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40-48~51 愛知田(あいちだ)に新宮を落成祝いの詔

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18. 愛知田(あいちだ)に新宮を落成祝いの詔(40-48~51)

ここで場面が変わります。

ちゝははらみの(40-48)
ゑをうつし みやこに。のぼり
わかみやの ねがひのまゝを
もふしあげ あいちだにたつ(40-49)

宮づ姫の父むらじは、ハラ宮(蓬莱宮:浅間神社)の建物を絵に書き写し取り都に登り(戻り)ました。若宮(ヤマトタケ)の願い通りに申し上げて許可を取り、愛知田(愛知県(あがた):熱田神宮)にハラ宮と同じように宮殿を建てました。

みやなりて わたましこえば(40-49)
みことのり たゝねこいはふ
さをしかど むらじ。かふとの


宮殿が出来上がり、新築落成(わたまし)を祝って、景行天皇は詔をされました。大直根子(タタネコ)は斎主(いわいぬし:いわう=葬儀の時も使った)として勅使人(さおしか)を務めなさい。尾張の連(むらじ)は神主(かんどの:かふとの)を務めなさい。

みこたちを みゆきのそなえ(40-50)
をごそかに 


皇子たちは神幸(みゆき)の備えに当たりなさい。そうして、厳かに進められました。


ことひきはらの(40-50)
みさゝきに をちしおはよつ
ふるいちの おはよつともに
もちきたり(40-51)


琴弾原(ことひきはら:奈良県御所市)の陵(みささぎ)に落ちた尾羽四枚と、河内の古市の陵に落ちた尾羽四枚も、共に持って来ました。

 のぼのの。かふり
さくみはも みたまげにいれ
しらみこし (40-51)


能褒野(のぼの:三重県地名)の君(ヤマトタケ)の冠、笏(さく)、御衣装(みは)の三点も御霊笥(みたまげ:ひつぎ)に入れて白神輿に納めました。

ジョンレノ・ホツマ
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