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大國魂(大国主命)の生い立ちを ホツマツタヱから読み解く②

大國魂(大国主命)の生い立ちを
ホツマツタヱから読み解く②
こんにちは
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途中で中断しております。
「ほつまつたえ」の文字の例です
48音で出来ています






大國魂神(大国主命)について
初代大物主
実名: クシキネ 称名: オホナムチ
   ヤシマシノミ(八洲一の紳士)と称えられる
通称: 大国主神
父: ソサノオ
母: イナダ姫
子供: クシヒコ・コトシロヌシ


オホナムチが出雲から津軽へ国替え後の名
ツカル・ウモトの神 東日隅大元神 津軽の君 ヒスミ君




目次

 ① 古代、ネの国(ネ=北)は、サホコ(サホコチタル)から、イツモ(出雲)へと国の名前が変わります。
 ② クシキネ(=オホナムチ)が誕生
 ③ オホナムチは稲作を教える。

④ 出雲は国が豊かになり、「ことわり」(道理)が隠れたと判断された。
⑤ 葦原中国で、出雲に筋を通すように糺すに行く人を決める。
⑥ 「タケミカヅチ」と「フツヌシ」がカシマダチ(出雲征伐)に向かう。

 ⑦ 「オホナムチ」は息子の考えに従い、出雲を明け渡す。
 ⑧ 「オホナムチ」は出雲から津軽へ百八十神を引き連れ神となる。
 ⑨ 「ホヒの命」を元の杵築宮の初代祭司に



ホツマツタヱ本文末尾の(X-X~X)は、和仁估安聰釋本の綾―頁


④ 出雲は国が豊かになり、「ことわり」(道理)が隠れたと判断された。
 ふそゐすゝ こそみゑとしの さあゑなつ かぐゑしぼみて
ふとまにの しちりはやもり はげしくて つねすみのくに
みせしむる

よこべかえりて もふさくは いつもやゑがき
おほなむち みつれはかくる ことはりか

 ぬかをたまがき  うちみやと これこゝにゑに
くらぶなり(10-1~3)


 葦原中国で、二十五すず歴九十三枝の年の「さあゑ」の夏に、橘の木の枝が枯れてしまいました。
 「ふとまに」で占うと「しちり」歌の大凶の卦が出ました。 「はやもり」(羽矢が漏れる、こぼれ落ちる、謀反がある)が、「つ」(西)「ね」(北)「すみ」(隅)の国、(出雲にあたる)が原因と分かり調べさせることにしました。


 「よこべ」(検察官)が調査して戻って報告するには、出雲八重垣の臣の「オホナムチ」(クシキネ)は、国が満ち満ちているため、「ことわり」(筋を通す、条理、道理)が隠れてしまっています。

 「ぬか」(ひたい、額表、額ずくこと、礼拝)する場所を「たまがき・うちみや」(玉垣内宮)にしており、天照神の住まれている皇室に匹敵する豪華な造りの大宮殿(九重の大宮)を築いております。と、報告いたしました。

⑤ 葦原中国で、出雲に筋を通すように糺す人を決める


 たかみむすびの
かみはかり いづもたゝすは たれよけん ほひのみことゝ
みないえは ほひのみことに むけしむる

 しかれとほひは くにかみに へつらいこびて
みとせまて かえことあらて (10-4~6)


「七代目タカミムスビ」は、新しくなった今宮(野洲)で「かみはかり」(神議)をいたしました。
 出雲を糺(ただ)すのは誰が良いかと問いかけたら全員一致で「ホヒノミコト」が良いと言い、「ホヒノミコト」を派遣することに決めました。
 
 「ホヒノミコト」(アメノホヒ)は、「天照神」と「モチコ」との間に生まれた最初の子供、母親の「モチコ」は、「イサナギ」の弟の「クラキネ」の娘で、出身地はこの地方の近く。

 「ホヒ」(ホヒノミコト)は出雲の国神にへつらい媚びて(機嫌を取ることに終始)しまい、三年経っても復命しませんでした。

 おゝせいゝ みくまのやれば(ど)
ちゝがまゝ かえらねはまた
(10-6)

