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11-9~10 寿ぎを取り交わした「かすがまろ」と「しまずうし」が出会った所を「行き来の丘」と名付けられる

11-9 寿ぎを取り交わした「かすがまろ」と「しまずうし」が出会った所を「行き来の丘」と名付けられる(11-9~10)


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「ほつまつたえ」の文字の例です
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 かたまをすえて(11-9)
まつのかげ しまつはこまを
のりはなち ことほぎおゑて
にしひがし



先に着いた「かすがまろ」は、「かたま」(堅間、目を細く編んだ竹かご)を松の木の陰に置いて待っていました。「まつ」は「松の木」と「待つ」の掛け言葉のようです。
後に着いた「しまずうし」は、駒(うま)から飛び降りて、共に婚儀の「ことほぎ」(寿ぎ)を取り交わして、直ちに、西へ東へと、もと来た道へと戻り去りました。



 ゆきがひさかの(11-9)
なにのこる あきかえるとき(11-10)
またあえば ゆききのおかの
なこそゑる



 この二人が寿ぎを交換するために出会った場所を、「行き交い坂」として地名が残りました。
秋に、使者が帰るときに、同じ所で再び出会ったので、「行き来の丘」という名前も残りました。

「なこそ」(勿来)の由来は、今までの古代史には、「蝦夷」に対して、これから先に入って来てはならないという関所後というのが通説のようです。しかし、このホツマツタヱの出てくる「なこそ得る」の「なこそ」という言葉と、この後(11-12)に出てくる「なこそもがなに」の「なこそ」が本来の意味であったと考えますが如何でしょうか。

ジョンレノ・ホツマ
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11-8~9 婚礼の儀の使いが「おばしり」(富士山の裾野)に向かう

11-8 婚礼の儀の使いが「おばしり」(富士山の裾野)に向かう(11-8~9)

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 のぼるほづまの(11-8)
おはしりの さかにゆきあふ


「しまずうし」が鹿島立ちして、「ほつま国」の「おばしり」(富士山の裾野)に一路向かいました。



おしかどは みうちにはべる(11-8)
かすがまろ(11-9)



一方、天上からの勅使(おしかど)は宮中(みうち)に侍(はべ)る「かすがまろ」(春日大社祭神、天児屋根・あめのこやね)が、「おばしり」の行き逢う坂を目指しました。

ジョンレノ・ホツマ

11-7~8 「たくはたちち姫」を妃に「おしほみみ」の婚礼が整う

11-7 「たくはたちち姫」を妃に「おしほみみ」の婚礼が整う(11-7~8)

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 かうのたくはた(11-7)
ちちひめと そふのつほねも
そなわれは みうちのいわひ
とゝのいて



「かうのとの」(御守殿、たかきね)の娘の「たくはたちち姫」実名「すずか姫」を正式な妃にし、十二名の局達も備わり、宮中の祝(婚儀)の用意も出来ました。

 かみにみつげの(11-7)
かんつかひ かるきみのこの(11-8)
しまつうし



 天照神に婚礼の儀を報告する使い(神使い)として、「かるきみ」(つがる、津軽)の君の子の「しまずうし」が旅立ちました。

「かるきみ」というのは、「おおなむち」の後の名前だと考えられます。多分、この後でてくるのだとは思いますが。

ジョンレノ・ホツマ

11-6~7 「おしほみみ」は多賀の都(滋賀)を遷都しました

11-6 「おしほみみ」は多賀の都(滋賀)を遷都しました(11-6~7)

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きみはこぞ つぼをしたひて(11-6)
みゆきなる たがのみやこを
ひきうつし(11-7)


君(おしほみみ、天照神の息子)は昨年、「つぼ」(けたつぼ:天照神の旧跡)を慕いて御幸しました。そして、多賀の都(滋賀県)を宮城県多賀城市に引き移しました(遷都しました)。

