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ミカサフミ(神戴山書紀)第六綾 神敕成高天原紋 たかまなるあや

こんにちは
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初期からの内容です。
「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています


追加の目次です。
目次
魏志倭人伝の卑弥呼(ひみこ)とはいったい誰だったのでしょう?
邪馬台国はどこだったのでしょうか。
古代遺跡・ホツマツタヱ・ミカサフミから宇宙・太陽・月・地球を読み解く



ミカサフミ(神戴山書紀)第六綾
神敕成高天原紋
たかまなるあや

ホツマツタヱ・ミカサフミは、5・7調の「うた」でできています。
区切りなく、延々と続いています。内容ごとに
小分けして、それぞれに目次をつけてみました。
大まかな内容がつかめたらと思います。
(M6-XX)は、「第六綾 神敕成高天原紋
たかまなるあや」のページになります。


目次
1.「たかま」とは「ゆきの宮」と「すきとの」を祀るところ
2.天照神は「たまきね」から聞いた「宇宙誕生の話」を
3.「あもと神」に、天空から地上まで届く御柱が
4.(あわ)は天(あめ)に、(うび)は「くにのたま」(地球)に
5.「おせ」の中心は太陽、「め」は月に
6.「あもと」神が現れ、「うつろ」、「しなと」が「わ」(地球)を巡り海が。
7.太陽が生んだ空は動いて風が生まれ、風・火に。土も水と埴に。
8.この5つを作られた神人は「ア・ウ・ワ」と現れ「あめのみなかぬし」に。地上に万の子供を生みました
9.兄「エトノコ」は淡海を満たし、弟「トノミコ」は「ハラノミヤ」で、交代して世を継ぎました。
10.「ミナカヌシ」も「ヱヒタメ トホカミ」も「アメトコタチ」神となりました
11.十一神(「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」も天上に帰る
12.太陽・月の大きさ
13.太陽は赤黄(あかき)道・月は潮の道を通る
14.地球の大きさ・外周は365トメヂ
15.太陽・月と星(惑星と恒星)を比べる
16.北極星は善し悪しを示す
17.太陽は365日ごとに少し遅れ、立春に元に戻る。
18.月は遅れて廻り、太陽に再び会う日を朔日(ついたち)という
19.天空は大きな胞衣、外周は百万トメヂ、星までは15万8千トメヂ
20.天の胞衣の八隅には八色のニギテが守ります
21.アナレ神は声を、ミソフ神は容貌をつくります。
22.全身に伝えられる血管・神経が張めぐされ、頭ができ、人が生まれ、魂と五臓六腑も備わります。
23.五臓六腑をつかさどる神は、十四経を備えます。
24.アメノミオヤ(天御祖神)は八百万トメヂの柱から光を放ち息を運びます。
25.息は休みなく響き、糸を吐く蚕の息がさざ波のようです
26.「トメヂ」とは、「里38」なり
27.天御祖神の季節の息から「サギリ」(清い霧)が立ち込める
28.「サギリ」をヱに譲り太陽が、トに譲り冬が、季節が移り替わる
29.太陽の日指しを「ア」のサギリ、月明かりを「ハ」のサギリ
30.天の神「あめのみなかぬし」は、日・月の通る道を地球に譲ります
31.美しい国と名付けられ、「アの道」「ハの道」も、葦が生い茂りました
32.四十九の神(モトツ神)は、天上に帰り、元の高天原に
33.神を祀っている「は」(地上)も高天原
34.「コ・キミ」(九神・ミオヤ神とトホカミエヒタメの八神)、「モ・ミコト」(百の命・尊)、「ミチヒコ」(三千の彦神)も慎んで敬いました






1. 「たかま」とは「ゆきの宮」と「すきとの」を祀るところ

やまくいの たかまおこえば(M6-1)
くさなぎて こほしおまつる
ゆきのみや あめとこたちと


「やまくい」(山咋)が「たかま」(高天原)について教えを請いました。
「たかま」についてのお話がなされました。
神を祭るため、草を薙ぎ、きれいに整地して、「コホシ」九星を祀るための「ゆきの宮」(悠紀殿)という宮を用意します。

 「コホシ」九星とは、天の神「あめのみなかぬし」(アメミオヤ神)と、「クニサツチ:ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八神の九星の神(こほし)と言い、「あめとこたち」(天常立神)の神と呼びます


すきとのに うましあしがい(M6-2)
ひこちかみ あわせまつれば
なもたかま


もう一方の「すきとの」(主基殿・地の神)宮という宮も用意します。ここには、「ウマシアシガイヒコチ神」を祀ります。

 「ゆきのみや」(悠紀殿)で天の神を、「すきとの」(主基殿)で地の神を祀る場所を合わせて「たかま」と言います。


2. 天照神は「たまきね」から聞いた「宇宙誕生の話」を

 もろあつまりて(M6-2)
ゆえこえば きみさほひこに
みことのり (M6-3)


「たかま」に諸神が集まって、「たかま」の謂われを尋ねました。君(天照神)が「さほひこ」に詔をしました。
 
これたまきねに(M6-3)
われきくは あめつちいまた
ならざるに あめのみをやの
なすいきは きわなくうごく


天照神は「さほひこ」にみことのりしました。
このことについて、私が「タマキネ」(タカミムスビ5代・豊受神)に聞いた話では、天地(あめつち)が、未だできていない大昔のことです。
宇宙全体を支配している「あめのみおや神」の吹く息は限りなく動いていました。

