(8-73)
わけゆきて たはたのとりを(8-74)
おわしむる



 こうして、「きつね」(狐)も三方面に分けて配置させました。そして、田畑の鳥や鼠を追っ払う役割を与えました。



 うけのみたまと(8-74)
うけもちも かだのかみなり



 この様な理由から、「うけのみたま」(宇迦御魂)と「うけもち」(保食神)と「かた」(荷田神)の三神を一社に合祀するようになりました。

ジョンレノ・ホツマ

8-71~72 三狐に「うけのみたま」を守護するよう詔

8-56 三狐に「うけのみたま」を守護するよう詔(8-71~72)

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みことのり みつひこがこと(8-71)
もろきつね うけのみたまを(みたまの)
まもらせよ(8-72)



 ここで詔がありました。
三つ彦(三狐)の子孫、及び諸狐は今後「うけのみたま」(宇迦御魂)を守護せよ。



 もしもたがわは(8-72)
すみやかに たまたちなせよ
このゆえに ながくなんちに
つけるなり


 もしも、怠けるようなことがあったら、速やかに魂断(たまたち、死刑)にせよ。この条件で、汝(かたまろ、「かだ」の神と言われ、「うけもち」の孫で保食、稲荷神になります。)に従者として付け与えよう。

ジョンレノ・ホツマ

8-70~71 「かだ」の神が「はたれ」の命乞い 

8-55 「かだ」の神が「はたれ」の命乞い (8-70~71)


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みそみよろ たまたちせんを(8-70)
かだがこふ



残る三十三万に魂断(たまたち、死刑)にすることに決まった所、「かだ」の神が「はたれ」魔の命乞いを申し出ました。
「かだまろ」が、此処から「かだ」、「かだ」の神と言われているようです。「うけもち」の孫で保食、稲荷神になります。



 もろゆるさねは(8-70)
かだのかみ なゝたびちかふ(8-71)
のりこちに やゝゆるさるる


 
諸神は、仲々「かだ」神の申し入れを納得しませんでしたが、七度に及ぶ誓いの様は、もう祝詞(のり)心地で面持ちが理解されやっと許しが出ました。

ジョンレノ・ホツマ

8-69~70 狐の影が現われ三狐と呼ぶ

8-54 狐の影が現われ三狐と呼ぶ(8-69~70)

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 さきのつゝがの(8-69)
むはたれも はるながものま
ゐちたりと くにあつけよち
みなめして ちをそゝぐとき
きくみたり すぐにきつねの(8-70)
かげあれは なもみつきつね



 先に捕らえて牢屋に入れておいた六人の「はたれ」頭も「はるな」の「ものま」(魔民)五千人と国神に預け置いた四千人の捕虜も皆召しだして血を搾って杯に注ぐと「きく」の三人は直ちに「きつね」の影が表れたので、三狐(みきつね)と呼びました。

ジョンレノ・ホツマ

8-67~69 「くすひ」が熊野神を招き、「はたれ」は真人間になり命乞い

8-53 「くすひ」が熊野神を招き、「はたれ」は真人間になり命乞い(8-67~69)

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 ときにくすひが(8-67)
くまのかみ まねけばからす
やつきたる(8-68)


 時に、「くまのくすひ」(天照神と内女「とよ姫」と間の息子)が、熊野神(いさなみ)を勧請すると、カラスが八羽一緒にやってきました。「やた烏」と言われるようになったわけですね。


 こゝにはたれの(8-68)
ちをしぼり ちかひとどめて
うしほあび かげうつすとき
むますたり ひとなるはみな
たみとなる(8-69)


 ここで、「はたれ」の血を搾り、(誓約文に血判を記してから?)、潮(うしお、海水)を浴びさせてからもう一度、鏡に影を映すと六魔人の影は消えており真人間になった皆は再び民(国民)になることができました。

ジョンレノ・ホツマ

8-64~67 「はるな」は「そさのお」の勅命と言うが「いぶきど」主は認めなかった 

8-52 「はるな」は「そさのお」の勅命と言うが「いぶきど」主は認めなかった (8-64~67)

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 ときにいふきど(8-64)
ゆえをとふ(8-65)