よって、息子の「オオセイイ・ミクマノ」を派遣しました。しかしながら、息子も父の言いなりになって、帰ってきませんでした。

かみはかり つかはすひとは あまくにの あめわかひこと
きわまりて たかみむすびが かごゆみと はゝやたまひて
むけしむる

 このかみもまた まめならす たかてるひめを
めとりつゝ あしはらくにを のらんとて やとせふるまて
かえらねは(10-7~9)

 再び、「かみはかり」(神議)をし、派遣する人は「アマクニ」の「アメワカヒコ」以外にはないと決めました。
 そして、「タカミムスビ」が「かご弓」と「羽羽矢」を賜い、出雲へと向けさせました。

 今度こそと思い派遣したが、任務に忠実でなく、こともあろうに、「オホナムチ」の娘「タカテル姫」を娶ってしまい、挙句の果てに、派遣元であった葦原中国を乗っ取ろうと野心を持ち、八年経っても帰って来ませんでした。


その後、出雲に送った隠密(雉)は、相手に気が付かれ、矢で射られてしまいます。
 血で染まったその羽羽矢を見て「タカミムスビ」は自分が「アメワカヒコ」に賜ったものと知り
咎めの返し矢を放ちました。返し矢は「わかひこ」の胸に命中して、あえなく死んでしまいました。

⑥ 「タケミカヅチ」と「フツヌシ」がカシマダチ(出雲征伐)に向かう

このたびは たかみむすびの とみかれを のぞくかどでの
かしまたち
 わにすきまつる かみはかり (10-24)


 今般は「タカミムスビ」の決断で、「とみかれ」(臣を枯らす=役職を剥奪)しに行く門出のため、「かしまたち」が行われました。

「か」=右大臣(オオナムチ)、「しま」=国、「たつ」=絶つ・断つ)の宴がとり行われました。
 「かしまたち」とは、今風に言えば、独立採算であった県知事の権限を全て剥奪する。あるいは、国そのものを没収するといった意味合いだと思います。
なお、「かしま」は、後に、漢字化されて「鹿島・鹿嶋」となっているため、鹿嶋を出発したとようにも取られています。
 
宮の境内には主基(すき)の宮を新たに建立し「わにすき」地の神祭りをとり行い神議が始まりました。
  ふつぬしよしと
みないえは たけみかつちが すゝみいで あにたゞひとり
ふつぬしが まさりてわれは まさらんや

 たかきいさみの みかつちや ふつぬしそえて
かしまだち(10-24~26)


出雲征伐に「フツヌシ」(香取神宮祭神)が良いと意見が一致しました。
 そのとき、「タケミカヅチ」(鹿島神宮祭神)が前に進み出て、なぜ、「フツヌシ」一人が勝っているのですか、私は勝ってはおらぬのでしょうか。と申し出ました。

 高い心意気を持った「タケミカヅチ」と「フツヌシ」の二神が出雲征伐「かしまたち」へと向かうことになりました。

いづもきつきに
かふつちの つるきをうえて うつくまり なちりとふなり
 みほこりて あさむくみちを ならさんと われらつかふぞ
そのこゝろ まゝやいなやゝ (10-26~27)


 「タケミカヅチ」と「フツヌシ」は、きつき宮(出雲杵築宮・出雲大社)に着くや、宮の前で「かふづち」(頭椎)の剣を大地に刺して、うずくまり(膝を折り立て腰を落として座り込む)威圧的に問いました。

 自ら誇って国を欺く行為を、抜き出ることなく他と同じように均されるようにと、我ら二神は遣わされて来た。
 おぬしの心は従うのか、従わないのかどっちなんだ。

以下、続く                                 


高畠精二先生のホツマツタヱのHP

高畠精二先生のホツマツタヱ勉強会が、2012年10月より再開いたしました。
以前の勉強会の様子ですがご覧になれます。

ホツマツタヱ勉強会は、現在15綾を学習中です。食物の話の中で、この後、ココリ姫・西王母・夏の国という名称なども登場します。

次回10月10日(木)
11月12日(火)、12月10日(火)になります。
 時間は、18:30~20:30です。直接、会場へお越しください。テキスト代込みで500円です。初めての方は5~10分ほど多少早めに来ていただければ幸いです。

以上
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