3. 「あもと神」に、天空から地上まで届く御柱が

あもとかみ みつにあふらの(M6-4)
うかむさま めくるうつほの
そのなかに あめつちとゝく
みはしらを


「あもと神」・「天元神・天上の神」(と・ほ・か・み・ゑ・ひ・た・め、の八神)は、水の上に油が浮かんでいるようです。
「あもと神」=大宇宙の初元
大きく廻っている「うつほ」(天空)の中に、天空から地上までつながり届く御柱(みはしら)が現れました。

4. (あわ)は天(あめ)に、(うび)は「くにのたま」(地球)に

 めくりわかるゝ(M6-4)
あわうびの あわはきよくて(M6-5)
むねをかみ うびはにごりて
みなめかみ


天から地まで届くこの御柱(みはしら)が廻り、近づいたり(めぐり)、遠ざかったり(わかるる)しながら、「あわうび」が、ぐるぐると動き始めました。
 「あわうび」の「あわ」は清くて、宗男神(宗・中心)になりました。
 「うび」(混沌)は濁って皆(源)は女神になりました。

 をはかろきよく(M6-5)
あめとなり めはおもりこる
くにのたま(M6-6)

 「を」(あわ・男神)は軽く、清く天(あめ)となりました。
「め」(うび・女神)は重く、固り、「くにのたま」(地球)になりました。

5. 「おせ」の中心は太陽、「め」は月に

 「す」をせのむねは(M6-6)  
ひのわなる 「す」めのみなもと
つきとなる


 「すおせ」の中心は「ひのわ」(太陽)になります。
「す(う)」は「大きい」・「陽」、「せ」は「背中・背後・勢い」の意味合いとみて、太陽を示しています。
 「す(う)め」(陰・女)の源(元の意)は、「月」となります。
「す」は、「す」ともとれるし「う」ともとれる特別の意味合いを持っているように思えます。
ス・ウ?


6.「あもと」神が現れ、「うつろ」、「しなと」が「わ」(地球)を巡り海が。

 あもとあらわれ(M6-6)
うみてのる うつろしなとに
わおめくり ありさまなせば(M6-7)
つきのみつ うみとたたえて


「あもと」神「天元神・天上の神」(と・ほ・か・み・ゑ・ひ・た・め、の八神)=(宇宙の中心)が現れ、「うつろ」(空の神)、「しなと」(風の神)が現れ、「わ」(地球)を取り囲み巡るようになります。
そうすると、月の水が海に湛えられました。(満たされました)。

7. 太陽が生んだ空は動いて風が生まれ、風・火に。土も水と埴に。

ひにうめる うつほうこきて(M6-7)
かぜとなる かぜほとなれば
つちもまた みづはにとなる(M6-8)
このゐつゝ まじわりなれる


「ひのわ」(日の輪・太陽)が生んだ「うつほ」(空)は、動いて風が生まれます。風は、風と火(炎・ほ)にわかれます。
土も同じように、水と埴(土・はに)に分かれます。
この5つ(空、風、火、水、埴)は交わり、繋がり5元素となります。
母音の「あ・い・う・え・お」になりました。

8. この5つを作られた神人は「ア・ウ・ワ」と現れ「あめのみなかぬし」に。地上に万の子供を生みました

かんひとは あうわあらわる(M6-8)
みなかぬし くにたまやもに
よろこうみ(M6-9)


この、5つ(空、風、火、水、埴)を作られた神人が、「ア・ウ・ワ」(「ア」(天・陽・男)「ウ」(動く・生む・初(ウィ)の一息)「ワ」(地・陰・女))として現れた天の神「あめのみなかぬし」「アメミオヤ神」になります。
この神人は、この地球の上に万という子供(喜ばしい子供たち)を生みました。

9. 兄「エトノコ」は淡海を満たし、弟「トノミコ」は「ハラノミヤ」で、交代して世を継ぎました。 

 はつにをうみの(M6-9)
ゑとのこの ゑみこあにつぎ
をうみたす おとみこのすむ
としたくに これいまはらの
みやのなも としたといゝて(M-10)

 最初に生まれたのは、淡海(おうみ・近江・琵琶湖)の「エトノコ」(エノクニサツチ)で兄皇子で天に嗣ぎ、淡海を満たしました。
弟の皇子・トノミコ(トノクニサツチ)は「トシタ」国という国に住みました。これは、今の「ハラノミヤ」(蓬莱宮・酒折宮・富士山山麓)を「トシタ」と言いました。
「ゑ」=兄 「と」=弟「ト」に従う、「ト」の下、登(と)。ふもと

よゝのなの もゝはかりのち(M6-10)
とのみこと ゑにうけをさむ
それよりぞ かわるかわりに


 代々にわたって、何回も何回も考え合わせて判断し見はからったのち、「ト」の皇子が、「ヱ」(兄皇子)に引き継ぐことを決めやっと治まりました。
それ以降、弟の皇子・トノミコ(トノクニサツチ)と、兄のエノクニサツチは、世をかわるがわるに交代して継ぐようになりました。

「ももはかり」⇒「もも」=百」・「はかり」=神はかり・はかること・はかりごとの語源

10. 「ミナカヌシ」も「ヱヒタメ トホカミ」も「アメトコタチ」神となりました

よおつぎて あめにかえれば(M6-11)
みなかぬし およびゑひため
とほかみも あめにくだりて
ほしとなす あめとこたちの
かみはこれ(M6-12)


 代々世を交代しながら継ぎながら、皆、天に帰りました。
「ミナカヌシ」も「ヱヒタメ トホカミ」の神も天に帰り、星となりました。
「アメトコタチ」(天常立)の神とはこのことです。