その時、「いぶきど主」が「はたれ」頭に、これまでの経緯を問いました。



 はるなこたえて(8-65)
やつかれに ねのますひとが
おしえけり



「はたれ」の「はるな」が答えるには、私(やつかれ、卑賤の者、 自分を指す謙譲)に「ね」(北、北陸)の益人(代官)が教えてくれました。



 いさおしならは(8-65)
くにつかみ これそさのおの
みことのり(8-66)



もし、「いさおし」(手柄)を立てれば、国神に取り立ててやる。これは、「そさのお」の勅命であります。



 ときにいぶきど(8-66)
まふつなら かんがみんとて
みかがみに うつせばふつく
つばさあり



すると「いぶきど主」は、「もし、この話が真実であるかどうか「まふつ」(真経津鏡)の鏡に映して鑑みよう」と言って、御鏡に映したらはっきりと翼が見えました。


 
 いふきどいわく(8-66)
このはたれ ぬゑあしもちぞ(8-67)
ばけわざに たぶらかすもの
みなきらん



「いぶきど主」はこう言い放ちました。
この「はたれ」は「ぬえあしもち」であるぞ。妖術(ばけわざ)に誑(たぶら)かすものである。よって、皆切り捨てよ。

「ぬえあしもち」「ぬえ」
鵺などと書かれる怪鳥、伝説上の妖力をもった怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミ(虎鶫)
また、萎させる意味も持つ。

「あし」は「あす(褪す・悪す)」「もち」は「もつ(没つ・歿つ)」の意味も考えられるとのことだそうです。

ジョンレノ・ホツマ

8-64 御幸中の天照神が登場 

8-51 御幸中の天照神が登場 (8-64)

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たれあぐる(あくる)(8-64)

そうしたら、天照神の八英輦(やふさのてくるま)の帳(たれ)が静かに上がりました。
(8-57)頁の続きになります。


 きみやさかにの(8-64)
まかるたま


君(天照神)は「やさかに」の「まかるたま」(勾玉)を身につけておられました。
八尺瓊勾玉(大きな曲玉。一説に、多くの玉を長い緒に貫き輪にしたもの。上代、身につけて飾りとした。神璽)


 せをりはまふつ(8-64)
やたかがみ


中宮の「せおりつ姫」は「まふつ」(真経津)の「やたかがみ」を捧げていました。


 あきつくさなぎ(8-64)
やえつるぎ


「あきつ姫」は「くさなぎ」の「やえつるぎ」(八重垣剣)を携えていました。

三十九綾で「やまとたけ」が、東征に行く時、「やまと姫」から授かった「むらくも剣」(「そさのお」が使った)が、エミシを相手に火を放たれた草を薙いだところから「くさなぎ」と剣の名を改めたとあります。
このことより、「くさなぎ」の剣とは特定の一本を示しているのではないようです。

他の綾(十綾)に、「あおはかり」(青葉刈り)という剣もでてきます。使用目的で名前がついたと思われますが、形、大きさでどの位、違っていたのでしょうか、あるいは大きさなどには全く関係なかったりして・・・・。気が向いたら調べてみようと思います。

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8-62~63 「みずはめ」神を招き、火を消し「はたれ」を取り縛る

8-50 「みずはめ」神を招き、火を消し「はたれ」を取り縛る(8-62~63)

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 かみみつはめを(8-62)
まねくとき ほのほきゆれは
むなさわぎ にげんとするを


この時、神は「みずはめ」の神を招いて、炎を打ち消してしまいました。これを見た「はたれ」神は動揺して逃げようとしました。


たちからお はたれはるなに(8-63)
とびかゝり ちからあらそひ
おししばる 



それを見た「たちからお」が「はたれはるな」に飛びかかり格闘の末、押し縛りました。



はたれまもみな(8-63)
とりしばり まえにひきすゑ



残る「はたれ」魔も捕り縛り、神の前に引きずり出し、額(ひたい)を地面に当ててひざまずかせました。

ジョンレノ・ホツマ

8-61~62 「はたれ」は怒って火を吹く 

8-49 「はたれ」は怒って火を吹く (8-61~62)

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はたれいかりて(8-61)
やのあられ


すると、「はたれ」は怒って、あられのように矢を放ってきました。

 かみのたみめに(8-61)
やもたたず(8-62)



