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32-19~22.考霊天皇は「はらみ山」(現・富士山)に登山のため御幸する 

9.考霊天皇は「はらみ山」(現・富士山)に登山のため御幸する (32-19~22


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やよひなか はらみやまえと(32-19)
みゆきなる
 


三月中旬、「はらみ山」(富士山)へ登山されました(行幸されました)。この年の一月には、世継ぎも決まり一安心されて富士登山されたものと思われます。



そのみちなりて(32-19)

その行程は事前にお触れが出て、道の整備もされました。



くろだより かぐやまかもや(32-19)
たがのみや



まず、「くろだ」の宮を出て、香久山(奈良県桜井市)を通り、賀茂神社(京都)へ行き、淡海(滋賀県)の多賀神社に、にぎてを捧げました。
「くろだ」=奈良県磯城郡田原本町黒田


 すわさかおりの(32-19)
たけひてる みあえしてまち(32-20)



(その後、木曽路を経て)諏訪・酒折を管轄している「たけひてる」が宴(うたげ:歓迎の接待)の用意をされて待っていました。
なお、この時はまだ甲斐という呼び方はしていないことがわかります。



やまのぼり くたるすばしり(32-20)
すそめくり むめおゝみやに
いりいます



その後、天君(孝霊天皇)は、はらみ山(現富士山)に登山されました。登頂後、須走り口から下山しました。そして、はらみ山(現富士山)の裾野を廻りました。そして、「むめ大宮」(富士宮市本宮浅間大社)にお入りになりました。
「むめ」とつくのは「むめひと」がこの地で政治をとっていた時があったから。



 かすがもふさく(32-20)
みねにえる みはのあやくさ(32-21)
ちよみかや もろくわんとて
にてにがし たれもえくわず



「かすが」(かすがちちはや・すけ妃のやまか姫の父)が申しました。はらみ山(現富士山)の峯に待望の千代見草を得ることができました。それは、染めると青色、緑、黄色と光り加減でいとも美しい綾草のことでした。
この千代見草を、皆が食べようとしましたが、煮ても苦くて、誰も口にすることが出来ませんでした。



なかみねの あてはあわうみ(32-21)


はらみ山(富士山)の主峰(中峰)の高さ(て:方向)は「淡海」(琵琶湖)の大きさ(広さ)にあてはまります。



やつみねは すそのやつうみ(32-22)
みつうまり 



廻りの八つの峰(外輪山)は、裾野の八つの湖(海)に相対しています。しかし、三つの湖が溶岩流で埋まってしまいました。



やくれどなかは(32-22)
かわらしと みつくりのうた



噴火があったけれど、主峰(中峰:中央の頂)は変わらなかったので安心されお喜びになりました。
中腹からの噴火であったことがわかります。
そこで、お歌を作られました。


ジョンレノ・ホツマ

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