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大國魂(大国主命)の生い立ちを ホツマツタヱから読み解く

大國魂(大国主命)の生い立ちを
ホツマツタヱから読み解く
2019年(令和1年)8月10日
こんにちは
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途中で中断しております。
「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています



大國魂(大国主)の生い立ちブログ用


大國魂神(大国主命)について
初代大物主
実名: クシキネ 称名: オホナムチ
   ヤシマシノミ(八洲一の紳士)と称えられる
通称: 大国主神
父: ソサノオ
母: イナダ姫
子供: クシヒコ・コトシロヌシ


2代目大物主
実名: クシヒコ
称名: コトシロヌシ
通称: エミス神
父: オホナムチ
母: タケコ・おきつしま姫

オホナムチが出雲から津軽へ国替え後の名
ツカル・ウモトの神 東日隅大元神 津軽の君 ヒスミ君

 ホツマツタヱ本文に、クシキネ・オホナムチが活躍していた年代には、 オオクニヌシ・オオクニタマという名称は出てきません。
 ずーっと後世になってオオクニヌシを祀るという記述などが出てきます。前後関係から、生前のオホナムチのことを言っていることがわかります。


 「ほつまつたゑ」は、日本書紀・古事記(七~八世紀)が出来る前に既に存在していた古代日本の歴史書のひとつです。オシデ文字という文字で記されています。1綾から40綾まであります。
 1綾~28綾は紀元前660年頃、天祖神からウガヤフキアワセズまでを、紀元241年頃、神武天皇から景行天皇まで29綾~40綾にまとめられたものです。
 今回の大国魂(大国主命)の内容は6綾~10綾からです。紀元前660年以前の出来事になります。
 仏教伝来で大黒様が日本に伝わり、神仏習合により大国主命と同一とみなされてきたと考えられ、さらに大黒様が肩にかついでいる宝は米俵です。お米は田んぼから採れるので、「田から」採れる⇒たから⇒宝の語源になったと考えられます。

目次

① 古代、ネの国(ネ=北)は、サホコ(サホコチタル)から、イツモ(出雲)へと国の名前が変わります。
② クシキネ(=オホナムチ)が誕生
③ オホナムチは稲作を教える。

 ④ 出雲は国が豊かになり、「ことわり」(道理)が隠れたと判断された。
 ⑤ 葦原中国で、出雲に筋を通すように糺すに行く人を決める。
 ⑥ 「タケミカヅチ」と「フツヌシ」がカシマダチ(出雲征伐)に向かう。
 ⑦ 「オホナムチ」は息子の考えに従い、出雲を明け渡す。
 ⑧ 「オホナムチ」は出雲から津軽へ百八十神を引き連れ神となる。
 ⑨ 「ホヒの命」を元の杵築宮の初代祭司に



ホツマツタヱ本文末尾の(X-X~X)は、和仁估安聰釋本の綾―頁


① 古代、ネの国(ネ=北)は、サホコ(サホコチタル)から、イツモ(出雲)へと国の名前が変わります。

 幼少のハナキネ(後のソサノオ)は、親(イザナギ・イザナミ)から、ネの国サホコに行って自分が支配者であることを知らせなさい。と言われていたが、熊野(和歌山)に居たままであった。(6-30)


 ソサノオは、いろいろと不都合な経緯があり、乱れていました。 (経緯は省略)

その結果、高天(宮中)では、諸神による神議(かみばかり)が行われていました。

 たかまにはかり
そさのおの とがはちくらの みきだがれ かみぬきひとつ
つめもぬき まだとゝかねば ころすとき むかつひめより
さおしかに うけものゐのり よみかえす はなごのよもさ
つくのえは さがをあかせよ 

そさのおが しわざはしむの むしなれど さがなくつつが
なからんやわや

ことのりを もろがはかりて あめもとる おもきもしむの
なかはへり ましわりさると(7-40~43)


