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10-37~39 「たかみむすび」は「おおなむち」に津軽の「あかる宮」を賜う

10-21 「たかみむすび」は「おおなむち」に津軽の「あかる宮」を賜う(10-37~39)

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 ときにまつらふ(10-37)
おほなむち もゝやそかみを(10-38)
ひきゐきて まめもひかげの
なんだあり



 一方、既に宮中に対して従っていた「おほなむち」は、配下の百八十神を引き連れて忠誠を誓いました。この誓いに至るまでには陰で涙することもありました。



 たかみむすびの(10-38)
たゝしゑた ことのりあれは
みことのり(10-39



「たかみむすび」が「おほなむち」に、今までの経緯を問いただしたときに、返事は誠意あり理にかなっていたので詔をしました。

 

たまふあそべの(10-39)
あかるみや あふゆをうくる


 
「たかみむすび」から「おほなむち」、津軽の「あそべ」(阿曽部)の「あかる宮」(岩手山神社)を「あふゆ」(天の恵み、天恩)によって賜わりました。

     太字訂正


ジョンレノ・ホツマ
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10-35~37 「たけみかづち」と「ふつぬし」は「かしまたち」に成功し「こふのとり」が詔り

10-20 「たけみかづち」と「ふつぬし」は「かしまたち」に成功し「こふのとり」が詔り(10-35~37)

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 さかふはきりつ(10-35)
まつらふは ほめてもろかみ
ひきいつゝ あめにかえれは


後に、二神(「たけみかづち」と「ふつぬし」)は、国中を巡り、逆らう者は斬り、一方で、まつらう者(従う者)には褒めたたえ、褒美を与えました。
そして、諸神共々引き連れて、「あめやすかわの宮」(天の野洲川の宮)に帰りました。



こふのとの まつりをとつて(10-36)
みことのり


「たかみむすび」(たかきね)に戦勝報告をしました。「こふのとの」(たかみむすび)は出雲を降伏させた論功の祭りを手にして(とって)詔をしました。

 

なんぢふつぬし(10-36)
あわうわの とふるみちびき
さかんなり


 汝「ふつぬし」は「あわうわ」(天神地祇・てんじんちぎ)の導きを良く守り神威(しんい)を高揚してくれた。


またみかつちは(10-36)
かしまたち いづをあらはす(10-37)
ものゝべの なんだやわらに
もとすより たまふかんべは
かしまかみ



 また、「たけみかづち」は、「か」の「しま」(国)を断ちに成功し、「いづ」(神の意向)を表すことができました。(神のご意向に添うことが出来ました。)「かしま」を「もののべ」(おほなむち)が涙ながらに戻すようにさせました。よって、「かしま」神の神部(かんべ、おしで)を賜いました。

ジョンレノ・ホツマ

10-33~35 「おおなむち」は全面降伏し、「くさなぎ」の矛を置いて出雲を去る

10-19 「おおなむち」は全面降伏し、「くさなぎ」の矛を置いて出雲を去る(10-33~35)

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 とえはことふる(10-33)
おほなむち


 
「たけみかづち」は、「たけみなかた」の父「おほなむち」に、この息子の誓約を携えて決断を迫りました。



そのこのまゝを(10-33)
ふたかみえ)(10-34



「おほなむち」は、子供の言うままを受け入れて、二神(「たけみかづち」と「ふつぬし」)に伝えて、全面降伏しました。



 わがこさりにき(10-34)
われもさる いまわれさらは
たれかまた あえてなれなん
ものあらし



 我が子は出雲を去ってしまった。私も去ります。
今、私が出雲を去るにあたり、誰かまた
力ずくで叛(そむ)く者が出てこないとは限らない。



 わがくさなぎの(10-34)
このほこに ならしたまえと(10-35)
いひてさる



降伏の証として、我が「くさなぎ」の矛(ほこ)を用いて国を生(な)らして(国を実らせる。均(なら)して、土地を耕して均(なら)すように)くださいと言って去って行きました。