天国に帰る=元のところに戻る=降る・下る。

11. 十一神(「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」も天上に帰る

 のちそひのきみ(M6-12)
きつをさね あみやしなうも
あにかえり さこくしろにて
みことのり みなほしとなす


その後、十一の君、「キ」「ツ」「ヲ」「サ」「ネ」と「ア」「ミ」「ヤ」「シ」「ナ」「ウ」も天上に帰りました。
 天上の「サゴクシロ」宮で勅・詔り(みことのり)がなされ、皆、天空に配置され星となりました。

このかみは はらわたいのち(M6-13)
みけおもる うましあしかい
ひこちかみ かれあめみこと
わのみこと くにとこたちの(M6-13)
なよのかみ みなさこくしろ(M6-14)
よりのほし あにあらわるゝ


 この十一の神は、身体のなかの内蔵の命を守り、食べることを守るため、「ウマシアシガイヒコチ神」になります。
故に「アメミコト」(天の尊師)と「ワノミコト」(地の尊師)と 「クニトコタチ」(国常立尊)の七代にわたる神々は、皆「サゴクシロ」という天に帰ります。そして、満天に輝く星となって天空に現れます。

「アメミコト」(天の尊師)
 ユキノ(悠紀)宮の「アメトコタチ」の九星は、「アウワ神」と「ト・ホ・カ・ミ・エ・ヒ・タ・メ」の八神。
 「ワノミコト」(地の尊師)スキトノ(主基殿)には
「キ・ツ・オ・サ・ネ」の五神に「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」六神の十一神。

12. 太陽・月の大きさ

ひのわたり もゝゐそとめぢ(M6-14)
つきのほど なそとめちうち


 日(太陽)のわたり(外径)は、百五十トメヂもの大きさがあります。
 月のほど(外径・女陰)は、七十トメヂ内になります。

13. 太陽は赤黄(あかき)道・月は潮の道を通る

ひのめぐり なかふしのとの(M6-15)
あかきみち やよろとめちの
つちおさる つきのしおみち
よよぢうち


日(太陽)が廻っているのは「ナカフシ」の外側を「アカキミチ」(赤・黄道)という道と言います。
「アカキミチ」(赤・黄道)は「つち」(地球・地上)から八万トメヂも離れています。
 月が通る道を潮道と言い、地球から四万トメヂ離れてはいますが、潮道は 「ナカフシ」の内側です。

 月の通り道を潮道と表現していたのは、潮の満ち干が月の位置と関係していたことを理解していたことが分かります。

日(太陽)が廻っている「アカキミチ」(赤・黄道)という言葉が魏志倭人伝に書き記したとき、口頭で聞いたであろうため、「キ・ミ・チ」の「キ」に鬼という漢字をあてがい、「ミチ」に道という漢字を訓読みであてがい、後に漢字が音読みされるようになり、鬼道と表現されるようになったと考えられます。

14. 地球の大きさ・外周は365トメヂ

 くにたまわたり(M6-15)
もそよぢの めくりみもむそ
ゐとめぢの つちよりいかき


「クニタマ」(地球)のわたり(外径・直径)は、百十四トメヂの大きさがあります。
「クニタマ」(地球)の外周(円周)は、三百六十五トメヂになり、土で「いかき」(斎垣)を巡らせています。

 一年を365日としていたことがわかります。円周率を約3.2として計算していたことも分かります。

15. 太陽・月と星(惑星と恒星)を比べる

ひはとおく つきはなかばに(M6-15)
ちかきゆえ ならべみるなり


 「ヒ」(太陽)は遠くにいるため大きくても小さく見えます。「つき」(月)は近くにいるため小さくとも大きく見えるます。二つを並べてみると同じような大きさに見えます。

もろほしは あめにかゝりて(M6-16)
(またらなす) 

 諸々の星は満天に広がり、星は輝きが明るくなったり暗くなったりまだら模様のようです。恒星のことを言っています。

またらなす つつゐはもとの(M6-17)
いろつかさ

 運行が規則正しくなくバラバラな動きをする(まだらなす)、轂 (こしき) のように一つに囲われているような動きをする・(つつ)5つの星は、元から明るさの変わることのない光を放っています。

 「またらなす」は前述の「もろほし」と、後述の「つつゐ」の二つに掛け言葉になっているように思います。
 前半の「もろほし」は、明るさが明るくなったり暗くなったりピカピカと変わっていることを「まだらなす」と言っており、
 後半の「つつゐ」の方は、星の動きが他の星と違ってバラバラな動きをしていることを「まだらなす」と言っていると理解しました。

 この「つつゐ」の「つつ」とは「つづ歌・連歌」にあるように、「つながっている」とか「関連している」という意味合いがあり、「ゐ」を「五つ」と見ると、水星、金星、火星、木星、土星の5つの惑星を示していると思われます。
 「もとのいろつかさ」は、恒星と違って明るさに変化せず、太陽の光を反射させているため、常に同じ明るさに見えるからです。
 太陽の光を反射させていることは今でこそ解かりますが、不思議なことだったと思われます。

16. 北極星は善し悪しを示す

 ふそみかほしは(M6-17)
よしあしを はらのにしめす


 天頂から23度のところで常に光り輝いている北極星は、善し悪し(吉凶)をハラノ(地上のこの世界)に示します。

 「ふそみ」とは地軸(地球の自転軸)が、太陽に向かって、23度傾いていることがわかっていたものと読みました。

 地球と太陽との公転軌道面(1年で1周)を水平面としたとき、地軸・自転軸(1日で1回転)がこの水平面と直角であれば、一年中同じ時間、位置から太陽の日の出、日の入りになります。言い換えると、春夏秋冬の季節の変化はないことになります。地軸・自転軸が傾いているため、四季があることを既に理解していたと推測します。