ジョンレノ・ホツマ

11-5~6 「おば」が神上がり、「おしほみみ」は「かうのとの」で政務を執ることになる

11-5 「おば」(わか姫)が神上がり、「おしほみみ」は「かうのとの」で政務を執ることになる(11-5~6)

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 おばさりませは(11-5)

養育していた「おば」(わか姫、おもいかね夫妻)も神上がってしまいました。



かうのとの まつりとるゆえ(11-6)

君「おしほみみ」は「かうのとの」(御守殿)として、政務を執ることになりました。



よろまろと ひたかみのかみ(11-6)

そして「よろまろ」とともに「ひたかみ」の神として政務をとることになりました。


ジョンレノ・ホツマ

11-5 「おしほみみ」は身体が弱く禊ぎもほとんどされず

11-4 「おしほみみ」は身体が弱く禊ぎもほとんどされず(11-5)

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 きみはよわくて(11-5)
みそぎまれ


しかしながら、「きみ」(おしほみみ)は身体が弱かったので、禊(みそぎ)も稀にしか(ほとんど)出来ませんでした。

ジョンレノ・ホツマ

11-5 「よろまろ」が一人「おしほみみ」皇子のそばにおられた

11-3 「よろまろ」が一人「おしほみみ」皇子のそばにおられた(11-5)


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 よろまろひとり(11-5)
そばにあり


「よろまろ」(万麿、八代目「たかみむすび」=「たかぎ」)が、唯一の学友として「おしほみみ」皇子のお側におられました。

参考:天照神の時の学友は「ふりまろ」です。

ジョンレノ・ホツマ

11-4~5 「おしほみみ」は親元を離れ「おもいかね」と「わかひめ」に育てられる

11-2 「おしほみみ」は親元を離れ「おもいかね」と「わかひめ」に育てられる(11-4~5)

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 たがわかみやに(11-4)
ひたします



「おしほみみ」は親元を離れ、多賀若宮(「いさなぎ」の元、滋賀県の多賀)で育てられました。



 ひたるのときに(11-4)
おもいかね わかひめともに(11-5)
もりそたつ



「いさなぎ」が臨終した後、「おもいかね」と「わか姫」(したてる姫、天照神のお姉さん)の御夫婦が共に「おしほみみ」をお守りして育て上げました。

ジョンレノ・ホツマ

11-1~4 天照神の世継皇子は「おしほみみ」皇子です・みくさゆつりもうけのあや(三種神器謙り受けの綾)

ホツマツタヱ 11綾

みくさゆつりもうけのあや

三種神器謙り受けの綾

11-1 天照神の世継皇子は「おしほみみ」皇子です(11-1~4)


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ふそゐすゝ もゝゑそひほに(11-1)

時は二十五すず歴百枝の年十一穂のことです。



ひたかみの みくらのあとに(11-1)
またみやこ うつしてなつく
たかのこふ(11-2)



日高見の御倉の跡に新たに都を移して「たがのこふ」(多賀の国府)と名付けられました。



 つほわかみやの(11-2)
とのしまも  たかやいらかも(11-2)
ふつくなり



そして、この多賀の国府の壷若宮の「とのしま」(「おしほみみ」の国、領地)の宮殿の「たか」や「いらか」(甍)も葺き上がり整いました。
ふづく=物事を整えること



 うらのよきひに(11-2)
わたましの



そして、占い(ふとまに)で、良い日に「わだまし」(転居や新築の祝い)をいたしました。



 きみはあまてる(11-2)
よつぎみは はゝはひのまえ(11-3)
むかつひめ いむなほのごの



この君は天照神の世継皇子で、母は「ひのまえむかつ姫」(日前向津姫)で実名を「ほのこ」(穂の子)と言いました。なお、またの名を「せおりつ姫」とも言います。



うぶみやは ふぢをかみゝの(11-3)
おしほゐに 


この母、「ほのご」の出産のための「産屋」は藤岡山(現、伊勢神宮内)のふもとの「おしほい」(忍穂井)現、上御井神社、下御井神社)の淵(みみ)につくられました。



あれますみこの(11-3)
ちにむせぶ むつきしめして(11-4)
おしひとの おしほみみとぞ
きこしめし


誕生された皇子は、勢いよく乳を飲んでは噎(む)せんではしょっちゅう産着(むつき=おしめ、おむつ、産着)を濡らしてしまい、実名「おしひと」と言って「おしほみみ」という名前を広く知らせました。