単に、叛くものを征伐するための物だけではなく、国を治める者の象徴になるものを置いて行くことを、婉曲に表現している所が、如何に出雲に愛着があったか分かり感無量になります。

ジョンレノ・ホツマ

10-31~33 「たけみなかた」は「たけみかづち」の怪力を見て諏訪まで逃げ全面降伏

10-18 「たけみなかた」は「たけみかづち」の怪力を見て諏訪まで逃げ全面降伏(10-31~33)

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 とるてもいわの(10-31)
みかつちが とらえてなぐる(10-32)
あしがひの



 「たけみなかた」の言葉を聞いた「たけみかづち」は、この大岩の「ちびき岩」を両手で奪い取り、あたかも「あしがい」(葦貝、5cm位の二枚貝)のように、軽々と投げ飛ばしました。



 おそれてにくる(10-32)
しなのうみ すわといふとき
かしこみて われをたすけよ



「たけみなかた」は、この怪力を見て恐れて逃げ出しました。逃げに逃げて「信濃の海」(諏訪湖)まで逃げてきましたが、遂に追いつかれてしまい、正に「すわ一戦、すわ一大事」というとき、突然、畏(かしこ)み(全面降伏したわけです)我を助けて下さいと命乞いをしました。



このところ ほかえはゆかじ(10-33)
そむかじと いえはたすけて
たちかえり



「たけみなかた」は、この所(諏訪、長野)に留まって、他の所へは行きません。今後とも背くようなことはいたしませんと言ったので、「たけみかづち」は、「かけみなかた」を許して出雲にたち返りました。

ジョンレノ・ホツマ

10-30~31 「たけみなかた」(「おおなむち」のもう一人の息子)が力較べの相手を探す

10-17 「たけみなかた」(「おおなむち」のもう一人の息子)が力較べの相手を探す(10-30~31)

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またひとり ありといふまに(10-30)
あらわるゝ たけみなかたぞ



「おほなむち」は更に、まだ一人我が子がいますと言うやいなや本人が目の前に現われました。それは「たけみなかた」でした。



ちびきいわ さゝけてたれか(10-31)
わがくにを しのびしのびに
おとさんや いてわがちから
くらへんと


 「たけみなかた」は「ちびき岩」(千人で引くほどの大きい岩)を高々と捧げ上げて、誰が我が国を忍び忍びに陰謀を廻らせて落としめようとしているのか。いざ(前に出て)、堂々と我が力と競べてみろと言い放ちました。

ジョンレノ・ホツマ

10-28~30「ことしろぬし」は、父が国を去るのであれば自分も去ると返答

「ことしろぬし」は、父が国を去るのであれば自分も去ると返答(10-28~30)

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 われすずかにて(10-28)
たらちねに ほろゝなけとも(10-29)
ちのたゐぞ さかなときるも
おろかなり



我が心は「すずか」(鈴明)にて、清く正しく美しくあります。父母にお伝えください。
こと、此処に及んでは、「ほろろ」と鳴いても、(雉がほろろと羽ばたきしながら鳴く、わめき騒ぐことを言っている)私たちは、もはや、「ち」(地、陸地の上)の鯛(釣り上げられた鯛・まな板の上の鯉)も同然です。あがいてもどうしようも出来ないことです。
魚として切られ料理されるのも愚かなことです。


 たかまはたみの(10-29)
ゑみすたゐ ゐとかけまくぞ


「ことしろぬし」は、高天(たかま、宮中)は、民が「えみす鯛」つまり、民が鯛を釣り上げて喜べる姿にこそ存在します。
それは、真におそれ多いことなのです。

釣り糸が掛けられているともとれるし、駆けあうとも取れるし、高天が葦原中国と出雲の二つ存在することは許されないという意味のようです。
統一国家としての土台が崩れると判断された中央の采配を覆すことは出来ないという結論に至ったわけです。