 しかしながら、天照神の「たみめ」(神のもつ力、今風のオーラでしょうか、「た」・「みめ」(見目、眉目、見た目、外観))によって、矢は全て逸れて当たりませんでした。

 

いやたけいかり(8-62)
ほばなふく



 これを見て、弥(いや、ますます)怒り狂った「はたれ」は天照神に向かって火花を吹きかけてきました。

ここで「ほばな」(火花)は、「きくみち」という「はたれ」の所にも出てきましたが、どうやら、硫黄のことを暗示しているようです。この榛名山の近くの白根山付近も硫黄鉱山として今でも有名です。
最近はあまり見られなくなりましたが、少し前までは火を起こすマッチの原料として硫黄は最も一般的なものでした。
古代は非常に貴重なもので、火山のない大陸では産出せず、日本の貴重な輸出品でであったようです。大陸から硫黄を求めて渡来してきた理由の一つかも知れません。

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8-59~61 天照神は粽にうたみをつけ、諸神が囃し立てる

8-48 天照神は粽にうたみをつけ、諸神が囃し立てる(8-59~61)


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おおんかみ かねてさつさに(8-59)
うたみつけ なくれはたしむ
はたれまを さつさつゞうた(8-60)


そこで、天照神は前もって用意してあった「さつさ」(粽・ちまき)につづ歌を書きつづった短冊(うたみ)を付けて敵に投げつけました。
「はたれ」魔どもが粽を喰い嗜んでいるのをみて諸神が歌い囃し立てました。

 今でも大津祭りや祇園祭りの時に、粽を撒く風習があります。また、節分の時の豆まきも、こういう風習が残っているのでしょうね。



さすらでも はたれもはなげ(8-60)
みつたらず
 


 浮浪者(さすら)でも、「はたれ」も鼻息(はなげ)、三つ足らず!
今でも、猿は人間より毛が3本足りないと言うが、これは頭の毛が3本少ないのではなく、色気などの3つの「け」が足りないことだそうです
(日に三回息が切れて熱に苦しめばよい!)



かかんなすがも(8-60)
てたてつき かれのんでんも
あにきかず(8-61)



「かかん」(篝火・かがりび)なすかも、手段(てだて)尽き、故に祝詞(かれ・のん)、楽(でん)も天(あ)に聞かず。
(神に助けを乞うても篝火を焚いて祈っても無駄さ!
祝詞(のりと)をあげようが楽を奏でようが天は聞き入れぬぞよ。)



 ひつきとわれは(8-61)
あわもてらすさ もろうたう 


 日月(ひつき)と我は天地(あわ)も照らすさ
(太陽と月と我々だけが天下を照らすことが出来るのだ)と、諸神は歌いました。

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8-58~60 敵状を密偵に窺わす

8-47 敵状を密偵に窺わす(8-58~60)

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きじとべば はるなははみち(8-58)
のもやまも かえてむらくも
ほのほふく とげやのあられ(8-59)
なるかみに みかたかえれば



敵状を見るために、密偵(きじ)を遣わせたところ、「はるなははみち」は野も山も一変させて惑わせました。
更に、むら雲を起こし、炎を吹上げ、刺矢をあられのように降らせ、雷が鳴り響きました。そのため、味方(密偵)が天照神の元へ帰ってきました。


 「はるなははみち」の「はるな」は榛名山のことを示しているように思えます。

「はるなははみち」の「はは」は大蛇、すなわち「鉄」(たたら)のことを言っているように思えます。
砂鉄の含まれた土を掘り起こし、山の木を伐採して燃料にしてしまう。茨城県の方でも、「だいだらぼっち」という巨人の足跡のように土地が陥没しているということにも結びついて行きます。


というのは、榛名山の付近には巨大な国(県)があったことが分かったからです。5世紀に榛名山の噴火があり、火山灰に埋もれてそれまで不明だった巨大な遺跡が見つかり、復元模型を見ると整然さに驚きます。
出土したものには、金属の加工を示す遺物・羽口(炉の送風口)や坩堝(るつぼ)から銅の成分が検出され、鉄の精錬の際に形成される滓(かす)も出土している。