 また、話が混乱するのは、公転面から見た自転軸の傾きの話と、
地球上で北緯36度に位置している日本から北極星の見える角度が36度である話と、
一旦、別にしないと訳が分からなくなるからです。

 現在の地球の自転軸は、太陽への公転軸とズレが23.4度であることより、当時、既に精密な観測がなされていたと推測されます。
 飛騨金山遺跡の縄文時代の計測を裏付けることにもなると思います。歴代天皇からも美濃へ御幸された記述があります。

  金山遺跡に関連する「カナヤマヒコ」は、天照大神の13番目のお妃に「カナヤマヒコ」の娘「ウリフ姫ナガコ」が迎えられます。うるう年の語源にもなっています。天体観測から暦の作成に関連していたと思われます。
 金山遺跡(金山巨石群・岩屋岩蔭遺跡・岐阜県下呂市金山町:縄文太陽観測ガイドという18年にわたる調査結果が記されている。)

奈良県橿原市:益田岩船
奈良県明日香村岡:酒船石遺跡
なども天体観測していたと思われます。

17. 太陽は365日ごとに少し遅れ、立春に元に戻る。

あまめくり ひはをゝきくて(M6-18)
ひとおくれ みもむそゐたび


天の運行について、「ひ」(太陽)は大きいので1年を365日としたときに、365日ごとに少しづつ遅れが生じています。(うるう年がもうけられていたことにつながります)

ひととしの はるたつひには(M6-18)
もとにきて ひとたびもとの
ほしにあい(M6-19)


 一年後の立春の日には元に戻ります。そして、もう一度同じ元の位置に戻り、同じ星に出合います。

18. 月は遅れて廻り、太陽に再び会う日を朔日(ついたち)という

 つきはおもくて(M6-19)
そみのりお おくれひにあふ
ついたちぞ


 月は重いので、一日に「そみのり」(13度)遅れて回転しています。
太陽に再び会う(太陽と月が同じ位置に来る日)を、朔日(ついたち・新月)と言います。
360度を13度で割ってみると、約28になります。
現在、新月から新月まで約29日あります。
朔・新月とは、地球から見て月と太陽が同じ方向となるとき。

黄道(太陽の見かけ上の通り道)と白道(月の見かけ上の通り道)が極めて近いか重なる地点で朔となった場合に食・日食が起こります。

 ほしにそみあふ(M6-19)

その後、星の輝きの中に、十三夜の名月を迎えます。
「中秋の名月」とも言われています。

19. 天空は大きな胞衣、外周は百万トメヂ、星までは15万8千トメヂ

あめはゑな ひつきひとみな(M6-19)
あめのえな(M6-20)


天空は大きな胞衣のようです。
太陽と月とそして地球の上の人も、みんな天空の胞衣(えな)の中にいます。

 そとはたかまの(M6-20)
はらまわり もゝよろとめぢ
ほしまては そゐやちとめぢ
このそとは なもとこしなえ


天の胞衣の外は、高天原の外周(腹周り)になります。外周は百万トメヂあります。
 地球から星までの距離は15万8千トメヂあります。
この星よりさらに遠く離れたところの名を「トコシナエ」(永遠)といいます。

 高天原の外周が百万トメヂより、高天原の直径は31.25(31.85)万トメヂ、半径は 15.63(15.92)万トメヂ
(当時の地球の外周と直径の値より円周率3.2と、現在の3.14で計算)
 星は高天原の内側に貼りついていたとみられます。

20. 天の胞衣の八隅には八色のニギテが守ります

やすみきは やいろのにぎて(M6-21)
みなみあお にしはくれない
きたはきに ひがしはしろく
あいもいろ


八隅の幹には、八色のニギテ(和幣・幣帛)が守っています。
南は藍(あお)色、西は紅(くれない)、北は黄色に、東は白く染められています。東西南北のそれぞれの間にも色が染められたニギテが守っています。

21. アナレ神は声を、ミソフ神は容貌をつくります。

 みをやのそばに(M6-21)
やもとかみ まもるとほかみ(M6-22)
ゑひための ゑとのことぶき
あなれかみ ねこえさづけて
みそふかみ みめかたちなす


ミオヤ(天祖神)のそばに、ヤモト神がおられます。
「トホカミエヒタメ」のエト(兄・弟)に守られてコトブキ(寿・寿命)を得ます。
  アナレ神は声を授けます。
(「あ」「熟れ」・アナレ・クラワタ・シムネコエ (14-17)は、「ネコエ」(音声・声帯・木の根っ子のように張めぐされた血管)を授けます。

 そして、三十二神が「ミメ」・容貌をかたちつくります。
(見た目・眉目・容貌・人相・顔立ち)を作ります。

 この三十二神とは、「モト・ナカ・スエ」の「モト」はモトアケ神、「ナカ」は八神(トホカミエヒタメ)、「スエ」は三十二神、たみめ・彦神から由来しています。(ホツマツタエ14,16綾)

22. 全身に伝えられる血管・神経が張めぐされ、頭ができ、人が生まれ、魂と五臓六腑も備わります。

したつもの そむよろやちと(M6-23)
もりおゑて ひとうまるとき
かみともの たましいむすぶ
たまのをと ゐくらむわたも


 これらの神から下へ伝えられる十六万八千もの神経や血管が全身に張めぐされ「モリ」(頭)が得られて、ようやく人が生まれます。
神と全身に張めぐされたもの(肉体)と魂が結ばれて、魂の緒と五臓六腑も備わります。