この、「いとかけまく」という言葉が後世の
「長谷寺観音験記」に出ています。
堀河院御宇に、平安京四条西洞院に次郎左衛門尉大江の景宗と云いける者ありけり。いとかけまくもかたじけなく、・・・・
とあり、
現代語訳として、
堀河天皇の御治世に、平安京の四条の西洞院に次郎左衛門尉大江の景宗といった者がいた。まことにおそれ多くももったいなくも、・・・・

とあったので参考にしました。



みことのり わがちゝさらば(10-30)
もろともの かえことなせば


「ことしろぬし」(「おほなむち」の息子、「くしひこ」)が詔をしました。我が父がこの出雲を去るのであれば、私も一緒に国を去ります。この息子の「ことしろぬし」の返事が届けられると父「おほなむち」は、二神(「たけみかづち」と「ふつぬし」)に向かって告げました。

ジョンレノ・ホツマ

10-27~28 「おおなむち」は息子の「くしひこ」に経緯を確認する

10-15 「おおなむち」は息子の「くしひこ」に経緯を確認する(10-27~28)

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おほなむち こたゑとわんと(10-27)
みほさきの つりえきゝすの(10-28)
いなせはぎ


 
「おほなむち」は、宮中から帰国している長男の「くしひこ」(ことしろ主)に、経緯を確認のため返事を聞こうと「みほさき」(三保神社)で、鯛釣りを楽しんでいる所に「いなせはぎ」を急使(きぎす)として走らせました。



 あめのこたえを(10-28)
とふときに ことしろぬしが
ゑみすがほ



使いの「いなせはぎ」が「おほなむち」の言いつけどおり「くしひこ」(ことしろぬし)に天照神の考えが如何なものかを問うたとき、「ことしろぬし」が「えみす顔」(えびす顔)でおっしゃいました。

これが、「えびす様」の語源になったのでしょう。鯛を釣り上げて、えびす顔になっている姿だけからはうかがい知れなかったことが分かります。

ジョンレノ・ホツマ

10-26~27 出雲を糺しに来たと、従うか否かを問う

10-14 出雲を糺しに来たと、従うか否かを問う(10-26~27)

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 いづもきつきに(10-26)
かふつちの つるきをうえて
うつくまり なちりとふなり




二神(「たけみかづち」と「ふつぬし」)は、出雲杵築宮(きつき宮、出雲大社)に着くや、宮の前で「かふづち」(頭椎)の剣を大地に刺して、うずくまり(膝を折り立てて腰を落として座り込む)威圧的に問いただして責めました。



みほこりて あさむくみちを(10-27)
ならさんと われらつかふぞ
そのこゝろ まゝやいなやゝ



 自ら誇って国を欺く行為を「ならさん、均さん」(糺(ただ)し明(あか)さん)と我ら二神は遣わされてやって来た。おぬしの心は従うのか(ままや、儘や)従わないのか(いなや、否や)。

 出雲が繁栄していたため、ひょっとして、宮の造りが、本家以上に立派であったり大きかったことが伺い知れます。

ジョンレノ・ホツマ

10-24~26 「たけみかづち」と「ふつねし」が「かしまだち」(出雲征伐)に向かう 

10-13 「たけみかづち」と「ふつねし」が「かしまだち」(出雲征伐)に向かう (10-24~26)


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このたびは たかみむすびの(10-24)
とみかれを のぞくかどでの
かしまたち



 今般は「たかみむすび」の決断により、驕る出雲の「おほなむち」を征伐しに行く門出のため、「かしまたち」(「か」=右大臣(ここでは「おおなむち」)、「しま」=国、「たつ」=絶つ・断つ)の宴がとり行われました。
「とみかれ」は「とみ」=大臣、「かれ」=枯れる、即ち、役職を剥奪する。
 「かしまたち」とは、今風に言えば、独立採算であった県知事の権限を全て剥奪する。あるいは、国そのものを没収するといった意味合いだと思います。
なお、「かしま」は、後に、漢字化されて「鹿島・鹿嶋」となります。
最初読んだときに、鹿島を出発するのかと思いこんでいました。