ジョンレノ・ホツマ

ホツマツタヱ 10綾目次 鹿島立ち、釣り鯛の綾

ホツマツタヱ 10綾

かしまだち。つりだいのあや  (鹿島立ち、釣り鯛の綾)




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10-1 出雲は国が豊かになり、道理が隠れる(10-1~3)
10-2 「おもいかね」亡き後、「たかぎね」が後を継ぐ(10-3~4)
10-3 出雲を糺すため「ほひのみこと」を派遣するが3年経っても戻らず(10-4~6)
10-4 息子の「おおせいい・みくまの」を派遣するも、父の言いなり(10-6)
10-5 出雲へ「あめわかひと」を派遣するが、娘を娶り逆に葦原中国を乗っ取る野心を持つ(10-6)

10-6 隠密を派遣、「あめわかひと」の優雅な生活を啼く(10-9~10)
10-7 「あめわかひと」が隠密を射った矢は、「たかみむすび」の前に落ち(10-10~11)
10-8 「たかみむすび」の咎めの矢(返し矢)が「わかひこ」に命中(10-11~12)
10-9 「わかひこ」の雁(仮)の喪が行なわれる(10-12~15)
10-10 弔問に来た「たかひこね」は死んだ「わかひこ」に瓜二つと間違われ腹を立てる(10-15~18)

10-11 「したてるおぐら姫」が「たかひこね」の怒りを解きほぐす歌を詠む(10-18~20)
10-12 愛を告白された「たかひこね」は我に帰り、正しい求愛の仕方を歌に詠む(10-21~23)
10-13 「たけみかづち」と「ふつねし」が「かしまだち」(出雲征伐)に向かう (10-24~26)
10-14 出雲を糺しに来たと、従うか否かを問う(10-26~27)
10-15 「おおなむち」は息子の「くしひこ」に経緯を確認する(10-27~28)

10-16 「ことしろぬし」は、父が国を去るのであれば自分も去ると返答(10-28~30)
10-17 「たけみなかた」(「おおなむち」のもう一人の息子)が力較べの相手を探す(10-30~31)
10-18 「たけみなかた」は「たけみかづち」の怪力を見て諏訪まで逃げ全面降伏(10-31~33)
10-19 「おおなむち」は全面降伏し、「くさなぎ」の矛を置いて出雲を去る(10-33~35)
10-20 「たけみかづち」と「ふつぬし」は「かしまたち」に成功し「こふのとり」が詔り(10-35~37)

10-21 「たかみむすび」は「おおなむち」に津軽の「あかる宮」を賜う(10-37~39)
10-22 「おおなむち」は津軽の「あかる宮」を建立し、後に「つかる・うもと」の神となる(10-39~40)
10-23 「ほひのみこと」を元の杵築宮の初代祭司に定める(10-40~41)
10-24 「たかみむすび」は娘の「みほつ姫」を「くしひこ」の妻に勧める(10-41~42)
10-25 「くしひこ」は「よろぎ宮」を賜わり、千以上もの薬草の効用を正す(10-42~43)

10-26 「くしひこ」は世継ぎに「よろぎまろ」を授かる(10-43)
10-27 「よろぎまろ」(みほひこ)は二人の妻を娶り、「いくたまより姫」は十八人の男の子を生み、「しらたま姫」は十八人の姫を生む(10-43~44)
10-28 「みほひこ」は「こもり神」を賜い三代目「おおものぬし」に(10-45~46)
10-29 「みほひこ」の皇子たち(10-46~48)
10-30 「みほひこ」の姫(娘)たち(10-48~51)