 「モリ」韓国語で「モリ」は頭を意味しています。
また「モリ」という言葉に、昔の捕鯨船で鯨を「モリ」(銛)で仕留めるという言葉がありました。
 「アオモリ」(青森)や「モリオカ」(盛岡)の「モリ」にも日高見から北を位置する場所との関連があったように考えられます。

23. 五臓六腑をつかさどる神は、十四経を備えます。

そのかみの そよたてそなえ(M6-24)
ひとゝなす

五臓六腑をつかさどる神は、「そよたて」(十四経・しむよそべ)を備えて人が出来上がります。

 「しむそよべ」(十四経)とは、漢方で人体の気血の運行を十四の経(けい)に分けたものの総称で、人体の気血を陰陽に分け、それぞれに三種、手の三陰三陽、足の三陰三陽、合わせて十二経、それに任脈と督脈を加えたものを言っています。(ホツマ14綾)

24. アメノミオヤ(天御祖神)は八百万トメヂの柱から光を放ち息を運びます。

 あめのみをやの(M6-24)
をゝんたけ やもよろとめぢ
みのひかり もともとあけの
あまめくみ とゝくはしらは(M6-25)
すきとほる なかのくだより
はこぶいき 


アメノミオヤ(天御祖神)の御背丈は八百万トメヂの高さがあり、身体中から光を放っています。
 足元から天上まで、天からの恵みを届ける柱は透き通っています。柱の中は管になっており、この管を通って息が運ばれます。(呼吸しています・生きています)

25. 息は休みなく響き、糸を吐く蚕の息がさざ波のようです

くるまのうてぎ(M6-25)
こゝのわの ひゝきてめくる


この息は、車(車輪)の「ウテギ」(現在で言うと、車軸と外周をつなぐスポークに当たる)でつながった九つの外輪が響きながら廻っているかのようです。

いきのかず よろみちむやそ(M6-26)
いとのいき さざなみもこれ

人間の息は、一日に一万三千六百八十回(#3)、延々と休むことなく続いています。

「いとのいき」
ここの(糸の息)とは、蚕が糸を吐く様子と、桑(クワ)の葉を食べるときの息のように聞こえる音を、さざ波が音を立てているように聞こえると表現していると思われます。
また、蚕が糸を吐き出すスピード(カイコの紡糸速度)は、調査によっては、1cmを1秒ごとであることに今更ながらに驚きます。

馬越淳-生物紡糸(絹)カイコの高次構造制御と機能ー繊維機械学会誌1997より


26. 「トメヂ」とは、「里38」なり

とめちとは めのみそむふむ(m-26)
せわといき もゝいきはまち
みそむさと さとみそやなり(M6-27)


「とめちとは ・・・ さとみそやなり」
「トメヂ」という長さについてですが、38里になります。
途中の説明を一旦消して、文頭と末尾を書き出してみました。

「めのみそむふむ」

ホツマツタヱ23綾8頁にも「みそむ」という言葉がでてきます。
きたのほし いまこのうえは みそむめの とのかみゐます
ここの解釈①は、北極星の上に、36人の「と」の神がおられます。

ここでの、「とめちとは めのみそむふむ」は、さらに別の解釈②として、北極星に位置が、天頂から北緯36度の真北を示している可能性があると判断しました。


ここではさらに③の解釈として「ふむ」について

蚕が吐き出した繭糸を「メ」(女性)が紡ぎ、機織り機で踏み続けて出来た反物の長さを単位の基準としているよと考えました。
36反の長さまで踏み続けたことを示しているとも考えられます。

 「セ」という、長さ単位の言葉がでてきます。
これは、背丈という言葉になっていると思われます。


「まち みそむさと」「36マチ」=「サト」
「まち」の言葉を引き継いでいると考えると、「町・マチ」=「36里」と解釈できると踏みました。

「とめちとは ・・・ さとみそやなり」

トメヂとは里38というのが結論のようにみえます。
「1トメヂ」=「38サト・里」


27. 天御祖神の季節の息から「サギリ」(清い霧)が立ち込める

みをやかみ みてくらそむる(M6-27)
はるあきの いきはくだより
さきりなす 


天御祖神の幣帛(みてくら)に、春・秋の季節の息を一面に吐いて染めていきます。透き通っている柱の中の管から運ばれる春・秋の季節の息から「サギリ」(清い霧)が立ち込めます。

28. 「サギリ」をヱに譲り太陽が、トに譲り冬が、季節が移り替わる

ゑにゆつるきり(M6-27)
ひおまねき ふゆひをかえす(M6-28)
とはなつに つきのめかえす
はるあきぞ 


この「サギリ」を、まず最初に「ヱ」(兄)に譲ります。そうすると、太陽が招かれて、冬の日を一旦返し、夏が到来します。
その後、「ト」(弟)に譲られた「サギリ」は、到来していた夏に、月の陰が招かれて、冬が到来します。
 このようにして、春秋も同じようにして季節の移り変わりが行われます。

29. 太陽の日指しを「ア」のサギリ、月明かりを「ハ」のサギリ

あめゆづるひは(M6-28)
あのさぎり くにゆつるつき
はのさきり てればたゝゆる(M6-29)