 

わにすきまつる(10-24)
かみはかり


宮の境内には主基(すき)の宮を新たに建立し「はにすき」地の神祭りをとり行い神議が始まりました。



 ふつぬしよしと(10-24)
みないえは(10-25



出雲征伐に行くのは「ふつぬし」(香取神宮祭神)が良いと意見が一致いたしました。




 たけみかつちが(10-25)
すゝみいで あにたゞひとり
ふつぬしが まさりてわれは
まさらんや



そのとき、「たけみかづち」(鹿島神宮祭神)が前に進み出て、なぜ、「ふつぬし」一人が勝っているのですか、私は勝ってはおらぬのでしょうか。と申し出ました。



 たかきいさみの(10-25)
みかつちや ふつぬしそえて(10-26)
かしまだち



 高い心意気を持った「たけみかぢち」と「ふつぬし」の二神が出雲征伐「かしまたち」へと向かいました。

ジョンレノ・ホツマ

10-21~23 愛を告白された「たかひこね」は我に帰り、正しい求愛の仕方を歌に詠む

10-12 愛を告白された「たかひこね」は我に帰り、正しい求愛の仕方を歌に詠む(10-21~23)

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このうたに つゝきもしれり(10-21)
たかひこも いかりゆるめて
たちおさめ みとのみやびを
さとさんと こたえのうたに



この歌を詠んで、この続きに何が言いたいのかを知って、「たかひこね」も怒りが緩やかになり、剣も鞘に納めました。
冷静になった「たかひこね」は、男女の正しい求愛方法を教えてあげようと答えの歌を詠みました。



あまさがる ひなづめのいは(10-22)
たゝせとひ しかはかたふち
かたふちに あみはりわたし
めろそしに よしよりこねい
しかはかたふち(10-23)



 天下(あまさ)がる、鄙詰めの意は、唯(ただ)背(せ)問いに来た、ところが、片淵(かたふち)に網を張り渡し、女郎(めろ)良しに由しより来ねい しかわ片淵

田舎者(わたし)がやって来たのは、唯々、親友の喪を訪ねに来たのに、貴女は川の淵にいて、一方的に網を張り渡して、獲物を狙っているような行為は貴女のわがままです。恋愛目的で来たわけでありません。ちゃんと仲人を立てて求愛してください。お姫様、片手落ちですよ。



このうたは のちのゑにしの(10-23)
あふうすの かもゐとむすぶ
ひなふりはこれ


 この恋歌は、後々までも縁結びの先例として、鴨糸(運命の赤い糸)を結ぶ古代歌曲の「雛振り(ひなぶり)」として後世まで伝えられました。

ジョンレノ・ホツマ

10-18~20 「したてるおぐら姫」が「たかひこね」の怒りを解きほぐす歌を詠む

10-11 「したてるおぐら姫」が「たかひこね」の怒りを解きほぐす歌を詠む(10-18~20)

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 むかしなかやま(10-18)
みちひらく かなやまひこの
まこむすめ したてるおくら(10-19)
たかひこの いかりとかんと
みちかうた よみてさとせり



このとき、昔「なかやまみち」(中山道)を切り開いた「かなやまひこ」の孫娘の「したてるおくら姫」が、この「たかひこね」の怒りを解きほぐそうと短い歌(短歌)を詠んで諭そうとしました。



あめなるや おとたなばたの(10-19)
うながせる たまのみすまる(10-20)
みすまるの あなたまはやみ
たにふたわ たらずあちすき
たかひこねぞや



 天(あめ)なるや、乙棚機(おとたなばた)の、促(うなが)せる、珠(たま)の御統(みすまる)、御統(みすまる)の穴珠早(あなたまはや)み、谷双(たにふた)は、足らず「あちすき・たかひこね」ぞや。