10-31 「かって神」が世継ぎを得る歌(10-51~53)


ジョンレノ・ホツマ

10-51~53 「かって神」が世継ぎを得る歌

10-31 「かって神」が世継ぎを得る歌(10-51~53)

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かつてかみよつぎゑるうた(10-51)

 「かって」神が世継ぎを得た歌になります。



かつらきの ひとことぬしが(10-51)
すゑつみが やすたまとうむ(10-52)
かつきまろ ゐみなやすひこ


 
葛城山の「ひとことぬし」(一言主神)が、「すえつみ」(隅祇)の娘「やすたま姫」を娶ります。生まれた子供の名前は「かつきまろ」と言い、実名「やすひこ」と言います。



みほひこと こゝとむすびの(10-52)
つたゑうけ



「やすひこ」は「みほひこ」(子守神・右大臣)の位と、「こことむすび」(春日殿・左大臣)の家伝の「あめなるみち」(天成道)を授かりました。

 


みうちにおれば(10-52)
おおんかみ おしてたまわる(10-53)
かつてかみ




更に「やすひこ」は、後に、「いさわ」の「おおうち宮」に仕えている時、天照神から「かって神」(勝手神)の「おしで」(神璽)を賜わりました。



 これもよつぎの(10-53)
うたのみちかな



 これも世嗣ぎの歌の道です。

10綾完

ジョンレノ・ホツマ

10-48~51 「みほひこ」の姫(娘)たち

10-30 「みほひこ」の姫(娘)たち(10-48~51)

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 ひひめはもとめ(10-48)
たまねひめ いそよりひめに(10-49)


一姫の長女は「もと姫」
次女は「たま姫」
三女は「いそより姫」に



ぬれのひめ みはをるひめや(10-49)
すせりひめ みたらしひめに



四女は「ぬれの姫」
五女は「みはおる姫」
六女は「すせり姫」
七女は「みたらし姫」に




やゑこひめ こゆるきひめに(10-49)
しもとひめ みちつるひめや(10-50)



八女は「やえこ姫」
九女「こゆるき姫」に
十女は「しもと姫」
十一女「みちつる姫」や 




はもみひめ むめちるひめに(10-50)
あさひめや はさくらひめと




十二女は「はもみ姫」
十三女「むめちる姫」に
十四女「あさ姫」や
十五女「はさくら姫」と




わかねひめ あわなりひめと(10-50)
とよりひめ すへみそむかみ(10-51)
こたからぞこれ




十六女は「わかね姫」
十七女「あわなり姫」と
十八女は「とより姫」
都合全て合わせて、三十六神になりました。
まさに、子宝とはこのことです。


ジョンレノ・ホツマ

10-46~48 「みほひこ」の皇子たち

10-29 「みほひこ」の皇子たち(10-46~48)

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みよものぬしみこのなうた(10-46)

 三代目「おおものぬし」(みほひこ)の皇子の名前を歌にしました。


こもりこの あにはかんたち(10-46)
つぎつみは よしのみこもり


「こもり神」の子の
長男は「かんたち(神立)命」
次男は「つみは命」
三男は「よしのみ命(こもり)」



よつはよて つきはちはやひ(10-47)
こせつひこ なゝはならひこ


四男は「よて命)」
五男は「ちはやひ命」
六男は「こせつ彦命」
七男は「なら彦命」



やさかひこ こゝはたけふつ(10-47)
そはちしろ そひはみのしま


八男は「やさか彦命」
九男は「たけふつ命」
十男は「ちしろ命」
十一男は「みのしま命」



そふをゝた つぎはいわくら(10-48)
うだみわけ つきのみこもり


十二男は「おおた命」
十三男は「いわくら命」
十四男は「うだみわけ命」
十五男は「つきのみこもり命」



そむさぎす つぎはくわうち(10-48)
おとまろぞ


十六男は「さぎす命」
十七男は「くわうち命」
十八男は「おとまろ命」
以上です。


ジョンレノ・ホツマ

10-45~46 「みほひこ」は「こもり神」を賜い三代目「おおものぬし」に

10-28 「みほひこ」は「こもり神」を賜い三代目「おおものぬし」に(10-45~46)