太陽からの日差し(天ゆづる日)を、「ア」の「サギリ」(清い霧)と言います。
地上を照らす月明かり(国ゆつる月)を、「ハ」の「サギリ」(清い霧)と言います。 「サギリ」で照らされることを、天の神「あめのみなかぬし」は称えます。

30. 天の神「あめのみなかぬし」は、日・月の通る道を地球に譲ります

みなかぬし あきりにのりて(M6-29)
やもにゆき


天の神「あめのみなかぬし」は称え、「アギリ」(天上からの清い霧)に乗って、地球上の四方八方全ての所まで行き巡らしました。

 ひつきのみちお(M6-29)
ゆづりはに

日(太陽)・月の通る道を地球に譲ります。

31. 美しい国と名付けられ、「アの道」「ハの道」も、葦が生い茂りました

 あがたのかみの(M6-29)
いろくにと なづけあのみち(M6-30)
はのみちも あしのことくに
たつゆえに


 それぞれの国を治めている縣の神々は、美しい色に染まった国・美しい国と名付けられました。
 「アの道」(天上への道)も「ハの道」(地上への道)も、葦のように生い茂っていくかのようです。

32. 四十九の神(モトツ神)は、天上に帰り、元の高天原に

 よそこのかみは(M6-30)
あにかえり もとのたかまの
はらにあり(M6-31)


四十九の神(モトツ神)は、天上に帰り、元の高天原におられます。(宇宙という胎内の中)

33. 神を祀っている「は」(地上)も高天原

 くしたまくわし(M6-31)
さこくしろ かれかみまつる
はもたかま すがのところは
これにくらべん


このことは、「クシミカタマ」が「サゴクシロ」のことについて詳しく知っています。
故に、神を祀っている「は」(地上)も高天原です。
地上であっても、天上と同じように清々しい所に天神を祀るので高天原と言います。
「すが」:「が」(悪、邪悪、汚れ)が「す」(素、何もない、無)

34. 「コ・キミ」(九神・ミオヤ神とトホカミエヒタメの八神)、「モ・ミコト」(百の命・尊)、「ミチヒコ」(三千の彦神)も慎んで敬いました

をおんかみ おりのみゆきに(M6-32)
きゝませば こきみもみこと
みちひこも みなつゝしみて
うやまいにけり(M6完)


天照大神高は、天上から地上への降りられた御幸で願い事をお聞きになったので、「コキミ」(九神・ミオヤ神とトホカミエヒタメの八神)、「モミコト」(百の命・尊)、「ミチヒコ」(三千の彦神)も慎んで敬いました。



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紀元前の日本では、地球を球体と捉えていた

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魏志倭人伝の卑弥呼(ひみこ)とはいったい誰だったのでしょう?
邪馬台国はどこだったのでしょうか。
古代遺跡・ホツマツタヱ・ミカサフミから宇宙・太陽・月・地球を読み解く



縄文時代・紀元前の日本では、地球を球体と捉えていたことや太陽・月・地球と人間は大きな胞衣の中の宇宙にいるとみていたことに驚きます。

ホツマツタヱ23綾(みはさため つるぎなのあや:御衣服定め 剣名の綾)と
ミカサフミ6綾(神戴山書紀 たかまなるあや:神敕成高天原紋)
紀元前の日本で現在と変わらないほど正確に地球を測定していた驚くべき事実が読み取れました。

 以前に、エクセルで展開してみた図を下記に載せますので参考にしていただければ幸いです。みかさふみ天の胎1

 今回、コロナウイルスでホツマツタヱ勉強会も中断していることもあり、今回、ミカサフミ・タカマナル綾を通して、難解な記述を自分なりに理解した範囲を更なる図に展開してみました。
 一つの図に表すのは無理と思い、新たに宇宙全体と地球部分の二つに分けて展開してみました。
図の上でクリックして全体表示してみてください。

20210421クニタマ図fc2用

20210421天空図ミカサfc2用

暦は太陽暦で、うりふ(うるう)月、1年は365日あること、地球が中心で月、太陽が廻っていたこと、
地球の自転軸が23度傾いていたこと。
北極星は常に真北にあり、日本の緯度が36度と認識していた。
地球の円周長さを365トメヂと表示していた。
全周を360度と表示、直角(ケタ)を90度としていた。機織りや刑法の罰則(360度で死刑)の基準にも使われていた。
数字の記述については、直ちには受け入れてもらえないかもしれないが、自分で読み取れた範囲で図示してみました。

ミカサフミ6綾(神戴山書紀 たかまなるあや:神敕成高天原紋)については、後日、オリジナルと小生訳を投稿予定。

ホツマツタヱの文字

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ホツマツタヱの文字について

「オシデ文字」という、現在のひらがな・カタカナとは違いますが、
現在の「あいうえお・・・」とほぼ同じことがわかります。
基本は、母音部分と子音部分がそれぞれ組み合わされています。
図表が大きく画面からはみ出して表示されています。
図の上でマウスクリックしてみてください。

fc220210419-18音図-1




韓国語の「ハングル文字」と考え方が似ています。
但し、韓国語の「ハングル文字」には「キャ・キュ・キョ」のように
合成音が一つ文字に表示されていますが、この古代日本の
「オシデ文字」には合成音はありません。

しかし、古代日本の「オシデ文字」には、特別な意味を示す文字が
いくつかあり、表意文字が含まれています。


fc220210419-002.jpg


fc220210419--001Htsma14-1特殊文字2


fc220210419-003Htsma14-3 48音・数・濁音
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金山巨石群とホツマツタヱの接点

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高畠精二先生のホツマツタヱのHPは
高畠精二先生のホツマツタヱのHP