 この内容は、

昔、私が「わか姫」の居られた「あめやすかわ宮」で機織りをしていた頃、首飾り(珠(たま)の御統(みすまる))が棚機(たなばた)の音に促されるように、私の胸の谷間を揺れ動いていました。
今また、私の胸の動悸は増々早まり、首飾りが私の胸の谷間を激しく揺れ動いております。
私の心を満たしてくれる「たかひこね」様へ

ジョンレノ・ホツマ

10-15~18 弔問に来た「たかひこね」は死んだ「わかひこ」に瓜二つと間違われ腹を立てる

10-10 弔問に来た「たかひこね」は死んだ「わかひこ」に瓜二つと間違われ腹を立てる(10-15~18)

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 たかてるのあに(10-15)
たかひこね あめにのほりて
もをとえは(10-16)



「たかてる姫」の兄の「たかひこね」が「あめ」に上京して弔問に来ました。



 このかみすがた(10-16)
わかひこに うるりわけゑず
しむのもの きみはいけりと(いけると)
よちかゝり やほたまゆらと
まどふとき(10-17)



「たかひこね」の高貴な光り輝く御姿を見て、死んだ「わかひこ」と瓜二つでありました。
そのため、死んだはずの者がまだ生きていると思い込まれて、とりすがりつかれ、八年間も再会していなかったのに、つい先ほど会っていたかのようで惑ってしまいました。



 いかるあちすき(10-17)
たかひこね ともなれはこそ
おちにとふ  われをなきみに(10-17)
あやまつは あらけがらしや
はらたちと(10-18)



この振る舞いを受けて、「ああちすき・たかひこね」は、怒り、友と思い、遠路(おち)はるばる尋ねて来たのに、私を死んだ弟と見間違うとは何と汚らわしいことかと腹をたてました。




 もやきりふせる(10-18)
あをはかり さげてかんとを
さらんとす



怒った「たかひこね」は青葉刈りの剣で喪屋(本葬まで死体を安置しておく所、遺族が喪中を過ごす所)を斬り伏せて、抜いた剣を引っ提げたまま、神の戸(かんと、葬場の門)を立ち去ろうとしました。

ジョンレノ・ホツマ

10-12~15 「わかひこ」の雁(仮)の喪が行なわれる

10-9 「わかひこ」の雁(仮)の喪が行なわれる(10-12~15)

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 たかてるひめの(10-12)
なくこえの あめにきこえて
たらちねの はやぢにかばね
ひきとりて(10-13


「たかてる姫」(「わかひこ」と結婚した「おほなむち」の娘)の嘆き悲しむ声が「あめ」(あまくにたま)にも聞こえ届き、父母は急いで遺体を引き取りました。



 もやをつくりて(10-13)
かりもかり


喪屋をつくって、仮(雁・鳥の身内に見立てて)の喪(葬儀)をいたしました。
返し矢によって亡くなったので、公然と葬儀が出来なかった背景があるようです。



 おくるかわかり(10-13)
きさりもち


 川雁(かわかり)は「きさらもち」
親族が死者の頭を傾けて弔問客に見せる係り

 

にわとよはきし(にわとりはきし)(10-13)

鶏(にわとり)は「よはきし」
造花を捧げる役



すゝめいゐ(10-14)

雀(すずめ)は「いい」
死者に飯を捧げる役



 はとはものまさ(10-14)

鳩(はと)は「ものまさ」
屍(しかばね)の棺(ひつぎ)を担ぐ役



さゝきみそ(10-14)

鷦鷯(みそさざい、しょうりょう)は「ささきみそ」
「みそさざい」のように美声で泣く少女役



 とびゆふまつり(10-14)

鵄(とび)は「ゆうまつり」
木綿(ゆう)を捧げる祭主役



からすつか(10-15)