「そさのお」の罪状が言い渡され、罪状は千科もありました。三百六十科が死罪なのに、三倍も残忍な、三段死(みきだがれ)という惨い死刑を言い渡しました。刑が執行され、髪の毛は抜かれ、爪も剥ぎとられようと、まさに殺そうとしていた時です。

 死刑執行の最中に、「ムカツ姫」(中宮、セオリツ姫)の申し出が勅使より告げられました。
 「うけもの」(うけみたま)に祈ったので「はなこ」の御霊は無事天国へお送りしました。よって「はなこ」殺しの四百科は償われましたので、罪を白紙に戻すようお願いします。

「そさのお」の性格は生まれつきの遺伝です。ですから、罪の無い人を牢獄から出してやれないものでしょうか。

「ことのり」(情状酌量を願う減刑要請)を諸神が審議、天の理に背く重罪ではあるが、身内の好しみにより、罪を半減して、「まじわりさる」(追放刑)に決まりました。今で言う恩赦になります。


 その後、さすらお(流離雄・流浪)になり下がり、「ネの国」に潜んでいました。ある時、オロチ(本来の意味は別途)に狙われていた「イナダ姫」を救け「イナダ姫」と結ばれるが下民のままでした。
 
 この頃、「ネの国」は国が乱れ、ハタレ(機織れず・規則に従えない者・不法者)や益人供(諸悪の根源であった代官たち)が蔓延って、民を苦しめていました。

 「ネ」の国の乱れを糺し、鎮圧するために、イブキド主(天照神の弟・ツキヨミの息子)が派遣されてきます。イブキド主は流離雄になり下がっていたソサノオを見つけ、声をかけます。

そこで、ソサノオは自分の償いを歌にします。

あもにふる あがみのかさゆ しむのみき みちひはさまで
あらふるおそれ (9-19~20)

「あ」(天・宮中)から「も」(下)に落ちてしまいました。
「あが」(吾・我)は「みのかさ」(蓑笠姿)になってしまいました。
「しむ」(身内)の男女のもつれから間違いを犯してしまいました。
「みちひ」(三千日)もの間(はざま)、国を乱れさせたことを畏れ多くお詫びいたします。
 


 イブキド主は、身内同士のよりを戻して、忠義を尽くして、手柄を立てれば、天照神も心が晴れ、認めてくれると説得します。二人の力で不法者たちを鎮圧することができました。
「サダノ宮」(佐太神社)で「のり」(法典・規範)を定めました。(9-22~23)



たまふおしては
ひかはかみ はたれねをうつ いさおしや そこにもとゐを
ひらくべし 
 ふたゝびのぼる
あめはれて うやまいもふす

くしひより すがはにきつく みやのなも くしいなたなり

さほこくに かえていつもの くにはこれ(9-29~31)


天照神は「ソサノオ」に「ヒカワ神」の神名を賜いました。更に、「はたれ」の「ね」(根こそぎ)を討ち取った功績を称え、そこに本居(もとい、本拠)を開きなさい


 「ソサノオ」は、天下晴れて再び宮中に昇ることが許され、感謝の気持ちを敬い申し上げました。

 「くしひ」(霊妙なこと)があって、「すが」(清々しい、清浄である)「はに」(地)に築いた宮の名前を「クシイナダ」宮と名付けました。(現出雲大社・杵築大社)になります。

このとき、「さほこ国」の名前を「いつも国」に変えました。




② クシキネ(=オホナムチ)が誕生

みやならぬまに いなたひめ はらめはうたに

やくもたつ いつもやゑかき つまこめに やゑがきつくる
そのやゑかきを

うむこのいみな くしきねは ことにやさしく
おさむれは なかれをくめる もろがなも やしましのみの
おほなむち(9-32~35)

 
新しい宮(クシイナダ宮)が完成する前に「イナダ姫」は孕み(身籠り)喜びを歌にしました。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(つまごめ)に 八重垣造る その八重垣を

