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32-22~25. 考霊天皇は「はらみ山」を新たに「ふじのやま」と命名する

10. 考霊天皇は「はらみ山」を新たに「ふじのやま」と命名する(32-22~25)
(現在の富士山の語源となる)



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なかはふり なかばわきつつ(32-22)
このやまと ともしづまりの(32-23)
このやまよこれ



中央の主峰は古びて(時代の経過で)噴火がおさまり静かであるが、中は溶岩が湧いており情熱的で調和がとれている素晴らしい山です。
ヤマトの国も古くから続き今鎮まっているのは、この山と全く同じであり、日本のシンボルである。

(もう一つ解釈として、主峰は雪が降り積もりって美しく、中央からはまだ噴煙が湧きたっている。裾野では清水が湧き出ている。 ジョンレノ)



かくよみて やまのさらなと(32-23)
おほすとき たこのうらびと
ふぢのはな さゝぐるゆかり(32-24)
はらみえて なをうむみうた


天君(孝霊天皇)はこのように歌を詠み終えて、山の名前を新しくつけようと思われました。その時、地元の田子の浦の民が、天君(孝霊天皇)に藤の花を捧げられ(献上され)ました。
そこで、このはらみ山に因んで縁のある名前の歌を次にように詠まれました。



はらみやま ひとふるさけよ(32-24)
ふじつるの なをもゆかりの
このやまよこれ(32-25)


はらみ山は、この藤の花の長い房が永遠(ふる:一気に咲け)に咲き連なっているように、この藤蔓(ふじつる)の名前に因んで末永くつながるという思いを込めて、藤という名をこの山につけることにしよう。この山に誠にふさわしい名前ではありませんか。


これよりぞ なもふじのやま(32-25)


これ以降、はらみ山という名前から「ふじのやま」(富士の山)という名前に命名されました。

藤の花の房は長く、御世も末永く続くことを願っている。さらに、藤の花が美しいだけではなく、藤蔓は長く、柔軟でありながら強度があるため、今では考えられないほど身近で重要な役割(今でいう基幹材料)があったと思われるからです。

また、後世の資料につき、当時産鉄がどこまで進んでいたか不明ですが、藤蔓で編んだ網で砂鉄をふるい分けになくてはならない存在であったことも、製鉄炉の底に敷く材料としても藤(藤蔓)の木が重用されていたようです。
また、藤蔓が船の錨のロープ(鎖)として、遣唐使船に使われていた記述もあります。
記述されたものは見当たらないが、吊り橋を渡す素材としても使われていたようです。



ジョンレノ・ホツマ
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