金山巨石群の「縄文」太陽観測ガイド 小林由良、徳田紫穂著 三五館
 2016年9月発行 とホツマツタヱとの接点について

はみ出した画面・地図は、画面の上でマウスクリックしてみてください!
観測ガイド金山巨石群07



 本書は、ホツマツタヱ勉強会のメンバーの方からの紹介です。斎藤国治さんという方が本書のアドバイザーに携わっておられたことを知りました。奈良県にある古代遺跡の益田岩船よ酒舟石を調査された方です。

 金山巨石遺跡群は、岐阜県下呂市金山町の岩屋岩蔭遺跡という場所にあります。

マヤ遺跡のピラミッドで、春分、秋分の日に太陽光線がピラミッドの階段を這うように走るのをテレビのドキュメンタリーで見て感心したことを覚えています。
まさに同じような衝撃的な遺跡が金山巨石遺跡に残っており、15年にも及ぶ観測によって、日の目を見られたことに頭が下がります。
古代日本でも春分、秋分、夏至、冬至の日に、日の出や日の入りに差し込む太陽のスポット光線を測定していたことが確認され、改めて当時の高度な文明を称えたいと思いました。他の所にも、天文遺跡があることは確認していましたが、ここまで明確に調査されていることに驚きました。
ホツマツタヱの記述の中に、この地域を示すと思われる候補として、「ミノ」(美濃)が幾つか出てきます。24綾、36綾、38綾、39綾。しかし、関連性は見つけられませんでした。

いくつか、ホツマツタヱの中から参考になりそうな記述を取り上げてみました。

① うるう年を示す記述について(6綾より)
② 暦に関連する記述について(39綾より)
③ 北極星について(23綾より)
④-1 その他 北緯34度32分上の古代遺跡
④-2 その他 はみ出した日の調整(21綾、22綾より)


思い違いによる間違った記述もあると思いますが、解読の一例として参考にしていただければ幸いです。
① うるう年を示す記述について(6綾より)

 金山巨石群遺跡では、太陽のスポット光線の当たる位置の移動からズレを、4年に1度のうるう年、更には128年ごとのうるう年を認識していたことが分かりました。
ホツマツタヱの中に、太陽暦を背景にしている記述があり、「うるう年」をすでに暦に取り入れていたことが明確になりました。

①-1
かんみむすびの やそきねが もろとはかりて・・・・・・・
つきによせ みこはあまひの くらいなる (小笠原6綾-5~6)


 「かんみむすび」(豊受神の子)の「やそきね」が諸神と相談して天照神のお妃選びをいたしました。天照神を太陽と見たて、お妃を月と見たてて、1年を12か月として12人のお妃を、東西南北にそれぞれ、スケ妃、ウチメ、オシモと3人ずつを配置しました。


①-2
そのなかひとり すなおなる せおりつひめの みやびには きみもきさはし ふみおりて
 あまさがるひに むかつひめ ついにいれます うちみやに
 かなやまひこが うりふひめ ながこをすけに そなえしむ みなはたおりて みさほたつ
 これをこよみの うりふつき (小笠原6-5~6)


 十二人のお妃の中の「セオリツ姫」をお目通しするとき、あまりにも上品で優美であったため、君(天照神)の方から階段(きさはし)を降りて姫の方に向かわれてしまいました。
この「セオリツ姫」は「あまさがるひにむかつ姫」と呼ばれ、天照神は、内宮(うちみや、天照神が住まわれている所)に入れ、一緒に暮らす決心をされました。
中宮に「セオリツ姫」が入られたため、南の局が空いてしまい、13人目のお妃として「カナヤマヒコ」の娘の「ウリフ姫ナガコ」を後任に起用いたしました。
お妃は全て、機(はた)を織り、機織り機械を操(あやつ)りました。(操を裁ちました。)
「ウリフ姫」の「うりゅう」(うるう)は暦の閏月という語源になっています。
この記述から、このとき既に、閏月を採用していたことが分かります。4年に1度だけ訪れる「うるう年」とニュアンスが似ているようです。
尚、「ウルフ姫ナガコ」の父親は「カナヤマヒコ」と言います。正に金山遺跡群の地名そのものです。
 なお、この「カナヤマヒコ」は後に中山道を作られています。

②-1
 暦に関連する記述について(39綾より)




 金山巨石群遺跡で測定された暦が、伊勢に持ち込まれ、全国に配布されていたものと思われます。
本文中より「コヨミ」・「ヒヨミ」を抜き出してみたところ、
6綾、21綾、22綾、24綾、28綾、31綾、32綾、38綾、39綾、40綾と出てきますが、
 ここでは、39綾でヤマトタケがエミシ征伐に向かい、論戦になりますが、暦を伊勢から受け取っていることをがキーポイントとなり、エミシ側が服した記述を取り上げてみました。

なんじよゝ きみなくこよみ いづれぞや こたえていせと

またいわく あまてらすかみ こよみなし ぞろうえさせて かてふやし みをたもたしむ
(和仁估39-52~53)


汝、代々君無くして、暦をいったい誰から受け取っているのかとの問いに「伊勢」からであると答えました。

 更に、天照神が最初に暦を作り授けたので、田植えの時期も正確に出来るようになったではないか。お陰で、民の糧(かて)も増えて、皆、命を保っているではないか。

もゝなそこ よろみちつゞく このよみて いまひのわちに おわします みまこのよゝの
たみおさむ ひになづらえて あまきみぞ

 なんぢはよゝに みのりうけ いのちつなきて いまだその きみにかえこと もふさぬは
 そのつみつもり いくらぞや

 ぬけみちありや わがきみは かみならずやと(39和仁估-53~55)