「イナダ姫」が生んだ実名「クシキネ」は、殊に(琴の音のように)に優しく、国民を治めましたので、「ながれ」(動き、物事の移り変わり、道理)を推し量る、思い遣ることのできる人であったので、諸人達は「ヤシマシノミ」(八洲一の紳士)の「オホナムチ」と称えました。


 きみくしぎねを ものぬしに たけこをつまと
おほなむちには くしひこを おゝものぬしの
かわりとて ことしろぬしと つかゑしめ
 おのはいつもに おしゆるに(9-36~45)

天照神は「クシキネ」を「ものぬし」(大物主)にとり立てました。
 「クシキネ」は称名「オホナムチ」と言い初代の大物主になります。(右大臣)

「クシキネ」は「タケコ」を妻にしました。
「タケコ」は天照神とコマス姫ハヤコの間に生まれた3姉妹の1人。

大物主であった「オホナムチ」は、自分に代わって子どもの「クシヒコ」を大物主にしました。そして、「コトシロ主」という名前を与え仕えさせました。

己(クシキネ・自ら)は、「いづも」に戻り、水田の作り方、川から水の引き方など稲作の方法を教えました。

③ オホナムチは稲作を教える

 ひふみむもやそ
ふたわらの ひもろげかぞえ たねふくろ つちはつちかふ
おんたから うゑたすかても くらにみつ

あめかせひでり みのらねと あたゝらくばり
うゑさせず(9-45~46)

お陰で豊作を迎えられ、十二万三千六百八十人もの民に、二俵づつ米俵を配ることが出来ました。
更に備蓄のために「たねふくろ」(籾米)も蔵に満ちていました。土は稲を培う(養う・育てる)お宝です。

雨、風、日照りで稲が充分に育たず不作のときには、民が飢えに苦しまないように「あたたら」(援助米)を配りました。

 すくなひこなは これといふ くしきねあつく
めくむのち ともにつとめて うつしくに

 やめるをいやし とりけもの ほおむしはらひ ふゆをなす

おほなむち ひとりめぐりて たみのかて けしゝゆるせは
こゑつのり みなはやかれや

そはほむし くしぎねはせて これをとふ 
したてるひめの おしえくさ ならいかえりて
おしくさに あふげはほおの むしさりて やはりわかやぎ
みのるゆえ

「オホナムチ」(クシキネ)が稲作を教え歩いているとき「スクナヒコナ」と出会い手厚く迎い入れました。
 一緒になって国中を教え歩き務めて、美しい国(豊かな国)になりました。

 薬草の栽培もし、病めるものを癒しました。鳥や獣が田畑を荒らすことを防ぎ、「ほおむし」(イナゴ)を払い、稲を稔らせて、民の糧を守り豊かにしました。

 「スクナヒコナ」が神あがりの後、「オホナムチ」は一人で全国を教え歩きました。

 国民が食べる食料について、獣肉(けしし・四足動物)を食べると栄養がつき過ぎて肥えて高じてしまい、皆、早枯れ(早死に)してしまいます。
お米を食べなさいと言っています。稲作の奨励をして、水田開拓をしています。

 「クシギネ」は穂虫払いを「下照姫」から習い、虫も飛び去り、再び稲も実を結んで若々しくなりました

病めるものを癒し、薬草の栽培などし、鳥や獣が田畑を荒らすことを防ぎ、「ほおむし」(イナゴ)を払(虫払い)って、稲を稔らせて民の糧を守り豊かにしました。


以降、次回投稿いたします。

高畠精二先生のホツマツタヱのHP

高畠精二先生のホツマツタヱ勉強会が、2012年10月より再開いたしました。
以前の勉強会の様子ですがご覧になれます。

ホツマツタヱ勉強会は、現在15綾を学習中です。食物の話の中で、この後、ココリ姫・西王母・夏の国という名称なども登場します。

次回10月10日(木)
11月12日(火)、12月10日(火)になります。
 時間は、18:30~20:30です。直接、会場へお越しください。テキスト代込みで500円です。初めての方は5~10分ほど多少早めに来ていただければ幸いです。
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