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みことのり たまふおしでは(10-45)
こもりかみ


天照神は詔をしました。「みほひこ」の子どもを守り育て上げた優れた行ないに「こもり神」の「おしで」を賜わりました。

よって、「くしひこ」=二代目「おおものぬし」
「みほひこ」(よろぎまろ)=三代目「おおものぬし」=「こもり神」
初代「おおものぬし」は「おほなむち」となります。



 せみのをかわに(10-45)
みそぎして ちのわにたゝす



「こもり神」は毎年、蝉の鳴く頃(せみなつき、みなつき)に、川で禊ぎをして、茅の輪くぐりをして身をただしました。



みなつきや たみながらふる(10-45)
はらいなりけり(10-46



水無月に禊ぎして茅の輪くぐりによって、民の長生きを願うためのお祓いをするようになりました。

ジョンレノ・ホツマ

10-43~44 「よろぎまろ」(みほひこ)は二人の妻を娶り、「いくたまより姫」は十八人の男の子を生み、「しらたま姫」は十八人の姫を生む

10-27 「よろぎまろ」(みほひこ)は二人の妻を娶り、「いくたまより姫」は十八人の男の子を生み、「しらたま姫」は十八人の姫を生む(10-43~44)

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 みほひこのつま(10-43)
すゑつみが いくたまよりめ(10-44)
そやこうむ



ここで、幼名「よろぎまろ」は実名「みほひこ」に名付けられます。さて、成人した「みほひこ」が二人の妻を娶ります。
一人目の妻は「すえつみ」の娘「いくたまより姫」で十八人の子どもを生みました。



 こしあちはせの(10-44)
しらたまめ そやのひめうむ
みそむたり ゆだねひたせは


そして、二人目の妻は「こしあちはせ」の娘「しらたま姫」で十八人の姫を生みました。
総勢三十六人もの子持ちになりました。天から委ねられた賜物として大切に育て上げました。

ジョンレノ・ホツマ

10-43 「くしひこ」は世継ぎに「よろぎまろ」を授かる

10-26 「くしひこ」は世継ぎに「よろぎまろ」を授かる(10-43)

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 よつぎはひとり(10-43)
よろぎまろ


「くしひこ」は、(妻、「みほつ姫」との間に)世継ぎを一人「よろぎまろ」を授かりました。

このあと、「よろぎまろ」の二人の妻はそれぞれ十八人もの子供に恵まれます。そのことを強調するために「くしひこ」の世継がたった一人であったことを言っているようです。

ジョンレノ・ホツマ

10-42~43 「くしひこ」は「よろぎ宮」を賜わり、千以上もの薬草の効用を正す

10-25 「くしひこ」は「よろぎ宮」を賜わり、千以上もの薬草の効用を正す(10-42~43)

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 たまふよろぎは(10-42)
なめことの ちくさよろぎの
なをたゞす(10-43)



このとき、「ものぬし・くしひこ」(ことしろぬし)が「よろぎ宮」を賜わり、殆ど全ての草や木(千種類もの草々、一万本に及ぶ木々)について、自分が実際に舐めて服用して毒見をして、名前と効用を正しました。

嘗薬師(なめくすし)という言葉があるそうです。
貴人に薬をすすめる時などに、まず自分が服用して毒見をすること。また、その人。



 このみやしれは(10-43)
よゝのため やめるをいやす
みちをわけ



この「よろぎ宮」の教えを知れば、代々にわたって病いの人々を癒す方法を知るでしょう。

ジョンレノ・ホツマ

10-41~42 「たかみむすび」は娘の「みほつ姫」を「くしひこ」の妻に勧める

10-24 「たかみむすび」は娘の「みほつ姫」を「くしひこ」の妻に勧める(10-41~42)

