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8-58~60 敵状を密偵に窺わす

8-47 敵状を密偵に窺わす(8-58~60)

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きじとべば はるなははみち(8-58)
のもやまも かえてむらくも
ほのほふく とげやのあられ(8-59)
なるかみに みかたかえれば



敵状を見るために、密偵(きじ)を遣わせたところ、「はるなははみち」は野も山も一変させて惑わせました。
更に、むら雲を起こし、炎を吹上げ、刺矢をあられのように降らせ、雷が鳴り響きました。そのため、味方(密偵)が天照神の元へ帰ってきました。


 「はるなははみち」の「はるな」は榛名山のことを示しているように思えます。

「はるなははみち」の「はは」は大蛇、すなわち「鉄」(たたら)のことを言っているように思えます。
砂鉄の含まれた土を掘り起こし、山の木を伐採して燃料にしてしまう。茨城県の方でも、「だいだらぼっち」という巨人の足跡のように土地が陥没しているということにも結びついて行きます。


というのは、榛名山の付近には巨大な国(県)があったことが分かったからです。5世紀に榛名山の噴火があり、火山灰に埋もれてそれまで不明だった巨大な遺跡が見つかり、復元模型を見ると整然さに驚きます。
出土したものには、金属の加工を示す遺物・羽口(炉の送風口)や坩堝(るつぼ)から銅の成分が検出され、鉄の精錬の際に形成される滓(かす)も出土している。

その他、様々な遺物も出土されており、気になったのが機織り機の部品もあったことです。



榛名山の噴火に関してはたまたま「古墳時代の地域社会復元 三ツ寺Ⅰ遺跡 若狭徹著 新泉社2004年発行」を見て知りました。
巻頭に、群馬県南西部には、イタリア・ポンペイのように、榛名山噴火の火山灰の下に5世紀の景観と生活の跡がそのまま残されていた。首長の館跡を中心に、古墳・水田経営の後・農民の住居跡の発掘調査や渡来人の遺物などから5世紀の地域社会の全体像を復元する。とありました。
この「ほつまつたゑ」の記述の時は噴火前のはるか遠い昔のことですが新たな発見だと思います。
 

また、(8-57)で、天照神が「つくるま」(やふさのてくるま、八英輦、人の手で引く車)で御幸されたとあります。群馬県の古代の呼び名が「くるま・車」を意味しているようですので、このことも関連していると思います。

この地が後世になって絹織物の主要産業になっていることも不思議です。



秦氏との関連も見えてくるようです。

また、渤海使以前の接点もありそうな気がします。渤海使として記録に残っているのは6~7世紀以降のようですが、かなり以前から大陸と行き来があったのでしょう。

さらに、縄文人と弥生人がぶつかり合っていた現場の接点でもあるような気がします。

ジョンレノ・ホツマ
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