その他、様々な遺物も出土されており、気になったのが機織り機の部品もあったことです。



榛名山の噴火に関してはたまたま「古墳時代の地域社会復元 三ツ寺Ⅰ遺跡 若狭徹著 新泉社2004年発行」を見て知りました。
巻頭に、群馬県南西部には、イタリア・ポンペイのように、榛名山噴火の火山灰の下に5世紀の景観と生活の跡がそのまま残されていた。首長の館跡を中心に、古墳・水田経営の後・農民の住居跡の発掘調査や渡来人の遺物などから5世紀の地域社会の全体像を復元する。とありました。
この「ほつまつたゑ」の記述の時は噴火前のはるか遠い昔のことですが新たな発見だと思います。
 

また、(8-57)で、天照神が「つくるま」(やふさのてくるま、八英輦、人の手で引く車)で御幸されたとあります。群馬県の古代の呼び名が「くるま・車」を意味しているようですので、このことも関連していると思います。

この地が後世になって絹織物の主要産業になっていることも不思議です。



秦氏との関連も見えてくるようです。

また、渤海使以前の接点もありそうな気がします。渤海使として記録に残っているのは6~7世紀以降のようですが、かなり以前から大陸と行き来があったのでしょう。

さらに、縄文人と弥生人がぶつかり合っていた現場の接点でもあるような気がします。

ジョンレノ・ホツマ

8-57~58 天照神は御幸され「やまだ」に到着

8-46 天照神は御幸され「やまだ」に到着(8-57~58)

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みゆきなる てくるまのうち(8-57)
せをりつめ あめのみかげに


天照神の御幸が決まり、「てくるま」(やふさのてくるま、八英輦、人の手で引く車)の中には中宮「せおりつ姫」が天照神の影のように寄り添っておられました。


あきつめは ひのみかげさす(8-57)

あきつ姫(天照神の西のすけ后・はやあつき姫あきこ)は翳(さしは)で天照神が日陰になるようにされていました。

「みかげさす」の「さす」の翳(さしは、鳥の羽や絹を張ったうちわ形のものに長い柄をつけた道具。貴人の外出時や、天皇が即位・朝賀などで高御座(たかみくら)に出るとき、従者が差し出して顔を隠すのに用いた。今で言う、日傘の感覚ではないだろうか)


いふきぬし くまのくすひと(8-57)
まてにあり しろくろこまに(8-58)


「いふき主」(天照神の弟、「つきよみ」の子)と「くまのくすひ」(天照神と内女「とよ姫」の間の皇子)は、それぞれ白駒(馬)と黒駒(馬)にまたがり両脇をかためていました。


もろそひて やまだにいたり(8-58)


諸神達も前後に添って「やまだ」に到着しました。


この「やまだ」という地名が、宇治山田のことなのか、あるいは「邪馬台国」と呼ばれる地名の要因であるような気がします。
また、写本には「やまだ」と濁点が本文ではない所に付けてありますが、あるいは「やまた」かも知れません。


ジョンレノ・ホツマ

8-55~56 別の「はたれ」が各地に出現、天照神に御幸を乞う

8-45 別の「はたれ」が各地に出現、天照神に御幸を乞う(8-55~56)

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またはたれ ひすみひたかみ(8-55)
かぐやまと ふたいわうらに(8-56)
つくつげの


 また、別の「はたれ」が、日隅(ひすみ、青森)、日高見(陸奥)、香久山と二岩浦(二見ヶ浦)に舟が着いたことを知らせてきました。敵状を知らせてきました。
 


 くしのはひけは(8-56)
もろかみは たかまにはかり
みゆきとぞ ねがえばかみの



諸神達は櫛の歯を引いて櫛占いをして、高天(たかま、宮中)で神議しました。そして、天照神に御幸を乞い願うことに決めました。


この「櫛の歯を引いて櫛占いをした」という記述で、三十八綾に「ももそ姫」がこっそり「くしげ」を覗いたら中に子蛇がはいっていたという場面を思い出しました。
まだ、この八綾を読む前に三十八綾を読んだときは「くじ引き」のため(三日三晩に及ぶ、たたらのふいご係の番子の順番を決めるため)と勝手に思い込んでいましたが、占いに使っていた可能性もわかり、一つ前進しました。

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