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38-52~58 日代十七年の三月十二日、子湯潟のにもの(丹裳小野)に御幸

12-18. 日代十七年の三月十二日、子湯潟のにもの(丹裳小野)に御幸(38-52~58)

 そなやよひそふ(38-52)
こゆがたの にものにみゆき
きをのぞみ むかしおほして
のたまふは(38-53)


日代十七年の三月十二日、景行天皇は子湯潟(こゆがた)の丹裳小野(にもの)に御幸されました。そして、はるか東(き)を望みながら昔を思い馳せて宣(のたま)いました。

都(やまとの日代の宮)を出てから、既に五年の年月が流れていたわけです。今の宮崎県の日向灘の海の向こうの遠い故郷に思いを募らせていたことと思います。

 みおやあまきみ(38-53)
たかちほの みねにのほりて
ひのやまの あさひにいなみ
つまむかひ かみしもめくむ
かみとなる くにのなもこれ(38-54)
かはかみを あまねくてらす
もはしもの あをひとくさを
めぐまんと なるかみのあめ
よきほとに わけてみぞろの(38-55)
うるほひに たみにぎはせる
いさをしは かもわけつちの
かんこゝろ かくぞをぼして 
かみまつり(38-56)


御祖天君(みおやあまきみ) 
高千穂の 峯に登りて 
大日山(ひのやま:当時の富士山)の 朝日に辞み 
妻向かい 上下(かみしも)恵む 
神となる 国の名もこれ 
「か」は上(かみ)を あまねく照らす 
「も」は下(しも)の 青人草(あおひとくさ)を
恵まんと 鳴る神(雷神)の雨 
良き程に 別けて 稲畑(みぞろ)の
潤いに 民、賑(たみにぎ)わせる 
功(いさおし)は 加茂別雷(かもわけつち)の
神心(かんごころ) かくぞ思(おぼ)して 神祭り


 みやこのそらを(38-56)
なかむみうたに
はしきよく わきべのかたゆ
くもいたち くもはやまとの
くにのまほ またたなびくは(38-57)
あおかきの やまもこもれる
やましろは いのちのまそよ
けむひせば たゞみこをもえ
くのやまの しらかしがゑを(38-58)
うすにさせこのこ


都の空を 望み忍んで(眺める)の御歌に
愛(はし)きよし 
我辺(わきべ)の方ゆ 
雲居立ち 雲は大和の 
国の秀(まほ:ほまれ) 又、棚引くは 
青垣の 山も籠れる 
山城は 命の真麻(まそ)よ 
煙火(けむひ)せば 唯、皇子思う 
香具山(くのやま)の 白樫の枝を 
うすにさせこの子

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続く

ジョンレノ・ホツマ
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