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 たかみむすびの(10-41)
おおんこと なんぢものぬし
くしひこよ くにつめとらば
うとからん



ここで「たかみむすび」から、「おほなむち」の息子の「くしひこ」にお言葉がありました。
汝、「ものぬし・くしひこ」よ、お国の女性を娶るようであれば国政に疎くなるであろう。
「くしひこ」が二代目「おおものぬし」であることがわかります。




 わがみほつひめ(10-41)
つまとして やそよろかみを(10-42)
つかさとり みまごをまもり
たてまつれ



 そこで、我が娘の「みほつ姫」を妻にしなさい。そして八十万神を司り、御孫(ににきね、天照神の孫)を守護して奉りなさい。


ジョンレノ・ホツマ

10-40~41 「ほひのみこと」を元の杵築宮の初代祭司に定める

10-23 「ほひのみこと」を元の杵築宮の初代祭司に定める(10-40~41)

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 ほひのみことを(10-40)
もとまつり(10-41)


 天照神は「ほひの命」を元の杵築宮の初代祭司に定めて久しく祭らせました。

すなわち、「ほひの命」は、初代の出雲大社を治めることになります。

「ほひの命」とは、天照神と十二妃の一人「ますひめもちこ」(北のすけ妃、「いさなぎ」の弟の「くらきね」の娘)との間に生まれた子ども。「あめのほひ」と言い、実名「たなひと」から「たなきね」と呼ばれます。

天照神にとっては最初の皇子であるにも関わらず、日嗣ぎ皇子は、後から「せおりつ姫」が生んだ「おしほみみ」実名「おしひと」になります。

「棚上げ」という言葉の語源がこの「たなひと」・「たなきね」から出ている思われると高畠氏が話されていました。日嗣皇子と思われていた皇子が、後に生まれてきた皇子が日嗣皇子になってしまい、「棚上げ」されてしまったという意味合いにピッタリします。

ジョンレノ・ホツマ

10-39~40 「おおなむち」は津軽の「あかる宮」を建立し、後に「つかる・うもと」の神となる

10-22 「おおなむち」は津軽の「あかる宮」を建立し、後に「つかる・うもと」の神となる(10-39~40)
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おほなむち あかるあそへの(10-39)
うもとみや つくるちひろの
かけはしや もゝやそぬゐの(10-40)
しらたてに うつしくにだま
おほなむち つかるうもとの
かみとなる



「おほなむち」は「あかる・あそへ宮」の「うもと宮」(天日隅・阿曽部岳の大元宮)の建立を進めました。壮大な宮はかけ橋の長さが千尋(ひろ)もあり、百八十もの「ぬい」のある白楯が備わり「うつくしたま」(顕国玉神)と称えられました。そして、「おほなむち」は「つかる・うもとの神」(東日隅第元神)となり、神上がりました。


推理小説家、松本清張氏の「砂の器」の中に、事件を解明していく中で、出雲の一部分だけが東北と同じ方言であるということを発見しています。
挿絵として添付されている東条操編「日本方言地図」音韻分布図(金田一春彦作図)を見ると、まさに、「おおなむち」一行が津軽へ渡り、そこから東北一帯に広まったことが伺えます。

9綾―39にもあったように、この地に来ても、病めるものを癒し、薬草の栽培などし、鳥や獣が田畑を荒らすことを防ぎ、「ほおむし」(イナゴ)を払(虫払い)って、稲を稔らせて民の糧を守り豊かにしたのでしょう。

群馬県の伊香保神社、赤城神社や栃木県の日光二荒山神社始め「おおなむち」が御祭神になっている神社が東北に多くあるのもこれらの事を示しているように思えます。


ジョンレノ・ホツマ
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