烏(からす)は「つか」
屍(しかばね)を埋葬する役



 やひやよいたみ(10-15)
もをつとむ



「わかひこ」は鳥の身内に守られ、八日八夜、悼まれて喪を務めました。

ジョンレノ・ホツマ

10-11~12 「たかみむすび」の咎めの矢(返し矢)が「わかひこ」に命中

10-8 「たかみむすび」の咎めの矢(返し矢)が「わかひこ」に命中(10-11~12)

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 けんけんもなく(10-11)
ちのはゝや たかみむすびは
これをみて


雉(隠密)が「けんけん」と鳴くことも無く(見てきた様子を聞くことも出来ずに)、死んでいったことを、血で染まった羽羽矢を見て「たかみむすび」は知りました。

 

とがむかえしや(10-11)
わかひこが むねにあたりて
うせにしを(10-12)


そこで、「たかみむすび」は咎めの返し矢を放ちました。返し矢は「わかひこ」の胸に命中して、あえなく死んでしまいました。

実際に「たかみむすび」は出雲まで出向いていたは分からないが、配下の者に命じたのでしょう。



 かえしやをそる(10-12)
もとをりや


これが、「返し矢おそるべし」の故事の由来になりました。

「返し矢」は、今風に言えば、「仕返し」、「遣り返し」、「かたき討ち」とか「仇討」になるのでしょうか。
あるいは、悪事に対して、正義に征伐されたという意味合いもあったのでしょうか。 

ジョンレノ・ホツマ

10-10~11 「あめわかひと」が隠密を射った矢は、「たかみむすび」の前に落ち

10-7 「あめわかひと」が隠密を射った矢は、「たかみむすび」の前に落ち(10-10~11)

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 さくめがつげに(10-10)
なもなくて あめをなくやと


物音に気がついた「さくめ」(探女)が不審者を告げ出たところ、「わかひこ」は、名も無いような者が天下の「あめ」を「なく」(批判する)のかと言い放ちました。



わかひこが はゝやをいれは(10-10)
むねとほり とびてたかみの
まえにおち(10-11)



「わかひこ」が「羽羽矢」(出雲に向かう時、「たかみむすび」が賜わったものと思われる)を射ったら、雉(隠密)の胸を通り抜け、遥か遠くまで飛んでゆき、「たかみむすび」の前に落ちました。

出雲で放った矢が延々と葦原中国まで飛んでいくことはなく、隠密が殺されたことをこの様な表現にしたのでしょう。他の使者が、証拠として届けたのだとは思いますが。

ジョンレノ・ホツマ

10-9~10 隠密を派遣、「あめわかひと」の優雅な生活を啼く

10-6 隠密を派遣、「あめわかひと」の優雅な生活を啼く(10-9~10)

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 なゝしのきゞす(10-9)
とひくたす

そこで、隠密(名無しの「きぎす、雉」)を飛ばす決断を下しました。



 あめわかひこが(10-9)
かどのまえ かつらのすえに
しわざみて ほろゝほろゝと
なくをきゝ(10-10)



隠密は、門前の桂の大木の根元で、「あめわかひこ」が、元々の任務を忘れており、優雅な暮らしぶりに変わり果てた姿を見てしまい、つい、「ほろほろ」と鳴いてしまいました。実際には声を立ててしまったことを言っているのでしょう。


ジョンレノ・ホツマ

10-6 出雲へ「あめわかひと」を派遣するが、娘を娶り逆に葦原中国を乗っ取る野心を持つ

10-5 出雲へ「あめわかひと」を派遣するが、娘を娶り逆に葦原中国を乗っ取る野心を持つ(10-6)


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かみはかり つかはすひとは(10-7)
あまくにの あめわかひこと
きわまりて たかみむすびが
かごゆみと はゝやたまひて
むけしむる(10-8)



 再び、「かみはかり」(神議)をして、派遣するひとは「あまくに」の「あめわかひこ」以外にはないと決めました。そして、「たかみむすび」が「かごゆみ」と「ははや」を賜い、出雲へと向けさせました。