神は今も百七十九万三千年続いているこの世を見守って、今は日輪内(ひのわち:太陽の中心)にお帰りになり御座されています。
御孫(みまご)(天孫ニニキネ)は本格的に水田を作り、代々民を豊かに治めたので、天照日に準えて(なぞらえ)天君(あまきみ)と呼ぶようになったのです。

汝は、代々実りを受けて、命を保ちながら、未だにそのことに気づかず、君に感謝の返礼もせず、詣(もう)さぬようでは、その罪が積もり積もって幾らぞや。

どうじゃ、抜け道があるか。まだ、わが君は神でないといえるか!と諭しました。

③ 北極星について(23綾より)
そのゆえは もともとあけの みをやかみ ゐますうらには きたのほし  いまこのうえは
みそむめの とのかみゐます

そのうらが なかはしらたつ くにのみち あめよりめくむ とのかみと むねにこたえて
まもるゆえ(和仁估安聰釋23-7~8)


ホツマツタヱ23綾に「北の星」として北極星のことを書き記しています。
 その理由は、もともと明けの御祖(みおや)神が居られる「うら」(裏・向こう側)に、北極星が鎮座しています。
 今、この天上の北極星は、真北の方角で地平線から36度(み=3、そ=10、む=6、め=目、度)の高さの所にいます。
 「と」(「やまと」(弥真瓊)の「と・瓊」)の神がこの北極星の上に居られます。
 この天上の「うら」(北極星の向こう側)から、中柱が立って、国の道を示します。天より巡って、「と」(瓊)の神と「むねに応えて」(先んじて・最優先して)守ります。

  北極星は一年間通して、全く位置を変えずに真北に、緯度の高さ(北極点は頭上)に見えます。北緯36度には、福井県の越前岬、白山、大日ヶ岳、位山、諏訪、茅野、八ヶ岳、両神山、秩父、つくば、鹿嶋と続いています。この地点で北極星を見上げれば、36度の高さに見えます。出雲 35度30分、丹後宮津市真名井 35度30分、琵琶湖 35度~35度30分、伊勢 34度30分、富士山北側 35度30分です。
北緯36度の地点で、上記の歌は詠まれたと思いますが、古代の年代によるズレや、測定誤差などで多少前後していたかも知れません。

④-1 その他 北緯34度32分上の古代遺跡
いずれにせよ、紀元前に既にここまで正確に天体観測がなされていたとは、俄かには信じがたいことです。北極星の高さを示す同じ角度(高度)の場所を選定することが、日置部の作業内容の一つであったかも知れません。江戸時代の伊能忠敬と同じことを既にやっていたようにも思えます。

北緯34度32分の線上に古代遺跡が並んでおり、太陽の道とも呼ばれていることの解明になるかも知れません。この緯度上に「日置」という遺跡跡が多く確認されているからです。「知られざる古代 謎の北緯34度32分をゆく 水谷慶一著 NHK発行」

金山巨石群とは直接の関連はありませんが、参考までに。


「知られざる古代 謎の北緯34度32分をゆく水谷慶一著NHK出版」より<
知られざる古代ー水谷慶一北緯34度32分

「大和の現像 小川光三著 大和書房」より小川光三34度



④-2 その他 はみ出した日の調整(21綾、22綾より)

1年は365日と既に認識していました。更に、1年を12ヶ月に分けていました。
単純な計算ですが、ひと月を30日としたら、1年は360日になってしまい、5日間をどう処理するか迷っていたのではないでしょうか。

ををんかみ ゆるすみことは ゑとのすゑ やなゐかくろひ うつろもり きねのひときを
ゐやしろにせ(和仁估21綾-29)


 大御神(天照神)は、この願い出を聞き入れて許され、詔りをおっしゃいました。 
「えと」(暦)の末(最後・余り)の日にちを調整するために、ヤナイカクロイを守りなさい。
干支(暦)の60日(きあゑ~ねうと)の守りからはみ出している日を梁で堰き止めて隠れている5日間を探しだし天空の動きを守ります。(天の運行・太陽の動きが暦とずれてくる関係を調整しなさい)
そして、東北の「ひとき」(一木・全てのキ・一つのキ)に居社(いやしろ)を作って潜んでいなさい。「ひとき」には人城・棺という意味もあるようです。
尚、福島県喜多方市山都町に「一木」という場所があり、何か関連がありそうです。


22綾 ひみつの祓いより
ゑとのむそかに  もりあまる やなゐかくろひ うつろもる(和仁估22綾ー10)


 えとの60日からはみ出して隠れている天空の5日を調整します。
 「もりあまる」の「もり」は、青森の「もり」、盛岡の「もり」とも関連があるような気がします。例えば、何かをお皿に盛り付けた時、てっぺんに盛り付けきらなくはみ出してしまうものを言っているように思えます。
「もり」という言葉の意味に、韓国語で「てっぺん」とか「頭」とかの意味があり、関連があるように見えました。また、尖っているもの「銛」の意味あいがあったことも納得できます。
「やなゐ」の「やな」は梁のこと民具の事典ーやな・やなゐ隠ろい
と解釈しました。

川の瀬に杭(くい)などを八の字形に並べ、水をせき止めて1か所をあけ、そこに梁簀(やなす)を張って流れてくる魚を受けて捕る仕掛けのこと。「やなゐ」の「い」は数字の五を意味しており、隠れている5日間の意味として捉えました。

以上
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