 このかみもまた(10-8)
まめならす たかてるひめを
めとりつゝ あしはらくにを
のらんとて やとせふるまて
かえらねは(10-9)



しかし、今度こそと思い派遣した「かみ」(あめわかひこ)も、任務に忠実でなく、こともあろうに、「おほなむち」の娘「たかてる姫」を娶ってしまい、挙句の果てに、派遣元であった葦原中国を乗っ取ろうと野心を持ち、八年経っても帰って来ませんでした。


ジョンレノ・ホツマ

10-6 息子の「おおせいい・みくまの」を派遣するも、父の言いなり

10-4 息子の「おおせいい・みくまの」を派遣するも、父の言いなり(10-6)

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おゝせいゝ みくまのやれば(ど)(10-6)
ちゝがまゝ かえらねはまた



よって、「おおせいい・みくまの」を派遣しました。「おおせいい・みくまの」は「ほひのみこと」の息子。
しかしながら、息子も父の言いなりになって、帰ってきませんでした。

ジョンレノ・ホツマ

10-4~6 出雲を糺すため「ほひのみこと」を派遣するが3年経っても戻らず

10-3 出雲を糺すため「ほひのみこと」を派遣するが3年経っても戻らず(10-4~6)

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「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています





 たかみむすびの(10-4)
かみはかり いづもたゝすは(10-5)
たれよけん ほひのみことゝ
みないえは ほひのみことに
むけしむる


 さて、「よこべ」(検察官)の報告を受けて、「七代目たかみむすび」は、新しくなった今宮で「かみはかり」(神議)をとり行いれました。出雲を糺(ただ)すのは誰が良いかと問いかけたら全員一致で「ほひのみこと」が良いと言い、「ほひのみこと」を派遣することに決めました。
 


「ほひのみこと」(あめのほひ)は、「天照神」と、すけ妃「もちこ」との間に生まれた子供、実名「たなひと」、尚「もちこ」は、「いさなぎ」の兄弟の「くらきね」の娘になります。




 しかれとほひは(10-5)
くにかみに へつらいこびて(10-6)
みとせまて かえことあらて




「ほひ」(ほひのみこと)は出雲の国神にへつらい媚びて(機嫌を取ることに終始)しまい、三年経っても復命しませんでした。

居心地が良く、本国(葦原中国)より、目を見張る豊かな日本海文化が開かれていたと思われます。

ジョンレノ・ホツマ

(10-3~4 「おもいかね」亡き後、「たかぎね」が後を継ぐ

10-2 「おもいかね」亡き後、「たかぎね」が後を継ぐ(10-3~4)


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「ほつまつたえ」の文字の例です
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 さきにみこもり(10-3)
おもいかね しなのいなほら
あちのかみ(10-4)


これより以前の話になります。
「おもいかね」(天照神の「かがみ臣」、左大臣、春日神、実名あちひこ)は妻「したてる姫」(天照神のお姉さん)と「やすかわ宮」(滋賀県野洲川)で「おしほみみ」(天照神と「むかつ姫」との子供、地神2代になる)の「みこもり」(御皇子守)役をしていました。その「おもいかね」が亡くなり、死後は信濃の「いなほら」(伊那洞)に「あちの神」として葬られました。



 よりてなゝよの(10-4)
うなめこと たかぎねやすの
いまみやに たがわかみやの
かふのとの



 この事情があって、七代目継承の「うなめこと」(大行事)がとり行われ「たかぎね」は「野洲川」の今宮に新居を建て「おもいかね」の後を引き継ぎました。
 そして、「たかぎね」は多賀若宮(おしほみみ)の「かふのとの」(御守護殿)に就任しました。

この後の語句から「たかきね」(たかぎね・たかぎ)は「七代目たかみむすび」ということが分かってきます。

ジョンレノ・ホツマ
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